ファルマシア
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オピニオン
医療研究と創薬研究のトレンド
中島 元夫
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2015 年 51 巻 6 号 p. 513

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抄録

我が国の医療研究開発の全体最適化を目指すため,今年,遂に日本版NIH(National Institute of Health)といわれる日本医療研究開発機構(Japan Agency for Medical Research and Development:AMED)が始動した.基礎から臨床までの医療に関わる研究を国家的に支援し,統一的な司令塔を置いて縦割り行政による弊害をなくし,省庁の壁を越えて,領域ごとに柔軟な研究資金の提供と運営がなされるものと期待される.
このAMEDの手本となった米国のNIHは,医学領域の研究に国家予算から膨大な競争的研究資金を提供してきたが,このNIHの研究費を獲得してきた研究テーマや手法を歴史的に振り返ってみると,その時々のトレンドに乗っている研究が勝者であることが多い.言い換えれば,米国では日本と異なり,時流に乗れない研究は競争的研究資金を得るのが難しいと言える.私は,1980年代に10年間勤めていた米国テキサス大学M. D. アンダーソンがんセンターで,NIHグラントを獲得するために,この潮流に乗ることの大事さを痛感していた.
実は,これは世界的規模の創薬研究を見た場合にも同じことが言える.創薬研究にはトレンドがある.それは標的分子であったり,医薬品の形や分子種であったりする.かつて,スイスのバーゼルにあるチバガイギー(後のノバルティス ファーマ)で,オンコロジー領域の研究開発の中枢に在籍していたころ,世界で初めてのがん分子標的薬となるグリベックの開発に関して,オンコロジー領域会議で意見を戦わせていた.世界初のABLキナーゼ阻害薬を慢性骨髄性白血病に対するオーファンドラッグとして開発しなければ,タンパク質チロシンキナーゼ阻害薬のような代物が医薬として日の目を見る機会は絶対に来ないと思った.事実,このグリベックが承認されるや否や,せきを切ったように,各種チロシンキナーゼ阻害薬が怒涛のように開発されていった.
そして次の大きな波となったのが抗体医薬である.これは1980年代初頭に注目されたミサイル療法などより進化し,次から次へと明らかにされてきた治療薬標的分子である細胞膜表面受容体とリガンドをターゲットとした抗体を用いるものである.この抗体医薬の可能性は無限に近く,いずれ低分子化合物の分子標的薬をりょうがするかもしれない.一方で核酸医薬の研究が進むと,研究手段としてのsiRNA(small interfering RNA)の利用からRNAを診断と治療の標的にするようになり,さらにRNAを治療薬そのものにする時代が到来した.これは,21世紀の大きなトレンドになりつつある.
それでは合成低分子化合物や天然物の世界ではどうなっているか? これまでに新規合成された化合物や構造が明らかにされてきた天然化合物の中には,生体内代謝や毒性と安全性が調べられているものの,当時は薬として及第点が付かずにお蔵入りしているものが多くある.21世紀に入ると,これらの既存の化合物から新たな治療領域における用途を探し出そうとする研究,いわゆるドラッグ・リポジショニングの時代が到来した.大手の巨大製薬企業は,これらのトレンドを見逃さない.いやトレンドを創り出して,ベンチャー企業を躍らせている.
我が国の創薬研究の現場では,今後AMEDの指揮下で産学連携を上手く進め,毎年日本の20倍もの多くのディスカバリーステージの医薬を生み出す米国の創薬力に負けないように,創薬研究のトレンドを見逃さず,さらに世界的創薬トレンドを創出する意気込みで頑張っていただきたい.

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© 2015 The Pharmaceutical Society of Japan
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