抄録
本稿の目的は,少年院におけるSSTの指導場面の分析から,矯正教育における「規範」を考察することである。調査は,「矯正施設における教育研究会」調査の一環として,(1)2009年に男女それぞれの少年院でSSTの参観,受講少年と指導者へのインタビューを,(2)2013年に女子少年院でSSTの参観,指導者へのインタビューを実施した。
少年院では,再非行につながる場面への対処法を指導するが,「本当のことを言わない」という行為をめぐって,少年と指導者に「葛藤」が生じる。それは,再非行リスクを下げるための目的合理的行為を選択するか,全人格的変容に関わる価値合理的行為を選択するかである。どちらの行為選択も犯罪や非行の抑止につながるが,犯罪や非行を促進する場合もある。矯正教育の目指す更生は,出院後の社会生活において達成されるため,行為選択の是非を事前に知ることはできず,ここに葛藤が生じるのである。
こうした行為選択をめぐる葛藤は,(1)行為に伴う価値の忘却を回避するための「行為をめぐる価値の意識化」,(2)自己の行為や選択に対する対話を前提とした「葛藤を保持し続けていく」ことによって,“矯正教育の「規範」”として更生のプロセスに位置づけられる。この葛藤は肥大化すれば,むしろ更生にとってマイナスに作用する可能性があるが,社会の側の「まなざし」や「期待」を問題化することで,緩和の可能性が見えてくる。