2016 年 148 巻 4 号 p. 168-175
統合失調症や双極性障害は,人種や地域に関わらずその生涯有病率は約1%と言われ,十分な治療法が確立されていない深刻な精神疾患である.しかし,発症要因はもちろん,脳内でどのような異常が生じているのかについては未だによくわかっていない.我々の研究室では,これまでに180種類以上の遺伝子改変マウスや薬物投与マウスの行動を解析した結果,統合失調症や双極性障害などの精神疾患患者の症状に類似した行動異常のパターンを示すマウス系統を多数見出してきた.その中でも特に顕著な行動異常を示す複数系統のマウスの脳を調べたところ,成体の脳であるにも関わらず海馬歯状回の神経細胞のほとんどが擬似的に未成熟な状態にあるという現象(「未成熟歯状回」)を発見した.また,正常なマウスでも抗うつ薬やてんかん症状を誘発するピロカルピンの投与によって未成熟歯状回に酷似した現象を誘導できることもわかってきた.さらに,この未成熟歯状回に類似した現象は,統合失調症患者や双極性障害患者の死後脳でも生じていることが確認された.一方,他の複数の研究室からも,統合失調症患者の皮質や扁桃体などに擬似的に未成熟な細胞があるという報告がなされるようになってきた.我々は,成人であっても歯状回や皮質を含む脳領域の一部の細胞が擬似的に未成熟な状態であることが,精神疾患の中間表現型の一つではないかと考えている.今後,この脳の細胞の成熟度変化について発生メカニズムを解明し,成熟度の制御法を確立することによって,新しい精神疾患の診断法や治療法の開発が進むことが期待される.