学会誌JSPEN
Online ISSN : 2434-4966
症例報告
とろみ調整剤の影響が疑われたワルファリン用量調節に苦慮した1例
若林 仁美唐沢 浩二岡本 まとか千葉 正博田中 克巳
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2024 年 6 巻 1 号 p. 37-40

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Abstract

経口抗凝固剤であるワルファリンカリウム(以下,ワルファリンと略)はProthrombin Time-International Normalized Ratio(以下,PT-INRと略)をモニタリング指標として薬効評価が行われる.今回,ワルファリンの増量にPT-INRが呼応せず,用量調節に苦慮した症例を経験した.患者の経過からPT-INR低値の要因を検討したところ,とろみ調整剤の使用開始時期と一致していることが判明した.とろみ調整剤は誤嚥予防を目的に用いられ,キサンタンガムなどの水溶性食物繊維を主成分とする.近年では血糖や血圧の改善効果などを期待して様々な栄養剤に含有されるようになった一方で,医薬品の食物繊維への吸着や,とろみ調整剤による錠剤の崩壊遅延や溶出時間延長などが報告されている.本症例では,ワルファリンがとろみ調整剤に含有されるキサンタンガムと相互作用を生じたことで,PT-INRの低下をきたした可能性が示唆された.

はじめに

とろみ調整剤は,嚥下障害を有する患者や高齢者に対し,誤嚥性肺炎を予防するための効果的な方法として汎用されている.主成分である水溶性食物繊維のキサンタンガムやグアーガムは,とろみ調整目的以外にも腸内細菌叢のバランス改善や短鎖脂肪酸の産生促進による整腸効果1),栄養吸収が不十分な短腸症候群での小腸繊毛の改善作用2),血糖や血圧の改善効果3)などが認められ,多くの栄養剤に含有されている.一方で,アルギン酸ナトリウムやグルコマンナンといった食物繊維に医薬品が吸着するとの研究4)や,とろみ調整剤と医薬品を一緒に服用すると錠剤の崩壊・溶出時間が延長し,薬効発現に影響すること5)などが報告されている.

経口抗凝固剤であるワルファリンカリウム(以下,ワルファリンと略)の薬効モニタリング指標として用いられるProthrombin Time-International Normalized Ratio(以下,PT-INRと略)は,適応疾患や年齢によって推奨治療域が設けられている6).今回,誤嚥予防目的にとろみ調整剤を開始した後からPT-INRが目標治療域に到達せず,ワルファリンの用量調節に苦慮した症例を経験したので報告する.

なお,本報告は昭和大学倫理委員会の承認を得ており(承認番号:21-181-A),プライバシー保護に配慮して患者が特定されないよう留意した.

症例

1. 症例

70歳代,男性.

2. 主訴

糖尿病性足趾壊疽.

3. 既往歴

2型糖尿病,脳梗塞左麻痺,心房細動,腰椎骨折.

4. 入院時現症

血圧158/89 mmHg,心拍数87回/分,呼吸数18回/分,体温36.7°C,身長169 cm,体重51.2 kg.

5. 入院時血液検査所見

1,HbA1c 7.2%,PT-INR 2.66.

表1.血液検査データの推移

病日 1 15 29 42 43 50 60 67 84 103 117 123 138 151 161 179
術後病日 0 1 8 18 25 42 61 75 81 96 109 119 137
WBC (/μL) 9,200 8,500 13,000 9,000 17,800 8,200 7,500 7,900 8,600 8,000 7,600 10,000 8,300 8,000 8,700 10,300
Hb (g/dL) 11.4 9.8 8.7 11.4 9.7 9.6 8.1 10 9.5 10.9 11.5 9.6 9.2 10.2 9.4 9.6
TP (g/dL) 6.9 5.8 5.7 6.9 5.8 6.6 6.3 7.1 6.7 6.9 7.4 6.2 6.5 7.1 6.7 6.6
Alb (g/dL) 3.2 2.8 2.1 3.2 1.9 2.2 2.3 2.9 2.9 3.1 3.5 2.7 2.7 2.7 2.5 2.4
AST (U/L) 20 15 22 20 18 22 16 18 20 17 19 37 26 23 22 17
ALT (U/L) 12 10 19 12 15 6 3 7 15 12 13 21 16 20 15 11
BUN (mg/dL) 21.1 16.9 19.5 21.1 12.9 12.9 10 9.4 12.6 15.7 14.4 18.7 14.8 16.2 17.8 18.1
Cre (mg/dL) 0.82 0.92 0.73 0.82 0.67 0.69 0.56 0.61 0.76 0.77 0.76 0.64 0.59 0.58 0.61 0.53
CRP (mg/dL) 5.6 4.14 10.01 5.6 7.82 4.39 3.14 1.4 0.92 0.69 0.86 14.63 4.7 3.11 5.58 6.32

6. 日常生活自立度

B-2,IIIb(部分介助,食事可能,歩行不可,指示動作可能).

7. 現病歴

6年前に脳梗塞を発症し左麻痺となった.以降,介護老人保健施設に入所していた.半年前から左第5指内側が黒色化,1カ月前から左第4指も黒色化を認め,外用剤を塗布して経過観察していたが,1週間前より第4指の悪化に加えて右第1指の黒色化を認めたため当院外来を受診し,加療目的にて入院となった.

8. 入院時持参薬

プラバスタチン錠5 mg 1錠・分1 朝食後

ジゴキシン錠0.125 mg 1錠・分1 朝食後

メトホルミン錠250 mg 3錠・分3 毎食後

ワルファリンカリウム錠1 mg 3錠・分1 夕食後

エチゾラム錠0.5 mg 1錠・分1 就寝前

9. 入院後経過

ワルファリンはPT-INR 1.6–2.6を目標値として継続となった.足趾壊疽部は,デブリードマン処置や抗菌薬投与でも改善を認めず,保存療法困難との判断で左下腿切断に至った.

10. ワルファリン投与量とPT-INRの推移(図1

入院後,PT-INRの著しい上昇に伴いワルファリンを減量したが,PT-INR高値が持続し,第29病日にワルファリンを中止した.第42病日の手術施行までヘパリンを使用し,第44病日からワルファリンを1 mgで再開した.第55病日にPT-INR ≥2で0.5 mgに減量したところPT-INRが目標域を下回り,第61病日に0.75 mg,第65病日に再び1 mgとした.この時期,患者は飲水時にむせ込む様子があり,第66病日から誤嚥予防目的でとろみ調整剤の使用を開始した.PT-INRは上昇を認めず,第72病日に1.25 mg,第78病日に1.5 mg,第92病日に1.75 mg,第97病日に2 mgと段階的に増量したがPT-INRは上昇せず,第120病日に2.5 mgまで増量し,ようやく目標域に到達した.しかしその後,患者は誤嚥性肺炎を併発したため再び抗菌薬が開始となり,PT-INRも上昇を認めた.

図1.ワルファリン投与量とPT-INRの推移.とろみ調整剤を使用後,ワルファリンの投与量を増量してもPT-INRが上昇しない期間が約60日継続した.

LVFX:レボフロキサシン,CEZ:セファゾリン,CCL:セファクロル,TAZ/PIPC:タゾバクタム・ピペラシリン,MINO:ミノマイシン

術後から肺炎発症前までの期間で,患者に発熱やその他の自覚症状はなく全身状態は安定していた.血液検査所見(表1)では,術後の一過性の白血球数増加,CRP上昇,手術前後における血清アルブミンの低下を認めたが,肝機能,腎機能に問題はなかった.抗菌薬が変更されたことを除き,使用薬剤の追加や変更はなかった.食事は第53病日から第78病日まで乳酸菌含有栄養補助飲料が追加されたが,食種や摂取量には変化がなかった.なお,内服薬は粉砕等を要さず錠剤のまま服用可能であった.

考察

今回,ワルファリンのPT-INR低下によりコントロールに苦慮した症例を経験した.ワルファリンへの影響に着目した理由として,薬効の指標とされるPT-INRが定期的に測定され,経時的評価が可能であることが挙げられる.患者は入院前からワルファリン3 mg/日を内服し,入院時PT-INR 2.66(目標治療域PT-INR 1.6–2.6)であった.入院後のPT-INR上昇は,足趾壊死部感染による全身状態悪化や,併用したレボフロキサシンとワルファリンの相互作用の影響と推察され,肺炎発症後のPT-INR上昇も同様と考えられる.一方,術後にPT-INR低値が続いたことからその要因を検討した.

併用薬のうち,ワーファリン錠の添付文書には,相互作用として抗菌薬の腸内細菌抑制作用によってビタミンK産生が抑制され,ワルファリンの作用増強をきたす可能性や,リマプロストアルファデクスの血小板凝集抑制作用により出血傾向の増強をきたす可能性について記載されているが,PT-INR低値を示す本症例の経過とは異なる.血液検査所見では血清アルブミンが手術前後に低値であったが,第67病日以降は全身状態の改善から血清アルブミン値が上昇した.ワルファリンは血漿蛋白結合率が高く,アルブミン増加に伴い遊離型ワルファリンが減少し,PT-INRが低下する可能性がある.本症例では術後1 mg再開時にPT-INR ≥2となり減量を要したのに対し,第65病日に1 mgに再び増量してもPT-INRの上昇を認めなかった要因に血清アルブミン値上昇が影響した可能性がある.一方で,その後にワルファリンを段階的に増量してもPT-INRは横ばいで推移したことから,アルブミン以外の要因について検討が必要と考えた.生活面ではワルファリン服用を考慮した食事が提供され,食事中のカリウムの影響は除外したが,当該期間に乳酸菌含有栄養補助飲料,とろみ調整剤が使用されていたことから,我々はこの点に着目した.栄養補助飲料には各種ビタミン,亜鉛,鉄,セレンおよび加熱殺菌された乳酸菌が含有されている.亜鉛はワルファリンとの結合が問題となるが,薬と同時投与はされておらず関与は低いと考えられた.一方で,とろみ調整剤は薬の服用時に使用しており,常水での服用とは条件が異なるため,相互作用の可能性を検討する必要があると考えた.

とろみ調整剤は増粘多糖類を用いて粘度を調整する食品である.粘度調整に加熱を必要としない簡便さや,溶液が透明で視認性が高いことから,近年ではキサンタンガムを主成分とした製品が主流である.富田ら7)は介護保健施設の83.4%,入居者の平均22.5%が服薬時にとろみ調整剤を使用していたと報告している.他方,とろみ調整剤使用で未崩壊の錠剤が糞便中から排泄された事例8)や,薬剤溶出や崩壊への影響を示唆する報告9,10),また,食物繊維に医薬品成分が吸着して薬効に影響する可能性を示す報告4,11)がなされている.とろみ調整剤とワルファリンの相互作用を検討した報告はないが,これら複数の研究報告を加味すると,本症例の経過にはとろみ調整剤がワルファリンの溶出・崩壊の変化や,主成分のキサンタンガムへの吸着による吸収低下に影響した可能性が疑われる.同様に,他の併用薬にも影響する可能性が考えられたが,プラバスタチンの薬効については,血中コレステロールや中性脂肪の測定は定期的に実施されておらず評価できなかった.ジゴキシンの血中濃度測定は行われなかったが,とろみ調整剤開始前後での心拍数に変化は認めなかった.期待する薬効が得られない場合,とろみ調整剤の影響は検討すべき項目の一つと考えられる.

現状ではプレバイオティクスを含むとろみ調整剤や栄養剤と医薬品との相互作用は注意喚起されておらず,投与方法の明確な基準がない.今後はとろみ調整剤として使用される各種プレバイオティクスとワルファリンの吸着率をLC-MS/MSを用いて測定し,医療現場で注意が必要なとろみ調整剤の種類や濃度を解明していく予定である.また,基礎実験によりとろみ調整剤の影響が無視できない結果が得られた場合は,医薬品に吸着しないとろみ調整剤の候補検索や,医療現場に合わせた医薬品の服用方法を推奨していく予定である.

結語

ワルファリン投与中のPT-INR低下にとろみ調整剤の影響が疑われた症例を経験した.キサンタンガムなどのプレバイオティクスを含むとろみ調整剤は,ワルファリンとの相互作用により薬物治療に影響をおよぼす可能性が示唆された.今後は基礎的な吸着実験等を実施して,汎用されているとろみ調整剤とワルファリンの相互作用を解明する必要がある.

 

本論文に関する著者の利益相反なし

引用文献
 
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