学会誌JSPEN
Online ISSN : 2434-4966
原著
胃がん切除症例における術後1年の術式別貧血状態と関連栄養素の検討
衣笠 章一遠藤 修史田口 裕子藤尾 実穂仲上 直子小野 真義
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2022 年 4 巻 3 号 p. 117-123

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Abstract

【目的】胃がんの切除手術例における術後1年の貧血の状態と関連する栄養素の充足度を切除術式別に検討した.【対象と方法】2016年12月から2020年4月に胃がんの切除手術を受け,術後1年に受診できた100例を対象とした.貧血の状態と血清鉄,ビタミンB12,血清亜鉛,葉酸の値を胃が残る術式と胃全摘術,食物の十二指腸通過の有無別に比較した.【結果】胃全摘術例はヘモグロビン値が低く低栄養であり,血清鉄,ビタミンB12,血清亜鉛が低値であった.十二指腸をバイパスする術式も同様の結果で,赤血球分布幅が高かった.フェリチン低値かつビタミンB12低値の症例が最も小球性と低色素性を示し赤血球分布幅が高かった.血清亜鉛値は血清鉄値と弱い正の相関を示した.【結論】胃がん術後1年にはすでに多くの貧血関連栄養素欠乏を生じており,原因を正しく診断して適切な栄養指導や投薬を行うべきである.

Translated Abstract

Aim: The purpose of the study was to examine the incidence of anemia and the nutrient sufficiency associated with anemia one year after gastrectomy for patients with gastric cancer.

Subjects and Methods: The subjects were 100 patients who underwent gastrectomy for gastric cancer at our hospital from December 2016 to April 2020 and had a follow-up examination one year later. Anemia status and iron, vitamin B12, zinc, and folic acid levels and the effects of food passing through the duodenum were compared for subjects who underwent total or remnant gastrectomy.

Results: Patients who underwent total gastrectomy had low hemoglobin, poor nutrition, and low serum iron, zinc, and vitamin B12 levels. Similar results and a higher red blood cell distribution width (RDW) were obtained in patients who underwent duodenum bypass reconstruction. Cases with low ferritin and vitamin B12 had microcytic anemia, hypopigmentation, and a high RDW. Serum zinc and iron levels were weakly positively correlated, but zinc and ferritin levels were not correlated.

Conclusion: Many anemia-related nutrient deficiencies were present at one year after gastrectomy for gastric cancer. This situation needs to be kept in mind in diagnosis and management of this disease.

目的

胃がん患者における胃切除後障害として貧血は代表的な障害である.胃切除後貧血は術後1年ですでに2割近くに認め,術後5年には4割に至るといわれている1).胃がん患者の術後障害の症状は術後1年以降にはある程度固定するため,この頃に質問表を用いた症状評価を行い,同時に身体計測を含む栄養評価を行うことで術後の状態把握ができる2).しかし,全ての施設で栄養指導を含めた栄養管理が退院後も継続できている訳ではなく,胃切除により影響を受ける栄養素の充足状態までを把握して管理できている施設はさらに少ないと推測される3)

そこで,われわれは胃がん手術症例の術後1年の貧血の状態を,影響すると考えられる胃の切除範囲と再建方法別に検討し,さらに貧血の原因となりうる栄養素の充足状態を調査した.これらに基づき適切な栄養指導と補充療法を行うことが本研究の目的である.

対象と方法

2016年12月から2020年4月に当院で胃がん手術を受けた138例のうち,当院で定期フォローされた切除手術例で術後1年に受診できた100例を対象とした.切除範囲別の検討では,噴門側切除3例と幽門側切除64例を合わせた胃切除術67例と胃全摘術33例に分けた.再建術式別検討では食物が十二指腸を通過する術式53例(噴門側切除後食道-残胃吻合3例,幽門側切除後Billroth-I法(以下,BI法と略)50例)と十二指腸を離断する術式47例(全摘後Roux-en-Y法(以下,RY法と略)再建33例,幽門側切除後RY法再建13例,Billroth-II法(以下,BII法と略)1例)に分けて比較検討した.

評価項目は背景として年齢,性別,再建法,進行度,手術時出血量,輸血の有無,術後化学療法,貧血改善薬内服の有無を比較検討した.また術後1年の体重とBody Mass Index(以下,BMIと略),採血結果を比較検討した.貧血関連項目としてはヘモグロビン(以下,Hbと略)値,Mean Corpuscular Volume(以下,MCVと略),Mean Corpuscular Hemoglobin Concentration(以下,MCHCと略),赤血球分布幅Red Blood Cell Distribution Width(以下,RDWと略)を測定し,Hb値の男性13.6 g/dL未満,女性11.6 g/dL未満を貧血ありとして評価した.貧血に影響する栄養素の評価には,血清鉄,フェリチン,Total Iron Binding Capacity(以下,TIBCと略),血清亜鉛,ビタミンB12,葉酸を,術後の栄養評価にはアルブミン(以下,Albと略),トランスサイレチン(以下,TTRと略),総コレステロールの測定値と体重測定値を用いて評価した.

血清鉄とビタミンB12の充足状況と赤血球恒数の関係を把握するためにA群(フェリチン低値でビタミンB12正常),B群(フェリチン,ビタミンB12ともに低値),C群(フェリチン正常でビタミンB12低値)の3群に分けてMCV,MCHC,RDWの値を比較検討した.

血清鉄と血清亜鉛の吸収における競合の有無を検討する目的で,血液検査値から血清亜鉛と血清鉄,血清亜鉛とフェリチンの相関関係を検討した.

統計学的検定にはR Commanderを用いた.結果の数値は平均値(標準偏差)で示した.切除範囲別,再建法別,フェリチンとビタミンB12値の組み合わせ別の群間比較には正規分布の有無と等分散かどうかによりStudent’s t test,Welch’s t test,Mann-Whitney U testを用いて検討し,カテゴリー変数の2群間比較にはχ2検定とFischerの正確確率検定を用いた.血清亜鉛と血清鉄,血清亜鉛とフェリチンの関係にはPearsonの相関係数の検定を行った.p < 0.05を有意差ありとした.

本検討においては,兵庫県立加古川医療センターの倫理委員会の審査承認(承認番号2019-14)を受けた.

結果

胃切除術67例と胃全摘術33例の患者背景において,年齢,性別,進行度,術後化学療法施行の有無,血清鉄,ビタミンB12,血清亜鉛のいずれかの内服の有無に関して差を認めなかった.出血量は有意に胃全摘術で多かった(p = 0.001).術後1年の身体計測では,胃切除術,胃全摘術の順に体重52.9(10.3)kg vs 47.7(10.4)kg(p = 0.018),術前との体重比90(8)% vs 84(11)%(p = 0.002),BMI 20.5(2.7)kg/m2 vs 18.8(3.1)kg/m2p = 0.005)であり胃全摘術の方が有意に低体重で痩せており,体重減少率が大きかった.Hb値は12.7(1.8)g/dL vs 11.8(1.6)g/dL(p = 0.022)と胃全摘術で有意に低かったが,男女別の正常値未満の貧血症例は38人(57%)と29人(70%)で有意な差ではなく,赤血球恒数とRDWにも差がなかった.栄養状態を示す指標としてのAlb値は4.0(0.4)g/dL vs 3.8(0.4)g/dL(p = 0.025),直近の食事摂取状況を示すTTR値は24.3(5.3)mg/dL vs 21.4(5.1)mg/dL(p = 0.011)と胃全摘術がいずれも有意に低値であった.貧血に関係する栄養素では,血清鉄100.2(35.7)μg/dL vs 83.5(34.2)μg/dL(p = 0.028),ビタミンB12 453.1(681.9)pg/dL vs 259.9(322.0)pg/dL(p = 0.001),血清亜鉛76.8(15.0)μg/dL vs 67.6(12.0)μg/dL(p = 0.003)といずれも胃全摘術で有意に低かった.

同様の比較を十二指腸通過再建群53例と十二指腸離断再建群47例に分けて解析すると,背景において十二指腸離断再建の方が有意に進行しており(p = 0.020),出血量が多く(p < 0.001),術後化学療法施行例が多かった(p = 0.020).十二指腸離断再建群の方が有意に低体重で痩せており,体重減少率が大きかった.十二指腸通過再建群,十二指腸離断再建群の順にHb値は13.0(1.7)g/dL vs 11.8(1.7)g/dL(p = 0.001)と十二指腸離断再建群で有意に低かったが,貧血症例は28人(53%)と33人(70%)で有意な差ではなかった.赤血球恒数に差はなかったが,RDWは13.9(2.4)% vs 15.2(2.8)%(p = 0.004)と十二指腸離断再建群で有意に大きかった.十二指腸離断再建群はAlb値(p = 0.002),TTR値(p < 0.001),総コレステロール値(p = 0.045)が有意に低く低栄養あるいは直近の食事摂取不良状態を示し,血清鉄105.9(32.8)μg/dL vs 82.0(35.4)μg/dL(p = 0.001),ビタミンB12 459.7(664.0)pg/dL vs 309.9(496.6)pg/dL(p = 0.001),血清亜鉛77.7(14.4)μg/dL vs 69.4(13.8)μg/dL(p = 0.004)のいずれも十二指腸離断再建群で有意に低かった.葉酸はいずれの検討でも差を認めなかった(表12).

表1. 術式別背景
胃切除術(n = 67) 胃全摘術(n = 33) p 十二指腸通過再建(n = 53) 十二指腸離断再建(n = 47) p
手術時年齢 70.9(8.4) 71.1(10.4) 0.974 70.9(9.2) 71.1(9.1) 0.909
性別 47 19 0.306 37 29 0.520
20 14 16 18
再建法
 Billroth-I法 50 0 50 0
 Billroth-II法 1 0 0 1
 Roux-en-Y法 13 33 0 46
 食道-胃吻合法 3 0 3 0
進行度 I 36 13 0.191 32 17 0.020
II 11 6 8 9
III 13 10 8 15
IV 7 4 5 6
出血量(g) 256(233) 360(276) 0.001 198(158) 351(225) <0.001
輸血 あり 64 31 1.000 51 44 0.664
なし 3 2 2 3
術後化学療法 あり 26 14 0.896 15 25 0.020
なし 41 19 38 22
 S1単剤 19 8 11 16
 SOX療法 0 4 0 4
 CapeOX療法 3 1 3 1
 SP療法 1 1 0 2
 タキサン系レジメ 3 0 1 2
内服(鉄,ビタミンB12,亜鉛いずれか) あり 9 2 0.330 5 6 1.000
なし 58 31 42 47
 鉄の内服 3 0 3 0
 ビタミンB12の内服 4 1 3 2
 亜鉛の内服 2 1 0 3

値は症例数あるいは平均値(標準偏差)

表2. 術後1年の栄養評価
胃切除術(n = 67) 胃全摘術(n = 33) p 十二指腸通過再建(n = 53) 十二指腸離断再建(n = 47) p
術後1年の体重(kg) 52.9(10.3) 47.7(10.4) 0.018 53.4(10.6) 48.7(10.1) 0.025
体重比・術前/術後1年(%) 90(8) 84(11) 0.002 90(8) 85(11) 0.024
BMI(kg/m2 20.5(2.7) 18.8(3.1) 0.005 20.7(2.7) 19.1(3.0) 0.009
ヘモグロビン(g/dL) 12.7(1.8) 11.8(1.6) 0.022 13.0(1.7) 11.8(1.7) 0.001
貧血(男性13.6g/dL,女性11.6g/dL未満) あり 38 23 0.301 28 33 0.116
なし 29 10 25 14
MCV(fL) 95.5(8.6) 96.(46.4) 0.597 95.8(7.5) 95.8(8.4) 0.983
MCHC(%) 33.1(1.3) 32.9(1.2) 0.243 33.2(1.0) 32.8(1.5) 0.196
RDW(%) 14.5(2.6) 14.6(2.7) 0.389 13.9(2.4) 15.2(2.8) 0.004
アルブミン(g/dL) 4.0(0.4) 3.8(0.4) 0.025 4.1(0.4) 3.8(0.4) 0.002
トランスサイレチン(mg/dL) 24.3(5.3) 21.4(5.1) 0.011 25.3(5.2) 21.2(4.9) <0.001
総コレステロール(mg/dL) 181(35) 169(32) 0.094 184(35) 170(33) 0.045
血清鉄(μg/dL) 100.2(35.7) 83.5(34.2) 0.028 105.9(32.8) 82.0(35.4) 0.001
フェリチン(ng/dL) 82.1(80.5) 96.9(96.9) 0.812 83.5(72.1) 90.9(100.2) 0.671
TIBC(μg/dL) 340.0(64.0) 319.3(71.5) 0.099 340.2(65.8) 325.2(70.0) 0.203
血清亜鉛(μg/dL) 76.8(15.0) 67.6(12.0) 0.003 77.7(14.4) 69.4(13.8) 0.004
ビタミンB12(pg/dL) 453.1(681.9) 259.9(322.0) 0.001 459.7(664.0) 309.9(496.6) 0.001
葉酸(ng/dL) 11.3(8.5) 12.3(7.9) 0.267 11.2(9.2) 12.2(7.2) 0.127

値は症例数あるいは平均値(標準偏差)

血清鉄とビタミンB12の充足状況と赤血球恒数の関係を3群に分けて検討した結果,フェリチンとビタミンB12がともに低値のB群が最も小球性と低色素性を示し有意ではないがRDWが高値であった(表3).フェリチン低値の14例のうち小球性(MCV <83.6 fL)を示したのは4例で高RDW(>14.5%)を示したのは7例であった.ビタミンB12欠乏の39例のうち大球性(MCV >98.2 fL)を示したのは13例で高RDWは12例であった.

表3. フェリチンとビタミンB12値の組み合わせ別赤血球恒数・分布幅
A群 B群 C群 A–B A–C B–C
低フェリチン正常B12(n = 7) 低フェリチン低B12(n = 7) 正常フェリチン低B12(n = 32) p p p
MCV(fL) 90.5(6.8) 88.2(9.5) 96.8(6.6) 0.613 0.027 0.006
MCHC(%) 32.3(1.7) 31.2(1.9) 32.9(1.0) 0.701 0.296 0.005
RDW(%) 15.5(2.8) 15.7(3.5) 14.1(1.9) 0.949 0.138 0.280

値は平均値(標準偏差)

血清亜鉛と血清鉄の関係について検討した結果,血清亜鉛値は血清鉄値と弱い正の相関を示したが(r = 0.317,p = 0.001),血清亜鉛値とフェリチン値には相関関係は認めなかった(r = –0.122,p = 0.226)(図1).

図1.血清亜鉛値と血清鉄,フェリチン値の相関

A.血清亜鉛は血清鉄と弱い正の相関関係を示した.

B.血清亜鉛とフェリチンに相関関係は見られなかった.

血清鉄,ビタミンB12,血清亜鉛の値を幽門側胃切除例のBI再建50例とRY/BII再建の14例で比較すると,血清鉄106.3(33.6)μg/dL vs 78.4(39.1)μg/dL(p = 0.010),ビタミンB12 467.1(682.4)pg/dL vs 427.8(772.1)pg/dL(p = 0.084),血清亜鉛77.6(14.6)μg/dL vs 73.6(17.2)μg/dL(p = 0.387)であり,血清鉄はBI再建で有意に高値であった.

考察

胃切除後貧血は術後1年ですでに始まっており,その後もその割合は増加するといわれている.胃を切除あるいは全摘することで生じる栄養吸収障害がその原因であり,鉄とビタミンB12欠乏の混合欠乏が最も多く,鉄やビタミンB12単独欠乏による貧血症例も少なくない1,4).胃を全摘し壁細胞を失った症例は内因子分泌がなくなるためビタミンB12の吸収において大きく不利となる.肝臓には数年分の貯蔵があり,早期で欠乏しないとの報告もあるが5),胃がんでは術前よりビタミンB12が不足している症例や貧血を示さない不足例の存在も予想されるため実際の充足状況は測定して確認しなければ不明のまま見過ごされる可能性がある.鉄は食物中の三価鉄(Fe3+)が胃酸存在下に可溶化され,上部小腸で二価鉄(Fe2+)に還元されたのちに吸収される.そのため胃切除による胃酸分泌低下の影響と,食物が十二指腸・上部小腸を通過しない再建法の影響とで吸収が少なくなると考えられている6).亜鉛も欠乏により貧血を生じる栄養素であり7),その吸収部位が遠位十二指腸から近位小腸であることから胃がん手術後の欠乏に注意が必要であると考える8,9).Namikawa らの報告では80 μg/dLをカットオフとした亜鉛欠乏は胃がん手術後症例の68.6%に認められている10)

本研究において,ヘモグロビン値から貧血と診断されたのは100例中61例であり,胃全摘術や十二指腸離断再建術で有意に血清鉄,ビタミンB12,血清亜鉛の値が低かった.術後1年採血の時点で鉄,ビタミンB12,亜鉛のいずれかが内服で補充されていたのは11例であった.成分別に見ても術式に特徴的な投与法はされていなかった.胃がん手術後においては,大球性を示すビタミンB12欠乏と小球性を示す鉄欠乏が重複することも多いため,赤血球恒数だけで原因を確定することは困難である.本研究においてもフェリチン値の低いビタミンB12欠乏例は大球性を示さず,その一方で有意ではないがRDW値が高く血球の大小不同の幅が大きいことを示していた.今回検討した胃全摘例は全て十二指腸を離断するRY再建であるため,十二指腸離断の有無で分けた検討において十二指腸離断群は胃全摘例にRY再建とB2再建幽門側胃切除例を加えた検討ということになる.その結果,十二指腸離断群にがんのステージの進行した例が増えたが,体重や栄養状態を示すAlbや総コレステロール,直近の食事摂取状況を示すTTRに大きな変化は見られなかった.その一方でRDW値は高くなっていた.既報告において,幽門側切除後のBI再建とRY再建では長期においても栄養状態に差はないとされている11).われわれが幽門側胃切除でRY/BII再建を行った症例は,胃の切除範囲がBI再建例より大きい場合であり,胃体部の壁細胞の遺残する量が少なくなり,相対的にビタミンB12の吸収が障害され血清値も低い傾向にあったと推測する.さらに食物が空腸にバイパスされるため鉄や亜鉛の吸収もRY/BII再建例で障害されることが予想され実際に血清鉄はBI再建よりも有意に低かった.十二指腸離断群には化学療法施行例が多く含まれ,抗がん剤による核酸合成障害が巨赤芽球性貧血を惹起していることも推測される.これらの結果から十二指腸離断術式全体として鉄欠乏による小球性貧血とビタミンB12欠乏や抗がん剤による大球性貧血が混在し,赤血球恒数だけでは原因が推測しにくいRDW高値の症例が多く含まれる結果となったと考える.胃がん術後のように赤血球恒数にさまざまな影響をおよぼす病態では,鉄欠乏状態を小球性貧血として診断することは困難であり,実際本研究でもフェリチン低値14例のうち小球性を示したのは4例と少なく,RDW高値を示した症例は7例と半数を占めた.鉄欠乏予測に関してはRDWの方の感度が高いと考える.一方ビタミンB12低値の39例中大球性を示したのは13例,RDW高値も12例といずれも半数以下であった.鉄欠乏の診断においてはRDW値を参考にすべきであるが,ビタミンB12欠乏診断には低値が予想される胃全摘やRY再建術式において定期的にビタミンB12値測定を行うことが重要であると考える.

貧血関連栄養素が欠乏した症例に対しては,それらを多く含む食品の提案や摂取方法を指導しているが,不十分であれば投薬を行うこととなる.ビタミンB12の吸収は低濃度時の内因子依存性と高濃度時の濃度勾配依存性の2通りがあるとされ,壁細胞減少により内因子が分泌されなくても500 μg以上の大量投与で2~5%が回腸全体で吸収される.胃全摘例でも1日1,500 μg投与すれば4週で前値の2倍前後まで,1日500 μgでも3カ月後には有意にビタミンB12値が改善するとされており,われわれも来院時と,急を要する場合には筋肉注射で投与するが,それ以外は経口投与で対応している1214).MCVによる小球性,血清鉄低値,TIBC高値,フェリチン低値を参考に,鉄欠乏性貧血と診断された症例には栄養指導とともに必要に応じて鉄剤を投与している15).胃がん術例では胃酸分泌がないか減少しており,鉄が多く含まれる食材を摂取してもpHの上昇により,吸収効率の悪い三価鉄の高分子重合体が形成されて容易には貧血が改善されない.2モルのクエン酸と二価鉄の錯体構造を形成したクエン酸第一鉄は広いpH域で溶解し胃全摘後の鉄欠乏性貧血患者での有用性も確認されているため,胃がん術後患者へ経口で投与可能である16).胃がん後の亜鉛欠乏症は,測定していなかった2017年までは症状のない場合は,見過ごされていると思われる.亜鉛濃度80 μg/dL未満の潜在性を含む欠乏症はわれわれの施設でも62%に認めた.治療指針では,食事摂取基準が男性10 mg/日,女性8 mg/日に対して症状を伴う亜鉛欠乏症には20 kg以上であれば50 mg/日を投与することとなっている17).症状や血清亜鉛値を参考に投与量を増減することとなっているが,われわれの症例においても,安定した値が得られる1日投与量は25 mgから100 mgまで様々であり,数週間ごとの調整が必要である.過剰投与となった場合には銅欠乏性貧血のおそれがあるため状況に応じて血清銅値も測定している18).銅と同様に鉄もまた二価陽イオンであるため十二指腸における二価陽イオン金属のトランスポーターであるDivalent Metal Transporter (DMT)-1を介した吸収において鉄との競合が危惧される.しかしながら,亜鉛吸収にはZrt and Irt-like Protein(ZIP)4とZinc Transporter(ZNT)1が中心であることもあり,鉄と亜鉛を食事と同時に摂取すれば競合は起こらないと報告されている19,20).実際の個々の症例における血清鉄と亜鉛の値の関係は,われわれの測定値においては弱い正の相関を示しており,吸収時の競合による影響よりは残胃の量や,十二指腸離断の有無の方がより大きく影響を与えていると考えられる.鉄と亜鉛の両方を処方する際には空腹時に同時摂取しないよう配慮している.

われわれの術式別の内訳では,噴門側胃切除術は3例であり,術式の特徴を解析するには症例が少なかった.しかし,特に早期胃がんにおいて全摘を回避し噴門側切除で対応することができれば,本術式はビタミンB12の減少を抑制することが可能であり根治性と逆流対策に配慮した上で検討すべき術式の一つであると考えられる21,22).ダブルトラクト法においては,実際にどの程度の割合で食物が十二指腸経由で通過するかによって二価金属の吸収に差が出ると推測されるが,Eomらは噴門側切除後のダブルトラクト再建と食道・胃吻合再建との比較においてビタミンB12欠乏と鉄欠乏に差はなかったと報告している23)

貧血関連栄養素を念頭に置いた栄養指導を行うにあたって,胃の切除範囲や食物が十二指腸を通過するかどうかを考慮することは重要であるが,今回の検討でHb値の低い十二指腸離断再建術式においては手術時の失血も多く化学療法施行割合も高い.また,RDW値が高く貧血の原因が小球性,大球性と混在しており大球性の原因もビタミンB12や葉酸の吸収障害のみならず抗がん剤による核酸合成障害も考えられる.Alb値や総コレステロール値で表される栄養状態が悪いことに加えてTTR低値からは過去数日の摂取量が少なくなっていることも予想される.これらの情報から総合的に貧血の原因を診断し,栄養素の補充だけでなく化学療法の副作用対策や摂取量増加に向けた多職種による介入を行うことが重要であると考える.

結語

胃がん手術1年後にはすでに多くの貧血関連栄養素欠乏が生じている.胃全摘や十二指腸離断術式後で血清鉄,ビタミンB12,血清亜鉛が低値であることを念頭において,鉄欠乏においてはRDWを参考にし,ビタミンB12と血清亜鉛に関しては定期的な測定を行い確定診断した上で,適切な栄養指導や投薬を行うべきであると考える.

 

本論文に関する著者の利益相反なし

引用文献
 
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