抄録
教員研究では教職に付随する職業的困難に対して,自らの教職アイデンティティを安定化させる「確保戦略」が重要な主題となっている。本稿では先行研究を検討し,教員集団内における教職アイデンティティの確保戦略に着目した。
従来の研究では主に教員集団の同質性と個人の「同調」を軸として,教員集団内における教職アイデンティティの確保戦略が説明されてきた。それに対して本稿は「同調」といった受動的な側面ではなく,教職アイデンティティの確保戦略の主体的な側面を明らかにするものである。分析では中学校教員のインタビューデータを用いて,アイデンティティ・ワークの視点から教員集団内における役割葛藤と,語りによる教職アイデンティティの確保戦略を検討した。
事例では<つながる教員><しつける教員>という異なる教員役割が観察され,教員の役割葛藤は集団での指導体制のもと,異なる教員役割が要請される状況の中で生起していた。こうした役割葛藤に対して教員は「異化」「調整」「再定義」,以上三つのアイデンティティ・ワークを通じて,自らの教職アイデンティティを確保しようとしていた。
本知見は先行研究に対して,職業的役割を単に社会化するといった教員の受動的な側面でなく,教員役割をめぐって自らの教職アイデンティティを交渉する,教員の主体的な側面に注目する必要性を示唆するものである。