学会誌JSPEN
Online ISSN : 2434-4966
症例報告
膵頭十二指腸切除術後に発症し肝硬変に至った非アルコール性脂肪性肝炎の1例
宮崎 慎一大廻 あゆみ森田 照美野田 裕之竹内 勤
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2021 年 3 巻 5 号 p. 313-319

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Abstract

要旨:患者は59歳時(2009年5月)に鳥取生協病院(以下,当院と略)にて十二指腸副乳頭カルチノイドに対する膵頭十二指腸切除術(pancreatoduodenectomy;以下,PDと略)を施行した.退院後は外科外来でフォローアップされていたが,肝機能障害が出現したため,64歳時(2014年3月)に当院内科に紹介,精査の結果非アルコール性脂肪性肝炎(nonalcoholic steatohepatitis;以下,NASHと略)と診断し内服治療を開始した.しかし,肝機能は徐々に悪化し,68歳時(2019年2月)に肝性脳症で入院となった.本症例のNASHの成因および増悪原因について再考したところ,PDによる長期間の膵外分泌酵素の低下が一因として考えられたため,診断と治療を兼ねてパンクレリパーゼの投与を開始した.その後,徐々に肝性脳症のコントロールは良好となり,53病日に退院となった.PD後の患者では予後規定因子になり得る栄養障害の発生も念頭におき,高力価膵酵素の投与を含む継続的な栄養管理が肝要であると考えられた.

はじめに

膵頭十二指腸切除術(pancreatoduodenectomy;以下,PD と略)後,20~40%の症例で非アルコール性脂肪性肝疾患(nonalcoholic fatty liver disease;以下,NAFLD と略)が生じることが報告されている.また,その一部には非アルコール性脂肪性肝炎(nonalcoholic steatohepatitis;以下, NASH と略)を発症し,肝硬変や肝不全に進行することがある 1.その発生機序は議論の余地があるものの,PD による外分泌機能不全にともなう脂肪吸収障害により生じる,肝への脂肪沈着の亢進が主たる原因とされている 2.今回われわれは,十二指腸副乳頭カルチノイドに対して PD が行われ,その 9 年 9 カ月後に非代償性肝硬変に至り,パンクレリパーゼの投与によって肝性脳症のコントロールが良好となった NASH の症例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.

なお,本報告では「症例報告を含む医学論文および学会研究会発表における患者プライバシー保護に関する指針」を遵守している.

症例

患者:68 歳,女性

主訴:動揺感

既往歴:59 歳,十二指腸副乳頭カルチノイドに対し,PD 施行.64 歳,肝生検にて NASH と診断.

生活歴:飲酒歴なし,喫煙歴なし.

家族歴:肝疾患の家族歴なし.

現病歴

患者は 59 歳時(2009 年 5 月)に,人間ドックで発見された十二指腸副乳頭カルチノイドに対して,亜全胃温存 PD,Child 変法による再建術が施行された.リンパ節郭清は行ったが,門脈および下腸間膜静脈は温存された.手術は問題なく終了したものの,膵炎および膵空腸吻合部付近の限局性腹膜炎をきたし,退院まで約 2 カ月を要した.

また,その後も膵炎で 3 回の入院治療を行っているが,門脈血栓など,門脈圧亢進の原因となるような検査所見は認めなかった.膵炎が落ち着いた後,鳥取生協病院(以下,当院と略)外科外来でフォローアップされていたが,肝機能障害が出現し,改善しなかったため,64 歳時(2014 年 3 月)に精査加療目的で当院内科に紹介となった(図1).血液検査では肝機能障害の原因となるような各種ウイルスマーカーや自己抗体は陰性(表1)であり,腹部造影 computed tomography(以下, CT と略)検査では肝機能障害の原因となるような肝腫瘤や胆石を認めず(図2),腹部超音波検査では肝腎コントラストを認めた.NASH を除外するために肝生検を施行したところ,病理組織では大・小の滴性脂肪化,炎症細胞浸潤,肝細胞の風船様変性,一部には線維化も認めた(図3).臨床経過とあわせて NASH と診断し,既に投与されていたウルソデオキシコール酸を増量して経過を観察した.しかし,経年的に血小板が減少傾向であり,肝線維化の進行が示唆されたため,トコフェロール酢酸の投与を追加したが,その効果も乏しく,総ビリルビン値も上昇傾向であった(図1).

図1.

膵頭十二指腸切除術後の臨床経過とデータの推移

表1. 内科紹介時血液検査成績
血液学的検査 生化学検査 血清学的検査
WBC 68 × 102 /µL TP 7.3 g/dL CRP 0.10 mg/dL
RBC 435 × 104 /µL Alb 4.1 g/dL IgG 1,284 mg/dL
Hb 12.2 g/dL T-Bil 0.5 mg/dL IgM 78 mg/dL
Ht 37.1 AST 77 IU/L ANA 40倍
MCV 85.2 fL ALT 46 IU/L AMA (-)
MCH 28.0 pg ALP 608 IU/L HBsAg (-)
MCHC 32.9 % ChE 315 IU/L HCVAb (-)
PLT 14.8 × 104 /µL γ-GTP 87 IU/L
T-Cho 141 mg/dL 凝固検査
TG 85 mg/dL PT 78.3 %
BUN 15 mg/dL PT-INR 1.13
Cr 0.52 mg/dL
Na 142 mEq/L
K 4.4 mEq/L
Cl 109 mEq/L
BS 90 mg/dL
NH3 107 µg/dL
図2.

腹部造影CT(内科紹介時)

肝の萎縮や腫瘤は認めず,脾腫もみられない.側副血行路の形成も認めない.

図3.

肝病理組織像

a:大小の滴性の脂肪化を認める.

b:肝細胞周囲性線維化(pericellular fibrosis)と実質内への細線維の伸長を認める.

c:単核球主体の炎症性細胞浸潤を認めるが軽度である.

68 歳時(2019 年 2 月)に旅行先で動揺感が出現し,現地の病院を受診したところ肝性脳症と診断された.入院にてアミノレバン® 500mL/ 日の末梢静脈投与およびラクツロース 60mL/ 日の経口投与で治療され,症状は改善,加療の継続目的で当院へ転院となった.

入院時現症

身長:155cm,体重:52.4kg,BMI:21.64kg/m2,血圧:120/64mmHg,脈拍:62bpm・整,体温:36.3度,結膜:貧血あり・黄疸なし,腹部:平坦・軟・肝脾触知せず,羽ばたき振戦あり.

入院時血液生化学検査所見

小球性貧血,血小板減少,軽度の黄疸を認め, PT は延長,アンモニアは 107µg/dL と上昇しており,非代償性肝硬変による高アンモニア血症を疑う所見であった(表2).

表2. 内科入院時血液検査成績
血液学的検査 生化学検査 凝固検査
WBC 37 × 102 /µL TP 6.4 g/dL PT 32.0 %
RBC 402 × 104 /µL Alb 2.5 g/dL PT-INR 2.04
Hb 9.9 g/dL T-Bil 1.7 mg/dL
Ht 31.6 % AST 52 IU/L
MCV 78.6 fL ALT 22 IU/L
MCH 24.5 pg ALP 388 IU/L
MCHC 31.2 % Che 102 IU/L
PLT 7.4 × 104 /µL γ-GTP 21 IU/L
T-Cho 73 mg/dL
TG 58 mg/dL
BUN 13 mg/dL
Cr 0.70 mg/dL
Na 142 mEq/L
K 3.1 mEq/L
Cl 106 mEq/L
BS 140 mg/dL
NH3 107 µg/dL

腹部造影 CT 検査

腹部造影 CT 検査では肝萎縮,脾腫,中等量の腹水を認めるほか,骨盤内に門脈大循環シャントを認めた.肝腫瘤や門脈血栓は認めなかった(図4a).

図4.

腹部CT

a 入院時:肝は萎縮し,脾腫を認める.また中等量の腹水も認める.肝腫瘤や門脈血栓は認めない.単純撮影での肝臓のCT値は21HUであった.

b 退院1週間後:肝の萎縮はやや改善し腹水も消失している.脾腫は認めるが肝臓のCT値は54HUであり,入院時に比べ上昇している.

臨床経過(図5

図5.

内科入院後の臨床経過とデータの推移

臨床経過および各種検査結果から,NASH を背景とした非代償性肝硬変による肝性脳症と診断し,肝性脳症に対してはアミノレバン®の末梢静脈からの投与(1 病日~38 病日)およびラクツロースの経口投与にて治療を開始した.低アルブミン血症に対してはリーバクト®配合顆粒の投与を行い,腹水に対してはフロセミドに加えスピロノラクトンの経口投与を開始した.更にはフロセミドおよびカンレノ酸カリウムの静脈注射を併用したが,効果が乏しかったため,トルバプタン 7.5mg/ 日を追加した.その後腹水は徐々に減少した.患者に改めて尋ねてみたが,過去に肥満や痩せすぎ,糖尿病などの既往もなく,NASH に至る原因や,それが非代償性肝硬変にまで進展する背景に疑問を持った.PD による長期間の膵外分泌酵素の低下も NASH の一因として考えられたため,診断と治療を兼ねてパンクレリパーゼ 1,800mg/ 日の経口投与を開始した.アミノレバン®を末梢静脈から投与しなければ下がらなかったアンモニア値は漸減し,投与を中止した後も肝性脳症の悪化はみられなくなった.内服治療のみで脳症のコントロールが可能となったため,53病日に自宅へ退院となった(図5).退院後は入院中に準じて肝硬変食(エネルギー1,700kcal/ 日,たんぱく質 40g/ 日)を摂取するように指導し,第 8 病日に開始したリーバクト®を 12 病日にヘパン ED ®へ変更し,退院後も継続することにした.退院 1 週間後の腹部単純 CT では肝の萎縮はやや改善し,腹水も消失していた.肝臓の CT 値は入院時の 21 Hounsfield Unit(以下,HU と略)から 54 HU へと上昇していた(図4b).

患者は 2021 年 9 月現在も健在で当院へ通院中である.退院後 2 年 6 カ月が経過したが,この間に肝性脳症や肝性浮腫による入院はなかった.体重も退院時の 41kg から 48kg まで改善したため,退院 1 年後にヘパンED ®をリーバクト®配合顆粒 3 包 / 日に変更した.

考察

医中誌 Web(医学中央雑誌ウェブサイト)にて「膵頭十二指腸切除術」「非アルコール性脂肪性肝炎」をキーワードに検索したところ,PD による NASH の報告 3)~6は症例報告(会議録を含む)だけでも 17 症例が報告されており,その認知度も広がりをみせつつある.

通常の NAFLD は,他の生活習慣病と同様に遺伝的素因に加えて生活習慣などの環境因子によるエピジェネティック制御が組み合わさって発症すると考えられており,近年は多因子が同時並行で病態形成に関与する multiple parallel hits hypothesis(多重並行ヒット仮説)が広く受け入れられている.一方,PD 術後に発生するNAFLDは,その発生機序に不明な部分が多いが,膵内外分泌機能不全による栄養障害,術後下痢による bacterial translocation や胆管炎のような炎症など,多くの因子が関与していると考えられている 1.加藤らも膵切除後の NAFLD の発生機序は,いわゆる内科的 NAFLD とは異なり,外分泌機能不全にともなう脂肪吸収障害が誘因で脂肪酸欠乏状態,すなわち飢餓状態となり,肝において糖質から脂肪への変換が著明に亢進し,肝への脂肪沈着が亢進することが主たる原因とされているが,その詳細な発生機序や治療法についてはまだ議論の余地がある 2と述べている.

また,NASH の発生については,加藤らが経験した PD 後の NASH2 例の臨床経過において,NAFLD 発症後の偽膜性腸炎や腎盂腎炎をきっかけに肝障害が出現しており,PD 後の脂肪吸収障害が起因となり NAFLD を発症し,この状態に重症感染症が加わり,NASH を併発したと推測している 2.以上のようにさまざまな報告があるが,PD 術後の NAFLD/NASH 発生の機序としては,術後栄養摂取障害や脂肪吸収障害により肝臓における脂肪酸欠乏状態が惹起され(first hit),これにともない糖質から脂肪酸への合成が増加し,肝細胞内に中性脂肪が蓄積して NAFLDが発生する.さらに,難治性下痢や胆管炎などの感染症に起因する腸管粘膜からのエンドトキシントランスロケーション,炎症性サイトカイン,酸化ストレスなどの複合的な要因が術後早期から同時進行で起こることによって(multiple parallel hits),NASH へ進展するものと考えられる 7.本症例も術後に膵炎および膵空腸吻合部付近の限局性腹膜炎をきたし,退院まで約 2 カ月を要した.また,その後も膵炎で 3 回の入院治療を行っており,PD そのものにともなう外分泌機能不全が first hitとなり,術後に膵炎や腹膜炎が繰り返されたことが multiple parallel hits となって NAFLDを発生,ひいては NASH に至ったことが推測された.また,術後膵炎により,残された外分泌機能がより低下したことも予想された(図1).

PD 後 NAFLD の予防については,高容量の消化酵素剤であるパンクレリパーゼの有用性に関する報告が散見される 1)~6),8.山本らも,PD 後に NAFLD と診断された時点で多くの患者が従来の消化酵素を服用していたが,高力価膵酵素であるパンクレリパーゼに変更することにより,約 6 割の患者で NAFLD が改善することを確認した 8と述べている.一方で約 4 割の患者では改善がみられず,その原因は不明であるが,パンクレリパーゼ投与以外にも,食事内容や排便習慣の改善などが必要であった可能性があると推測している. Yamazaki らは PD122 例において, 術後 4 日目から高用量パンクレリパーゼに加えて,分岐鎖アミノ酸製剤(branched chain amino acid;以下, BCAA と略)含有成分栄養剤を投与した 31 例と,投与しなかったコントロール群 91 例を比較したところ,BCAA 投与群の方が術後 3 カ月目の肝 CT 値が有意に高く,ALT の値が有意に低かったと報告している.また BCAA 投与群においては,総タンパク,アルブミンが有意に高かった 9.本症例においてもパンクレリパーゼと共に肝性脳症対策としてヘパン ED ®を投与しており,それが結果的に功を奏して栄養状態の改善による腹水減少や脳症コントロール改善に繋がったものと推測された.

本症例では,1 回目の術後膵炎での入院をきっかけに膵酵素(パンクレアチン)の投薬が中止となっており,以後再開されていなかった.そのことが NAFLD の発症に少なからず関与していると考えている.また,当時 PD 後の栄養障害によって NAFLD や NASH が発症するという知識がなく,NASH と診断された後にも根本的な原因である膵外分泌機能低下に対応しなかったことにより肝機能障害が進行し,肝硬変に至ったものと考えた.ただし,PD 症例すべてに高用量の膵酵素を投与することは保険診療上難しいことが予想される.PD 後に膵外分泌機能を評価し,低下がみられる症例には積極的に膵酵素の投与を行うなどの取り組みも必要であると考える.

その他,亜鉛の吸収には膵液中に含まれるピコリン酸が必要であり,PD 後には亜鉛欠乏症(味覚障害,下痢,角化異常)をきたす可能性が示唆されている 28.下痢による栄養障害は更なる肝機能への悪影響が予想されるため,PD 後には亜鉛の補充も肝要である.また,Nakamura らは膵切除とカルニチンの関係において,PD あるいは膵全摘術後の 21 例中 13 例に血清カルニチン値の低下を認め,アシルカルニチン / 遊離カルニチン比がPD 後NAFLD の独立した危険因子である10と述べており,症例によってはカルニチンの補充も有用であると考えられた.

本症例のように,原因疾患の予後が比較的良好であり,PD 後に長期生存が見込める症例はもちろんのこと,膵がんなどに対する PD 後の治療成績向上にともない,手術後の栄養管理はより重要なものとなってきている.原疾患ではなく, NASH などの栄養障害に起因する疾患が予後規定因子にならないように,高力価膵酵素の投与を主軸とした継続的な栄養管理が肝要であると考えられた.

結語

十二指腸副乳頭カルチノイドに対する PD 後, 9 年 9 カ月を経て肝硬変に進展した NASH の 1例を経験した.術後より高力価膵酵素の投与を継続していれば肝硬変を回避できた可能性もあり, PD 後の栄養管理の重要性を今一度考えさせられた症例であった.

なお,本論文の要旨は日本内科学会中国支部主催,第 120 回中国地方会(2019 年・岡山)にて報告した.

本論文に関する著者の利益相反なし

引用文献
 
© 2021 一般社団法人日本臨床栄養代謝学会
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