映像学
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論文
国王は映画だった——タイ国王による「投影」の統御からアピチャッポンの投影像実践まで
中村 紀彦
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2021 年 105 巻 p. 27-45

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抄録

タイの映画館では、作品上映前にタイ国王のプロパガンダ映像が上映される。それは国王がイメージの投影を通じて、国民国家を統御する構図に他ならない。映像作家アピチャッポン・ウィーラセタクンの長編映画作品『光りの墓』(Cemetery of Splendor, 2015)は、こうしたイメージの投影と国王および国家との親密な関係を暴露し、タイ映画史とそれを取り巻く政治を再構築するよう要請する。本論文の目的は、アピチャッポンの投影像を用いた実践やタイにおけるイメージの投影史を通じて、タイ映画と国王および国家の関係性を浮かび上がらせることにある。第一節では、タイ映画史におけるイメージの投影が「国家」や「国王」と緊密に結びつくことを確認する。この節の意義は、従来のタイ映画史を国王と映画の関係性から再構築する試みにある。第二節では、タイの地域学者トンチャイ・ウィニッチャクンの先行研究を参照しながら、タイ国家と国王による投影の統御をさらに歴史化する。地図とは国王のスクリーンである。国王はこのスクリーン上に実体のない仮想的な国土を投影するのである。第三節では、仮想的な王国を地図に描き出す国家統治の方策と、映画の投影が政治的に用いられた実例とを『光りの墓』に重ね合わせて分析する。最終的に、アピチャッポンがタイ映画史および投影の政治的関係性に批判的眼差しを投げかけていること、自らの投影像による諸実践を更新する過程が明らかとなる。

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