福島医学雑誌
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特別企画 福島県近代医学教育150年顕彰記念シンポジウム総説
難治分娩,とくに前置癒着胎盤への対応
── 福島県で安心して生み育てるために ──
藤森 敬也
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2022 年 72 巻 3 号 p. 115-119

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Abstract

要旨:前置癒着胎盤は,時に母体生命を脅かす大量出血を引き起こす代表的な産科合併症の一つである。リスク因子として,帝王切開術の既往や前置胎盤が知られている。当科では,リスク因子に加え画像診断で癒着胎盤が強く疑われる症例に対して,自己血貯血し,術中超音波により胎盤を避けた部位での帝王切開(子宮底部横切開),大動脈血管内バルーン閉鎖術(REBOA:resuscitative endovascular balloon occlusion of the aorta)といった対応を行い,原則的に一期的に手術を行っている。2003年から2022年の子宮摘出術を必要とした前置癒着胎盤症例37例について検討したところ,REBOAは,手術時間を増加させることなく,帝王切開子宮全摘術の出血量を減少させ,その安全性と有効性を確認できた。今後も福島県で安心して生み育てるために,産科専門医を中心とした多職種の関与により,難治分娩へ対応していく。

Translated Abstract

Abstract:Placenta accreta is one of the most common obstetric complications;it causes massive hemorrhage that is sometimes life-threatening to the mother. Known risk factors include previous cesarean section and placenta previa. In our department, for patients who are strongly suspected of having placenta accreta via diagnostic imaging and the presence of risk factors, we perform, after autologous blood storage, cesarean section (transverse incision at the uterine fundus) after using ultrasound to determine a site other than the location of the placenta, followed by hysterectomy with a resuscitative endovascular balloon occlusion of the aorta (REBOA). A study of 37 cases of placenta accreta requiring hysterectomy from 2003 to 2022 confirmed the safety and efficacy of REBOA in reducing the amount of blood loss during total cesarean hysterectomy without increasing the operative time. We will continue to manage difficult deliveries using a multidisciplinary approach, directed by expert obstetrical surgeons, in order to ensure safe childbirths.

はじめに

2004年12月,県立大野病院で手術をした前置癒着胎盤の妊婦さんが出血多量により亡くなったことを受け,福島県は事故調査委員会を立ち上げ報告書を作成し,医療ミスを認めた。いわゆる県立大野病院事件である1)。その結果,2006年,一人医長として地域医療を支えていた現役の産婦人科医が逮捕されるという非常にショッキングな事件であった。それから15回の公判が開かれ,2008年8月には無罪が確定した。これを受け,福島県立医科大学産科婦人科学教室では,福島県内の前置癒着胎盤が疑われる症例を福島県立医科大学附属病院に集め,集約的に管理を行い,福島県内で安心して生み育てる環境を提供している。

本稿では,妊産婦死亡の主な原因の一つである産科危機的出血について,とくに前置癒着胎盤ついて概説し,当科の対応と成績を含めて報告する。

妊産婦死亡

妊産婦死亡率とは,出産10万対比で何人妊婦が亡くなるかという数字である。日本では,1950年に176,1980年20.5,2000年6.1,2020年2.7と,妊産婦死亡率は経年的に減少してきている2)。これを諸外国と比べると,欧州では日本とほぼ同レベルであるが,アメリカでは2019年で31.3とかなり高いと報告されている2)。日本は世界でも有数の「妊婦が死なない国」ということができる。では実際どんな原因で亡くなっているかというと,図1に妊産婦死亡原因の経年的変化を挙げる3)図1の棒グラフの一番下が産科危機的出血であるが,経年的に減っているのが分かる。最近では,高血圧に伴う頭蓋内出血,心大動脈疾患などが目立ってきている。では,産科危機的出血の具体的な内容であるが,図2に産科危機的出血の死亡原因別事例数の年次推移を示す3)。県立大野病院事件のような癒着胎盤は毎年1例程度原因として挙げられており,最近でも癒着胎盤による産科危機的出血によって妊産婦死亡例を認めている。

図1. 妊産婦死亡原因の経年的変化(症例数)
図2. 産科危機的出血の死亡原因別事例数の年次推移

癒着胎盤の定義と疫学

癒着胎盤とは,胎盤の絨毛が子宮筋層内に侵入し,胎盤の一部または全部が子宮壁に強く癒着して胎盤の剝離が困難なものをいう4)。癒着胎盤は,胎盤付着面の床脱落膜の形成の欠如あるいは子宮壁の瘢痕組織による脱落膜の発育不全により,絨毛浸潤の抑制ができないために発生すると考えられている4)

癒着胎盤の発生頻度は年々増加しており,その最大の要因は帝王切開症例の増加による。この50年でその頻度は10倍になりおよそ2,500分娩に1例と報告され5),最近ではそれ以上の頻度との報告もあるが,本邦においては帝王切開子宮摘出術を必要とする前置癒着胎盤症例は,約5,000分娩に1件と報告されている6)

前置胎盤および帝王切開術の既往が,癒着胎盤の大きなリスク因子であることは広く知られている。子宮筋と胎盤との間に存在する脱落膜は子宮内膜から発生するため,子宮内膜がない子宮頸管の近くに着床する前置胎盤では,頸管への胎盤絨毛の浸潤に伴い癒着胎盤のリスクが高まる。癒着胎盤のリスク因子には前置胎盤や帝王切開術の既往以外に,母体年齢,分娩回数,人工妊娠中絶や流産手術の既往,子宮内膜に達する子宮筋腫核出術や子宮内膜ポリープ切除術の既往,子宮内膜炎,体外受精などが挙げられている4)

表1にこれまで報告されたいくつかの癒着胎盤の発生頻度の疫学調査の結果5,7-9)を示す。いずれの疫学調査にも帝王切開の既往回数と前置胎盤が危険因子であることは共通している。表1に示すように,欧米の報告では帝王切開の既往がない前置胎盤症例で癒着胎盤が認められる頻度は3~5%であるのに対し,2回以上の帝王切開の既往がある前置胎盤症例では約40%に癒着胎盤が認められている。本邦における前置胎盤症例における帝王切開回数と癒着胎盤との発症率についてSumigamaらが報告9)している。前置胎盤401症例中,帝王切開既往がない前置胎盤症例の癒着胎盤発症率は1.1%,1回の帝王切開既往症例では37.8%,2回の帝王切開既往症例では38.5%と,帝王切開の既往回数が1回と2回とでは差はなかったとしている。

表1. 癒着胎盤の発生頻度

切開創に胎盤が付着している場合のみ

胎盤娩出不能例への対応と出血対策

重要なことは,帝王切開となる前にリスク因子,つまり帝王切開の既往があって前置胎盤ならば「癒着胎盤を強く疑って」,さらに超音波検査やMRIによる画像診断によって,“ある程度の診断”をつけて準備しておくことである。しかし,分娩前あるいは帝王切開前にリスク因子や画像診断のみで事前に全て診断することは困難であり,最終的には開腹所見や胎盤剥離時の臨床所見から診断しなくてはならない。広範囲あるいは筋層浸潤が高度の癒着胎盤の場合,胎盤剥離娩出後に剥離面からの出血を止血することは極めて困難であり,胎盤を子宮内に留めたまま速やかに子宮摘出を図ることが望ましい。しかし,胎盤娩出を試みた後に癒着胎盤が診断される場合もある。部分的な癒着であれば出血部位を囲むようにコの字縫合を行う(Z縫合より有効,漿膜面まで貫通してもよい)ことである程度止血可能であり,また,B-Lynch縫合などで子宮温存する方法などがあるが,子宮温存が可能かどうかの迅速な判断と対応が要求される4)

表2に現在まで行われている前置癒着胎盤の子宮全摘術時に出血量減少を目的に行われている対応について挙げる。IVR (interventional radiology)を中心とした様々な工夫が報告されている。内腸骨動脈血流を遮断する方法では,外腸骨動脈系の豊富な側副血行を遮断できないと考えられ,軽度の癒着胎盤症例では有効かもしれないが,筋層浸潤が高度の胎盤には有効ではない可能性がある。また,総腸骨動脈バルーン閉鎖術 (CIABO:common iliac artery balloon occlusion)では外腸骨動脈内へのカテーテル迷入に注意が必要であり,一方,脈血管内バルーン閉鎖術(REBOA:resuscitative endovascular balloon occlusion of the aorta)では,高い止血効果が得られるが,広範囲に虚血がおこるため遮断時間に注意を要する。

癒着胎盤における保存的治療としては,帝王切開時に児を娩出したのち,胎盤は子宮内に留めたまま閉腹,自然待機し,加えて子宮動脈塞栓術やメソトレキセート投与した後,再開腹あるいは経腟的に胎盤娩出を行い,子宮温存を図るというものである。しかしながら,待機中に子宮内感染や大量出血を認める症例もあり,帝王切開既往のある前置胎盤症例で画像診断にて癒着胎盤が強く疑われる症例では,胎盤剥離を試みず一期的な子宮全摘行うべきとする意見もある。

表2. 前置癒着胎盤の子宮全摘術時に行われている工夫

当科における癒着胎盤症例の対応と検討

当科では感染や再出血のリスクを考えて一期的に手術をすることを原則としている。2006年までは,自己血貯血,術中超音波を行い胎盤の位置を確認後,胎盤を避けた部位での帝王切開(子宮底部横切開)といった対策のみで対応していた。2007年~2012年では,加えて,セルセーバー(回収式自己血輸血)の準備,また,子宮全摘時に尿管の位置確認を容易にするため両側尿管にステントを留置,膀胱剥離が困難な症例には,適宜,逆行性子宮摘出を行うという対策が加わった。2013年以降現在までは,加えて,重度の癒着胎盤が強く疑われる症例には子宮摘出時の血流を減少させるため,総腸骨動脈バルーン閉鎖術 (CIABO)あるいは大動脈血管内バルーン閉鎖術(REBOA)といった血管内バルーン留置を術前に行って対応してきた。

特に最近では,その簡便性や確実性から,大動脈血管内バルーン閉鎖術(REBOA)を多用している。そこで,当教室において2003年から2022年の帝王切開による子宮摘出術を必要とした癒着胎盤症例(n=37)について,帝王切開・子宮摘出術を行うためにREBOAを行わなかった症例(n=24)とREBOAを行った症例(n=13)について検討した10)。結果を表3に示す。手術時間には有意差を認めなかったが(REBOAありvs REBOAなし,144分 vs 146分,p=0.09),帝王切開子宮全摘術の推定出血量では,REBOA使用群では有意な減少を認めた(REBOAありvs REBOAなし,1,110 g vs 2,160 g,p= <0.01)。以上より,REBOAは,前置癒着胎盤症例において手術時間を増加させることなく,帝王切開子宮全摘術の推定出血量を減少させ,その安全性と有効性を確認することができた10)

さらに安全に本手術を遂行するために,輸血・移植免疫部には止血用フィブリン糊製剤作成を含めた自己血貯血を,泌尿器科には尿管ステント留置を,救急科には大動脈血管内バルーン留置を,手術部には術中超音波,セルセーバーの準備を,そして麻酔科とNICUには全身管理と低出生児・新生児蘇生の対応をお願いしている。

表3. 前置癒着胎盤症例におけるREBOAの有無による産科的背景および分娩結果(2003年~2022年)

REBOA:Resuscitative endovascular balloon occlusion of the aorta for placenta accreta spectrum

IQR:interquartile range

aMann-Whitney-U test

bFisher’s exact test

おわりに

妊産婦死亡率の減少は「産婦人科医の24時間365日の献身的な医療」が一番の要因と考えている。医学は日進月歩,進歩していくものであり,さらに内科学・画像診断学といった医療全体の進歩,麻酔学の進歩,輸血学の進歩が加わっている。昔,助からなかった患者さんが今,助かるようになったという疾患はたくさんある。県立大野病院事件は我々にとって残念な事件ではあったが,この事件をきっかけにたくさんのシンポジウムや講演会が全国的に開催され,術式や対応策が検討された。これらがあって,今,産科危機的出血の妊婦さんがたくさん助かるようになり,安全に安心して分娩できるようになったと考える。今後も,オール福島医大で,福島県で安心して生み育てるために,難治分娩へ対応していく。

文献
 
© 2022 福島医学会
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