学会誌JSPEN
Online ISSN : 2434-4966
症例報告
ビタミンB12経口投与が著効した自己免疫性胃炎による悪性貧血の1例
中田 俊朗
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2024 年 6 巻 3 号 p. 149-153

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Abstract

症例は80歳男性.数カ月前からの全身倦怠感と体重減少を主訴に受診された.大球性貧血を認め,ビタミンB12は低値であった.胃体部優位な高度萎縮を認め,自己免疫性胃炎による悪性貧血と診断した.標準治療はビタミンB12の非経口投与であるが,高齢で日常生活動作(Activities of Daily Living;以下,ADLと略)が低く,頻回の受診が困難であった.ビタミンB12はそのほとんどが内因子を介する経路で吸収されるが,高用量を摂取した時には濃度勾配依存性に吸収される.そこでビタミンB12経口投与にて治療を開始し速やかに自覚症状と貧血は改善した.ビタミンB12経口投与が著効した自己免疫性胃炎による悪性貧血の症例は稀であり,貴重な症例と考え,文献的考察を加えてこれを報告する.

緒言

悪性貧血は自己免疫性胃炎に伴う壁細胞由来内因子の減少に基づくビタミンB12の吸収障害が本態であり,それによって引き起こされる巨赤芽球性貧血として認識されている.治療は原則としてビタミンB12非経口投与とされている1).保険適応のある用法・用量に従えば,初期治療としてビタミンB12 500 μgを週3回,筋肉内あるいは静脈内に投与する.2カ月間継続したのち,維持療法とし3カ月に1回500 μgを投与する.しかしながら非経口投与は頻回の受診が必要になり,患者負担が大きいのが問題となる.今回我々はビタミンB12経口投与が著効した自己免疫性胃炎による悪性貧血の症例を経験したので文献的考察を加え報告する.

症例

1. 患者

80歳,男性.

2. 主訴

全身倦怠感,体重減少.

3. 既往症

特記事項なし.

4. 家族歴

特記事項なし.

5. 現病歴

数カ月前より全身倦怠感と体重減少を自覚していた.徐々に増悪するため受診した.

6. 来院時現症

身長160 cm,体重53 kg,血圧116/50 mmHg,脈拍73/分,整.

眼球結膜に黄染なし,眼瞼結膜やや貧血様,腹部平坦軟,圧痛なし.

7. 来院時血液検査所見(表1

Hb 9.6 g/dL,MCV 125 fLの大球性貧血とガストリンの上昇,ペプシノゲンIの低下,ビタミンB12 49 pg/mLと低下を認めた.抗内因子抗体は陽性,抗胃壁細胞抗体は10倍の陽性であった.Helicobacter pylori(以下,H. pyloriと略)IgG抗体,H. pylori便中抗原は陰性であった.

表1.来院時血液検査

血液学的検査 生化学検査 その他
WBC 3,500/μL TP 6.9 g/dL 葉酸 17.8 ng/mL
Neu 61.4% ALB 4.6 g/dL ビタミンB12 49 pg/mL
Ly 31.7% T-Bil 1.4 mg/dL ガストリン 2,238 pmol/L
Mo 4.0% ALP 247 IU/L ペプシノゲンI 1.8 ng/mL
Eo 2.6% AST 28 IU/L ペプシノゲンII 4.3 ng/mL
Ba 0.3% ALT 23 IU/L ペプシノゲンI/II比 0.4
RBC 212 × 104/μL γ-GTP 13 IU/L 抗内因子抗体 (+)
Hb 9.6 g/dL LDH 259 IU/L 抗胃壁細胞抗体 10倍
Ht 26.5% AMY 58 IU/L H. pylori IgG抗体 3.3 U/mL
MCV 125 fL BUN 10.3 mg/dL H. pylori便中抗原 (–)
MCH 45.3 pg CRE 0.78 mg/dL フェリチン 134.8 ng/mL
MCHC 36.2% Na 141 mEq/L IgG 1,057 mg/dL
Plt 15.7 × 104/μL K 3.8 mEq/L IgA 149 mg/dL
Cl 103 mEq/L IgM 38 mg/dL
凝固検査 CRP 0.08 mg/dL TSH 0.81 μIU/mL
PT 86.4% HbA1c 5.6% Free T3 2.33 pg/mL
PT-INR 1.01 GLU 87 mg/dL Free T4 0.88 ng/mL
APTT 26.3 sec
FIB 282.8 mg/dL

Hb 9.6 g/dL,MCV 125 fLの大球性貧血とガストリンの上昇,ペプシノゲンIの低下,ビタミンB12の低下を認めた.抗内因子抗体は陽性,抗胃壁細胞抗体は10倍の陽性であった.H. pylori IgG抗体,H. pylori便中抗原は陰性であった.

8. 上部消化管内視鏡検査(図1

胃体部優位な均一な血管透見像,高度萎縮を認める.胃体部から穹窿部に固着粘液を認める.前庭部の萎縮は軽度であり,典型的な自己免疫性胃炎の内視鏡像である.

図1.上部消化管内視鏡検査

a :前庭部,b :胃角部小彎,c :体下部〜体中部大彎,d :穹窿部.

胃体部優位な均一な血管透見像,高度萎縮を認める.胃体部から穹窿部に固着粘液を認める.前庭部の萎縮は軽度であり,典型的な自己免疫性胃炎の内視鏡像である.

9. 経過

自己免疫性胃炎によりビタミンB12が欠乏した悪性貧血と診断した.保険収載されている治療はビタミンB12の非経口投与であるが,頻回の受診は困難であるとのことであった.そのため当院の倫理審査委員会で承認を取得し,本人に十分にインフォームド・コンセントをした上でメコバラミン(1,500 μg/日)経口投与で治療を開始した.2週間後再診時には全身倦怠感の改善と血液検査所見の改善を認めた.以後同治療を継続し10週間で自覚症状は消失しHbは13.8 g/dLまで上昇し,5 kgの体重増加を認め経過良好であった.さらに8週間継続したところHbは15.0 g/dLまで上昇した(図2).経過良好であったため,相談の上一旦中止して様子観察をする方針とした.しかし中止後8週間で貧血の進行はないが,ビタミンB12 190 pg/mLと低下を認めたため,1,500 μg/日で再開した.寛解してから維持療法として適切な内服量を探るため中止とメコバラミンの用量調整を行い約2年間追跡した(図3).本症例ではメコバラミン(1,000 μg/日)が内服の維持量としては妥当であると判断した.なお本症例では採血時間によるビタミンB12の血中濃度の誤差をより少なくするため,患者本人に朝の同一時間に来院し,採血日には朝のメコバラミンの内服をせず,採血後に内服をするように指導した.

図2.治療開始から寛解までの推移

治療開始後2週間後には自覚症状の改善と血液検査所見の改善を認めた.以後同治療を継続し10週間で自覚症状は消失しHbは13.8 g/dLまで上昇した.さらに8週間継続したところHbは15.0 g/dLまで上昇した.

図3.寛解後約2年間の推移

経過良好であったため,相談の上一旦中止して様子観察をする方針とした(図中↑).しかし中止後8週間で貧血の進行はないが,ビタミンB12 190 pg/mLと低下を認めたため(図中▲),1,500 μg/日で再開した.その後,維持療法として適切な内服量を探るため中止とメコバラミンの用量調整を行い約2年間追跡した.

考察

今回我々はビタミンB12経口投与が著効した自己免疫性胃炎による悪性貧血の症例を経験した.厚生労働省の日本人の食事摂取基準(2020年版)では,ビタミンB12の一日摂取推奨量は成人の男女とも2.4 μgとされている.ビタミンB12は体内で合成されず,肉や魚などの動物性食品から摂取する.通常一日10~20 μgのビタミンB12が摂取され2),その大部分は肝臓で貯蔵される.貯蔵が十分であれば摂取が不足しても,症状として出現するまでに5~10年かかる3).ビタミンB12は食事中(肉類)で蛋白と結合しており,酸性の胃内で蛋白分解酵素により消化を受けて遊離型のビタミンB12となる.遊離型のビタミンB12は主として胃壁細胞で産生される内因子と十二指腸で複合体となり,回腸下部の内因子-ビタミンB12受容体に結合することで血中に輸送される46).悪性貧血は自己免疫性胃炎のため,胃壁細胞で産生される内因子の分泌低下によりビタミンB12が欠乏し,巨赤芽球性貧血を呈する.しかしビタミンB12はそのほとんどが内因子を介する経路で吸収されるが,高用量を摂取した時には濃度勾配依存性に吸収され,内因子に無関係に受動的に回腸上部から下部にかけて吸収される2,7,8).この濃度勾配依存性のビタミンB12の吸収については,500~1,000 μgの大量経口投与であったとき,吸収率は2~5%と低いものの,吸収量として10~50 μg程度になるといわれている9).吸収率が僅かであるため食事による摂取では不十分であり,さらには本症例のように著しく胃酸分泌が低下している場合,食事中のビタミンB12は遊離型ビタミンB12になりにくい状態であるため食事からの吸収は低下している.濃度勾配依存性の吸収があるため,悪性貧血のみでなく,胃全摘後の症例においても経口投与の有効性が報告されている10).しかし維持療法としての内服量や肝臓に十分量貯蔵されるまでの期間に関しての検討は今後の課題である.本症例では経口投与で速やかにビタミンB12の血中濃度が上昇し,それに伴い大球性貧血が改善され,経口投与のみで寛解に至った.なお本症例では,高齢発症であり内視鏡像も典型的な自己免疫性胃炎であったため,細胞内のコバラミン代謝異常を疑っておらず,メチルマロン酸やホモシステイン濃度の測定は行っていない.

自己免疫性胃炎は欧米の報告は多いが,本邦では高いH. pylori感染率の影に隠れまれと考えられてきた.しかしH. pylori感染率の低下と除菌治療の増加,さらにはその認知度の増加により自己免疫性胃炎の症例は今後増加することが予想される.その代表的な合併症である悪性貧血の治療は従来ビタミンB12の非経口投与であった.現状では,悪性貧血などビタミンB12欠乏症に対する治療として,経口ビタミンB12の選択肢を知らないか,もしくはどの程度の効果があるのか不確かなため11),筋肉内注射でビタミンB12を投与することが多い傾向にある.しかしながら本例のように安価な経口薬のみで寛解に至る可能性があり,非経口投与時のような頻回の受診が不要なため患者負担も少ない.悪性貧血におけるビタミンB12経口投与による治療は一つの選択肢となる可能性が示唆された.

結語

ビタミンB12経口投与が著効し,寛解から長期間の経過を追えた自己免疫性胃炎による悪性貧血の症例を経験した.安価な経口薬のみによる治療であり,何より患者負担が少ないのが最大の利点である.今後の症例の蓄積により,高齢者やADLの低い症例に対する悪性貧血の治療選択肢になることを期待したい.

 

本論文は「医学研究における倫理的問題に関する見解および勧告」,「症例報告を含む医学論文及び学会研究会発表における患者プライバシー保護に関する指針」を遵守している.本論文の内容に関しては,患者本人からの同意を得ている.

 

本論文内容に関する著者の利益相反なし

引用文献
 
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