2022 年 72 巻 1 号 p. 1-9
要旨:わが国の不妊症患者は増加を続けており,それに伴い体外受精治療などの生殖補助医療(assisted reproductive technology, ART)の治療件数も増加している。女性の妊孕性は年齢の増加に伴い低下し,それはART治療でも克服は困難である。我が国のART治療の特徴の一つは,治療を受ける女性の高齢化があり,ART治療全体の40%以上が40歳以上である。女性の年齢の増加による妊孕性低下は,卵子の質の低下,言い換えると卵子の老化が原因である。しかしながら,卵子の老化の詳細なメカニズムは現在も不明である。卵子の老化の分子機構の解明は,卵子の質の低下の予防や治療法が見つかる可能性がある。
我々は,動物実験にて加齢による卵子の質の低下(卵子の老化)のメカニズムを研究してきた。卵子の加齢には,排卵前の卵子の加齢と排卵後の卵子の加齢があり,いずれの卵子の加齢でも胚発育が悪化する。我々は,排卵後の卵子の加齢には,酸化ストレスによるミトコンドリアの機能低下が,卵子の質の低下の主な原因であることを明らかにした。一方,排卵前の卵子の加齢である,母体の加齢による卵子の質の低下についても研究を行った。しかしながら,排卵後の卵子の加齢とは異なるメカニズムが推定された。
現在のところ,加齢による妊孕力の低下に対する有効な治療法はなく,若いうちに卵子を凍結することのみが唯一の対処法である。未受精卵子(卵子)の凍結は技術的に困難であることから普及してこなかったが,受精卵(胚)凍結の技術の進歩により,卵子凍結も同様の方法で行うことが可能となった。
卵子凍結には,がん治療などによる卵巣機能低下に対する予防としての医学的適応と健康な女性が将来の妊孕性低下に対して行う社会的適応がある。社会的適応による卵子凍結にはメリットがある反面,高齢妊娠や母子の合併症などのリスクもあるため,現時点で推奨されていない。
本稿では,不妊症という疾患を生物学的観点と社会学的観点から見直し,不妊症の現在の状況とその問題点について概説する。