抄録
血液循環,特に局所血流の恒常性維持機構や動脈硬化症などの循環器疾患の発症機構を明らかにする上で,心·血管系のメカノトランスダクション機構の分子メカニズムおよびその細胞内情報伝達系を詳細に検討することは重要である.また,人工臓器と移植臓器の中間に位置づけられるハイブリッド組織体の開発研究·臨床応用にも細胞バイオメカニクスの技術が不可欠である.このような視点の下に企画された第75回日本薬理学会年会のシンポジウム3「メカニカルストレス応答による細胞機能制御―創薬と再生臓器開発への応用―」の概要を紹介する.松田は細胞の持つ生体適合性と機能性をそのまま利用して,人工材料あるいは生体由来材料と組み合わせて,より生体組織に類似した機能を有する血管組織体(ハイブリッド組織体)の形成に関する最近の知見を示した.大池は血管内皮細胞への低浸透圧刺激はRho/Rho-キナーゼ,チロシンキナーゼの順に伝達され,これがATP放出を引き起こし,オートクリン機構によってCa2+上昇反応に至ることを示した.百瀬は細胞間情報伝達物質として注目されるリゾホスファチジン酸(LPA)が血管内皮細胞への流れ刺激により誘発されるCa2+応答を著明に増強することを示し,血行動態制御におけるLPAの役割を示唆した.小原はイヌ脳底動脈における伸展誘発性タンパク質リン酸化および収縮活性化の伸展速度依存性について検討し,緩徐伸展はインテグリン/Src系を介してRho/Rho-キナーゼ系を活性化し,MLCの複数部位(3カ所)のリン酸化やPKCδの移行を惹起することを明らかにした.Laherは脳底動脈の圧誘発筋原性収縮には,プロテインキナーゼCやHETEなどの脂質性メディエーターが介在し,それらの効果は,おそらくRho-キナーゼを介する細胞内Ca2+感受性の増大によるものであることを示した.杉浦は単一心筋細胞の収縮特性を簡便に測定できる新しい実験系を開発し,連続的に負荷を変えながら心筋細胞の長さ変化と発生張力を記録し,それらをX-Y平面にプロットしたところ,各拍動ごとに左回りのループが得られることを示した.