福島医学雑誌
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症例報告
常用量アセトアミノフェンによる昏睡型急性肝不全の一例
鈴木 健悟木暮 敦子持丸 友昭佐藤 俊大島 康嘉坂 充近藤 祐一郎
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2022 年 72 巻 3 号 p. 121-125

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Abstract

要旨:アセトアミノフェン(acetaminophen:AAP)は,一般に非ステロイド性抗炎症薬(non-steroidal anti-inflammatory drugs:NSAIDs)と比較して副作用が少ない解熱鎮痛薬として,高齢者や肝腎機能障害を有する患者にも頻用されている。一方で肝障害の副作用が知られ,肝疾患のある患者では1,500 mg/日以下とすべきであると記載されている。今回,常用量AAPによる昏睡型肝不全の一例を経験したので報告する。症例は意識障害を主訴に当院へ救急搬送された73歳の女性。左変形性膝関節症に対して,左膝関節全置換術施行後もAAP 1,200 mg/日の内服を2カ月間継続していた。搬送時にJapan Coma Score (JCS) 200の意識障害と黄疸,全身性浮腫を認めた。高度の肝機能障害と凝固障害,肝萎縮があり,昏睡型急性肝不全と診断し加療を開始した。集学的に加療を行ったものの,第7病日に痙攣が出現し呼吸状態悪化に伴い亡くなった。本症例はAAPによる薬物性肝障害(drug-induced liver injury:DILI) であったと判断した。以前より指摘されていた非アルコール性脂肪性肝疾患(nonalcoholic fatty liver disease:NAFLD)と高齢により,DILIのリスクが高かったと考えた。本症例のようにDILIの危険性のある症例では,定期的な肝機能検査の施行や,症状改善に伴う頓服への変更または減量が推奨される。

Translated Abstract

Abstract:Acetaminophen (AAP) is an antipyretic and analgesic drug with fewer side effects than NSAIDs, and is frequently prescribed for the elderly and patients with hepatic and renal dysfunction. On the other hand, known side effects of AAP include hepatic damage, for which reason its dose is recommended to be less than 1,500 mg/day in patients with hepatic disease. Herein, we describe a case of acute hepatic failure with hepatic coma attributed to regular doses of AAP. A 73-year-old woman in a coma was brought to our hospital. She had been taking 1,200 mg/day of AAP for 2 months after a total knee arthroplasty for left knee osteoarthritis. At the time of admission, the patient’s Japan Coma Scale (JCS) score was 200;she had jaundice and generalized edema. With severe liver dysfunction, coagulopathy, and hepatic atrophy, she was diagnosed with acute hepatic failure and hepatic coma. Despite aggressive multidisciplinary treatment, the patient died on the seventh day of hospitalization, with convulsions and worsening of respiratory status. We concluded that this was a case of drug-induced liver injury (DILI) caused by AAP. The risk of DILI was considered to be high due to the presence of nonalcoholic fatty liver disease (NAFLD), previously diagnosed, and advanced age. In patients at risk of DILI, as in the present case, periodic liver function tests should guide the cessation or dose reduction of AAP to minimize risks of hepatic dysfunction and possible mortality.

I. 緒言

アセトアミノフェン(Acetaminophen:AAP)は,一般に非ステロイド性抗炎症薬(Non-steroidal anti-inflammatory Drug:NSAIDs)と比較して副作用が少ない解熱鎮痛薬として,高齢者や肝腎機能障害を有する患者にも頻用されている。一方で肝障害の副作用が知られ,肝疾患のある患者では1,500 mg/日以下とすべきであると記載されている。今回,常用量AAPによる昏睡型急性肝不全の一例を経験したので報告する。

II. 症例

症 例:73歳,女性

主 訴:意識障害,黄疸

既往歴:20歳頃 扁桃炎,73歳 左変形性膝関節症

生活歴:飲酒なし,喫煙歴なし

服薬歴:アセトアミノフェン錠200 mg,6錠,分3

現病歴:X年3月に左変形性膝関節症に対して左膝関節全置換術後よりAAP 1,200 mg/日の内服を開始した。術前の血液検査では,AST 18 U/L,ALT 16 U/Lであり,内服開始後7日ではAST 16 U/L,ALT 19 U/Lであった。内服開始後14日ではAST 16 U/L,ALT 19 U/Lであり,この時点では肝機能障害はなく,Albumin(Alb)やTotal bilirubin (T.Bil)は測定されていなかった。以降は通院していたが血液検査を施行されず,5月に意識の低下した状態で発見され,当院へ救急搬送された。

現症:身長153 cm,体重62.5 kg,血圧132/89 mmHg,心拍数118/分,SpO2 98%(室内気),体温36.9°Cであり,Japan coma scare(JCS) 200の意識障害と黄疸,腹部膨満,全身性浮腫があった。

検査:血液生化学検査では,Alb 3.3 g/dL,T.Bil 17.1 mg/dL,AST 1,071 U/L,ALT 1,048 U/L,NH3 123 µg/dLと高度の肝機能障害があり,凝固ではProthrombin time(PT) 7.4%と著明に低下していた。また,後日各種ウイルスに関して検査を施行されたが,すべて陰性であった。腹部単純CT(Computed tomography)では,搬送より約半年前には脂肪肝のみであったが,搬送時には著明な肝萎縮があり,周囲に腹水を伴っていた。頭部単純CTでは異常を指摘されなかった。以上より昏睡型急性肝不全と診断され,加療が開始された。

経過:第2病日にFFP 8 U/日を,第3病日よりメチルプレドニゾロン(Methylprednisolone:mPSL) 250 mg/日を投与された。PT低値と高アンモニア血症が継続し,第4病日より血漿交換を4日間行われた。加療に伴いALTは減少し,血漿交換によりPTは上昇したが,AlbとT. Bilは改善が見られず意識障害が遷延した。第6病日よりmPSLをPSL 60 mg/日へ変更して加療されたが,同日に施行した腹部単純CTで肝萎縮の進行が認められた。第7病日に痙攣が出現し,頭部単純CTで脳浮腫があった。抗痙攣薬とマンニトールでの加療を開始されたが,同日に呼吸状態の悪化により死亡した。

III. 考察

急性肝不全の成因は,ウイルス性が最も多く次いで薬物性が多い1)。本症例では,DDW-Japan2004 薬物性肝障害ワークショップのスコアリング2)で肝細胞障害型7点であり,内服していたAAPによる薬物性肝障害(Drug-induced liver injury:DILI)であると判断した。AAPは容量依存的に肝障害をきたすと考えられており,リスクファクターとして低栄養や飲酒,薬物相互作用などが挙げられる3)。4,000 mg/日以下ならDILIのリスクは低いとされており4),常用量であれば長期投与でも安全であるとする報告も多いため4),一般にAAPは安全な解熱鎮痛薬として使用されている。一方で,許容量で発症したDILIは国内外で報告されており5),健常人への常用量投与でも軽度から中等度の肝障害が出ると報告されている6)

吸収されたAAPの多くはグルクロン酸抱合と硫酸抱合により代謝され,これらの代謝物は尿中および胆汁中に排泄される。AAPの抱合体は腎機能が正常であれば速やかに尿中排泄されるが,腎機能障害があると蓄積しやすい。胆汁排泄された抱合体は一般に再吸収されにくいが,腸内細菌により加水分解されると親化合物であるAAPとなり吸収される7)。この腸肝循環により,透析患者では健常者と比較してAAPのトラフ値が約3倍になると報告されている8)。この代謝経路が飽和すると,AAPは Cytochrome P450 family 2 subfamily E Member 1(CYP2E1)によってN-acetyl-p-benzoquinone imine(NAPQI)に代謝される。NAPQIはグルタチオン(Glutathione:GSH)によってグルタチオン抱合され解毒されるが,抱合能を超えると肝細胞質ゾルやミトコンドリア蛋白と結合する。その結果,ミトコンドリア機能障害とATPの枯渇,活性酸素とperoxynitriteの過剰産生が起こり,広範な肝細胞壊死を引き起こす9)。AAP大量服用によるDILIは上記の機序により誘発される。本症例で見られた著明な肝萎縮も,広範な肝細胞壊死によるものと考える。

飲酒や薬物相互作用ではCYP2E1の誘導が促され,低栄養ではグルクロン酸抱合能と硫酸抱合能が低下するため,NAPQIの産生が亢進する。肥満や非アルコール性脂肪性肝疾患(Nonalcoholic fatty liver disease:NAFLD)の患者では,CYP2E1の活性が上昇しており,NAFLDでは酸化ストレスによりGSHの貯蔵量が低下しているため,NAPQIの解毒能が低下する9)。また,加齢によっても硫酸抱合能とグルタチオン抱合能は低下する10)。つまりいずれの背景因子においても,NAPQIが誘導されやすく,解毒能が落ちるといえる。本症例は,高齢とNAFLDによるCYP2E1活性の上昇とGSH貯蔵量の低下が背景にあり, 常用量のAAPでDILIを引き起こしたと考えた。そのため,過量服薬によるAAP中毒に使用される,N-acetylcysteineでの加療は行わなかった。

本症例のような常用量のAAPによる急性肝不全の症例はこれまでにも報告11,12)されており,先述のアルコール依存症や低栄養などのDILIのリスク因子を背景に認めていた。一方,AAP過量服薬に伴う急性肝不全の例ではNAFLDもリスク因子とされており13),本症例の経過からもNAFLD患者では投与量にかかわらずAAPによる急性肝不全に留意すべきと考えられる。また年齢や発症までの期間には差があるが,本症例のように長期投与中に誘発される症例もある。そのため,DILIの危険因子のある症例では,定期的な肝機能検査の施行や,症状改善に伴う頓服への変更または減量が推奨される。

表1. 当院搬送時の血液性化学所見と後日提出した免疫学的検査

AMA:anti-mitochondrial antibody,抗ミトコンドリア抗体

図1. 約半年前(上)と搬送時(下)の腹部単純CT
図2. 治療経過
図3. 第6病日の腹部単純CT

IV. 結語

常用量AAP内服による昏睡型急性肝不全の一例を報告した。NAFLD患者や低栄養患者,高齢者,アルコール常飲者などに対しては,常用量投与であっても,定期的な肝機能検査及び服用方法の検討が推奨される。

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