抄録
本稿は,生活指導事項の意思決定における教師間相互行為を,クレイム申し立てによる〈問題〉の構築過程として捉え,そこで語られる日常言語的資源としての慣用語化したレトリックに着目し,その特質を明らかにすることを目的とする。
ここでは社会問題研究に倣い,クレイム申し立てを生徒の「状態のカテゴライズ」とその「解決法の提示」と位置づけ,各々に関するレトリックを検討した。
観察では,生徒の現状を〈問題〉とカテゴライズする際には,荒れるリスクを強調するレトリックが,解決法である指導事項を提示する際には,〈共同歩調〉のレトリックが用いられる点が確認された。〈共同歩調〉レトリックの効力は〈荒れ〉への有効な処方であったとの〈経験〉に由来する。教師はレトリックの説く因果関係を枠組として〈経験〉を解釈するが,これにより構築された〈経験〉が再帰的にレトリックの効力を強化するという相乗的循環構造が生起している。
〈荒れ〉発生時の責任問題はクレイムへの抵抗を困難にする一方,学年等を特定するクレイムへの反発を引き起こす。他方で,教師はクレイムメイカーによる状態のカテゴライズに必ずしも同意しておらず,また逸脱生徒にはクレイムが説く管理的教育を適用していない。つまり,レトリックを用いたクレイム申し立て活動は「集団としての生徒」を対象とした管理教育的な生活指導の提案・要請に対する,メンバーの沈黙と決議の調達を到達点としている。