抄録
森林の炭素の吸収特性を明らかにするために、成木樹冠内の葉の特性の垂直的変化、その変化の種による違いを調べることは重要である。本研究では、生育環境下における成木(樹高約14 m)を用いて、遷移後期種のブナとイヌブナと遷移前期種のミズメとで比較を行った。樹冠上部から下部までの葉について、ガス交換特性や形態的特性を層別に分けて測定した。また陽葉と陰葉の代表葉を用いて、葉温と電子伝達速度と光合成速度との関係を測定した。そして良く晴れた日中に、樹冠内の各個葉の電子伝達速度を測定し、上記の電子伝達速度と光合成速度の関係から、樹冠内の葉の光合成速度の垂直分布を推定した。樹冠上部の葉の光合成速度は、ミズメで最も高かった。葉面積指数は、ブナとイヌブナ(5.26 – 5.52)と比べてミズメ(4.50)で低かった。また、ミズメと比べてブナとイヌブナの方が、樹冠上部に葉を集中させていた。個葉の葉面積当たりの葉乾重(LMA)、クロロフィル濃度、クロロフィル:窒素比の樹冠表層葉と下部葉の間の違い(可塑性)は、ミズメが最も小さかった。またミズメは、樹冠内の葉のδ13Cの可塑性が最も小さく、樹冠内部に光が透過して高い光合成を行っていると考えられた。単位地面面積当たりの光合成速度は、ブナで18.1、イヌブナで12.7、ミズメで20.2 µmol m-2 s-1であった。低い葉面積指数を持ち、葉の形態的特性の可塑性が低いミズメでは、樹冠上部の個葉の高い光合成速度と樹冠下部での高いsunflecksの利用により樹冠全体で単位地面面積当たりの高い光合成を達成していた。一方、高い葉面積指数を持ち、葉の生化学的特性の可塑性が高いブナでは、弱光を効率的に利用し樹冠光合成を高めていることが推測された。