2026 年 21 巻 1 号 p. 101-114
査読制ひとつをとっても性善説の上に成り立っている学術界は,その前提が成り立たない場合を想定しておらず,未知の攪乱要因に対して脆弱な側面がある.本研究は,国際的な承認を経ずに画定された国境線が,アカデミアにおいていかに無批判に受け入れられているのかを検証する目的のもと,Elsevierが運用するScienceDirect上の地理学に関連する分野の代表的な国際誌5誌の掲載論文25,144報から中華人民共和国(以下,中国)および南シナ海周辺が描かれた地図242葉を抽出して九段線の有無を二値化し,九段線の描写が論文著者の属性によってどれほど説明されうるのかを検討した.中国国内の中国人研究者,中国出身の在外研究者,中国と関わりの深い台湾,シンガポール,香港などを除いた国外研究者の著者数で3群を構成し,九段線の有無を目的変数とするロジスティック回帰モデルを用いて調整オッズ比とその95%信頼区間を計算した結果,中国人研究者の調整オッズ比は2.44(95% CI: 1.77–3.38, p<.01),国外研究者は0.08(95% CI: 0.01–0.65, p<.05)となり,前者に正の,後者に負の関係が検出された.以上の分析により,地図表現の裁量権を著者に委ね内容に踏み込まない現行の学術誌の投稿規定は,結果として特定の国や地域の「力による一方的な現状変更」を黙過する潜在的なリスクを内包していることが示された.