映像学
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論文
画家の歌を聴け――ビクトル・エリセ監督『マルメロの陽光』における声と字幕を介した像の生成
後藤 慧
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2024 年 111 巻 p. 238-259

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抄録

ビクトル・エリセ監督の映画『マルメロの陽光』(1992)では、家々の窓越しにTV画面が音もなく不鮮明に明滅しており、視聴覚メディアの報道の機能が剥奪されている。一方で、画家のアトリエの庭で描かれる1本のマルメロが成長してはやがて枯れ、翌春に新たな蕾をつけるさまが映り、様々な音が聞こえる。これまでマルメロの映像の特徴についての言及はなされてきたが、音の効果についての議論は発展していない。そこで、音の中でもラジオニュース音声と画家の歌という二つの声に特に注意する。本稿では、たった1本のマルメロとその果実が映像と声、加えて字幕の総合的な連繋によっていかに生成するかを考察する。そして、その生成の意義を視聴覚メディアのあり方に照らして検討することを目的とする。まず、直前に制作された短編に即して『マルメロの陽光』の形成過程を辿り、画家から抽出された技法がいかに視聴覚的に展開するかを探る。次に、字幕と声の効果を考察する。さらに、映画自体の視聴覚的な慣習や装置が問題になる終盤のシーンを経て、ラストシーンにおけるマルメロの最終的な生成について考察する。総じて、死傷者個々人についての報道が機能しない視聴覚メディアに対し、この映画におけるマルメロの生成は個別的な墓と哀悼という瞬間的な贖いをもたらすと結論づける。

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