学会誌JSPEN
Online ISSN : 2434-4966
症例報告
PICC挿入後の静脈炎が原因と思われる筋炎に対し減張切開を行った1例
斗野 敦士平松 和洋
著者情報
キーワード: PICC, 特定行為, 静脈炎
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2023 年 5 巻 3-4 号 p. 125-129

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Abstract

致死的な合併症が少なく,長期間使用可能な中心静脈カテーテルとしてperipherally inserted central venous catheter(以下,PICCと略)が推奨されている.2015年からは看護師による特定行為の1つとしてPICC挿入が認められ,安全性や有効性が報告されている.今回PICC挿入後に上腕が腫脹したためPICCを抜去したが,改善がなく減張切開を行った症例を経験した.当初は壊死性筋膜炎を疑ったが最終的には静脈炎による血液うっ滞が原因の筋炎と診断した.約3カ月の治療の結果,創は治癒し上肢に重篤な機能障害は認めていない.今後,急性期治療においてもPICC挿入件数がさらに増加すると予想される.それに伴い新たな合併症が発生し,中には致死的なものも生じうる.致死的な合併症を回避するために,PICC挿入の適応を明確にし,PICC挿入手技と管理に関する十分な知識を得た上での手技の実施が重要である.合併症に関して早期発見と迅速で適切な治療が重要でありチームとして対応することが求められる.

はじめに

医療事故の再発防止に向けた提言1)の中でperipherally inserted central venous catheter(以下,PICCと略)は致死的な合併症が少ない中心静脈カテーテルとして推奨されている.日本VADコンソーシアムは1週間以上留置が予想される場合の静脈点滴ルートとしてPICCを推奨2)している.さらに近年では看護師による特定行為としてPICC挿入が行われている.PICC挿入件数が増加するとともに,今後は新たな合併症が生じることが予想される.今回PICC挿入後にうっ滞性静脈炎から筋炎を発症し,減張切開を行った症例を経験した.

なお,本報告では「症例報告を含む医学論文および学会研究発表における患者プライバシー保護に関する指針」を遵守しており患者家族から発表について同意を得ている.

症例

1. 主訴

右上腕の痛み

2. 現病歴

41歳男性.2010年に川崎病による冠動脈瘤に対して冠動脈バイパス術が施行され近医に定期通院していた.定期受診時の血液検査でWBC 2,200/μL,RBC 339 × 104/μL,Plt 7.5 × 104/μLと汎血球減少を認めており,易疲労感の自覚症状もあり当院血液内科に紹介となった.骨髄生検の結果,骨髄異形成症候群と診断された.化学療法後に同種造血幹細胞移植のために当院へ入院し,入院翌日に右上腕静脈にPICCが挿入された(4.5 Frダブルルーメンカテーテル全長45 cmうち40 cm挿入).入院5日後にPICC挿入部に疼痛が出現し,カテーテルに沿って広がり,右上腕が腫脹したため同日PICCを抜去した.その後発熱し,入院9日後に右上腕の腫脹,熱感,疼痛が増強したため単純CTを撮影したところ,右上肢は全体的に腫張し皮下脂肪濃度が上昇していた(図1左).蜂窩織炎と診断し抗菌薬治療と対症療法を開始した.症状の改善に乏しく,入院11日後には血液検査で白血球数やCRPの上昇(表1)を認め,MRIでは上腕二頭筋短頭・長頭,烏口腕筋,上腕筋,上腕三頭筋外側頭を中心にT2強調画像にて信号上昇を認め,浮腫・変性が疑われた(図1右).しかし,体温が40度まで上昇しショックを示唆するバイタルサインを呈したため壊死性筋膜炎の可能性も考慮され,同日緊急手術が行われる方針となった.

図1.入院後画像

左:CTでは全体に腫張し皮下脂肪濃度が上昇していた.

右:MRIでは上腕二頭筋短頭・長頭,烏口腕筋,上腕筋,上腕三頭筋外側頭を中心にT2強調画像にて信号が上昇をしていた.

表1.入院後11日目の手術前血液検査所見

項目 数値 単位 項目 数値 単位 項目 数値 単位
白血球数 10,430 /μL 総蛋白 5.1 g/dL Na 133 mEqL/L
好中球 95 % アルブミン 2.6 g/dL K 3.6 mEqL/L
リンパ球 2.0 % 総ビリルビン 1.7 mg/dL Cl 97 mEqL/L
単球 2.0 % AST 18 IU/L Ca 8.1 mg/dL
好酸球 0 % ALT 15 IU/L CRP 24.6 mg/dL
好塩基球 0 % Alp 64 IU/L
芽球 1.0 % γ-GTP 64 IU/L PT-INR 1.61
赤血球数 240 ×104/μL 血糖 146 mg/dL APTT 50.5
ヘモグロビン 7.0 g/dL 尿素窒素 39 mg/dL フィブリノーゲン 669 mg/dL
ヘマトクリット 21.8 % クレアチニン 2.53 mg/dL Dダイマー 9.6 μg/mL
MCV 100.5 fL コリンエステラーゼ 110 U/L プロカルシトニン 46.2 ng/mL
MCH 32.3 pg クレアチンキナーゼ 281 U/L プレセプシン 1,420 pg/mL
MCHC 32.1 g/dL LD 194 U/L
血小板 1.2 ×104/μL

3. 既往併存症

川崎病,高血圧,脂質異常症,狭心症,高尿酸血症

4. 術中所見

皮膚切開前の局所麻酔を行うと,麻酔薬が戻ってくるほど皮下の圧は高く右上腕は緊満していた(図2左上).内側上腕皮神経や尺側皮静脈周囲は浮腫状で膿は認めなかった.上腕二頭筋は筋膜内が緊満していたが筋膜上には膿は認めなかった.筋肉に血色不良を認めた(図2右上).指で筋肉を触ると容易にゼリー状に崩れた.壊死性筋膜炎の所見は認めず筋炎と診断したが,筋膜を切開開放したのちに一部に認められた壊死筋肉は切除した.右上腕静脈が広範囲に血栓閉塞しており術野では血栓がない部位は確認できなかった.術中操作で易出血性を認め血圧が低下するため迅速に血栓が確認できる最近位で上腕静脈を切除した(図2左下).開放創のまま手術終了とした.

図2.術中画像所見

左上:右上腕の浮腫と腫脹がみられた.

右上:上腕筋膜は緊満していたが汚染はみられなかった.筋肉は血色不良で赤みはなく,やや小豆色だった.

左下:右上腕静脈が広範囲に血栓閉塞していたため切除した.

5. 病理所見

マクロでは上腕二頭筋と上腕筋にびまん性に骨格筋組織の変性や破壊像(図3左),静脈内には血栓がみられた(図3右),ミクロでは血栓のみられた血管壁内にも炎症が波及していたが,染色では組織内に細菌や真菌は認めなかった.

図3.病理所見

左:骨格筋組織の変性や破壊像がみられた.

右:静脈内には血栓がみられた.

6. 術後経過

抗菌薬投与前の血液培養や創部の培養結果から微生物は検出されなかった.術後は創部洗浄を継続した.術後3日目には皮膚の発赤は消失するも浮腫は残存していた.術後10日目に右上腕の皮膚欠損部に持続陰圧閉鎖療法を開始し浮腫は改善傾向であった(図4左上).感染徴候がみられなかったため,術後18日目にシューレースによる皮膚閉鎖を開始した(図4左下).術後32日目に陰圧閉鎖療法を終了し,創部は自然に閉鎖したため術後60日目に退院した.退院半年後には右上腕部は浮腫も改善し,現在上腕の筋力低下へのリハビリを継続しながら生活している(図4右).

図4.術後皮膚所見

左上:入院21日後から右上腕の皮膚欠損部に陰圧閉鎖療法を開始した.

左下:入院29日後に創部の観察を行うと感染徴候はみられずシューレースによる皮膚閉鎖を開始した.

右:退院半年後には右上腕部の浮腫は改善した.

考察

PICC挿入に伴う静脈炎は血管内壁への外傷による内膜の変化により,凝固系や線溶系,および補体などが活性化することで炎症が起こり,腫脹や発赤を生じ,血流が減少することによって起こる3)とされている.本症例でも化学療法やPICC挿入手技に伴う静脈内膜の変化,太めの4.5 Frカテーテルの使用や肘関節運動に伴い静脈血流が低下しうっ滞性静脈炎を起こしたと考えられる.国島ら4)は218名のPICC挿入患者の4名(1.8%)に静脈炎が生じ,PICCの抜去理由の主要因となっていることを注意喚起している.

本症例では当初はPICC挿入部からの細菌感染に伴う壊死性筋膜炎が疑われたが,画像所見ではガス像がみられなかった.しかし,バイタルサインの悪化や採血結果からは壊死性筋膜炎を否定できず緊急手術が施行された.最終的には,術中所見,病理組織,培養結果を総合的に判断しうっ滞性静脈炎による筋炎と診断した.

筋炎発症の機序としては筋肉間を流れる深部静脈である上腕静脈に静脈炎が生じたことにより周囲の筋肉が腫脹し筋炎をおこしたと考えられる.右上腕静脈内の血栓については術前に造影CTは未実施ではあるが,病理学的には血栓周囲の血管内に好中球などの炎症細胞浸潤がびまん性にみられ,炎症の波及に伴い2次的に形成されたものと診断されている.そのため表層の皮静脈に生じる血栓性静脈炎からの筋炎の発症機序とは原因が異なると考えられる.

静脈炎への対策としては,凝固異常の有無とその程度を確認する,静脈径を超音波で確認し太い静脈を穿刺する,細径のカテーテルを使用する,肘関節部位に近い部分からの穿刺を避けるなどの対策がある.血管径とカテーテルの太さについては血管径の1/3以下の太さのカテーテルが推奨されている5).入野ら6)は,尺側皮静脈の静脈径が十分でないため46%の割合で上腕静脈からPICC挿入を行ったが尺側皮静脈と比較して合併症に有意差はなく上腕静脈穿刺の安全性を報告している.本症例でも穿刺部以外の上腕静脈が狭小化しており穿刺が困難であったため上腕穿刺を行った.その場合は静脈炎のリスク因子の一つとして考慮し場合によって,本症例のような合併症が生じうることには注意が必要である.

血管内膜や周囲の筋組織への損傷を最小限にするためにはリアルタイム超音波ガイド下で血管穿刺を行い血管後壁や他の構造物の穿刺を回避する.さらに一回穿刺での手技完遂や手技時間の短縮を心がける必要がある.挿入後は患者の訴え,浮腫や発赤所見の有無,カテーテルの観察,投与内容から合併症の早期発見に努め,カテーテル抜去を含め,タイムリーに合併症に対する治療を行う必要がある.

看護師によるPICC挿入が普及し,安全性や有効性についての挿入報告4,5,7)が散見されるようになった.さらに集中治療領域においてもPICC挿入が積極的に行われている8).PICC挿入件数が増えていくにつれ,多くの合併症が顕在化していくことが予想されその中には本症例のように致命傷となり得る重大な合併症を生じる可能性がある.駒田ら9)はPICCを右上腕から留置しPICC関連の静脈血栓症により右上肢壊死となり,右上肢切断を要した症例を報告している.また,Kubiakら10)は自施設におけるPICC依頼の理由は,長期の抗菌薬投与(51.3%)と末梢静脈路確保困難(39.5%)であり,そのうち1/3(25名)にはPICCは挿入が行われなかったと報告している.理由は,64%は適応外とみなされ,さらに28%が禁忌だと判断されたからであった.PICCは中心静脈路の一つの選択肢であり適応を明確にした上で,患者のリスク,挿入者の知識と技量,院内の体制などを踏まえたうえで挿入する必要があることを忘れてはならない.そのためにはPICC挿入と管理,合併症の発見や対策に関して精通した医療従事者によるチーム医療体制が重要である.

結語

PICC挿入後の静脈炎から波及した筋炎に対して減張切開を行った1例を経験した.今後PICC挿入件数が増加するにつれ多くの合併症が顕在化することが予想される.患者のリスク評価をはじめ,適応条件を明確にして多職種で協議できるチームとして関わることが重要である.

 

本論文に関する著者の利益相反なし

謝辞

本論文の作成にあたり,適切な助言を賜り,また丁寧に指導していただいた豊橋市民病院心臓血管外科外山正志先生に感謝いたします.

引用文献
 
© 2023 一般社団法人日本臨床栄養代謝学会
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