本邦では超高齢化社会になるに伴い,がんはより身近な問題となってきた.がん治療には循環器系有害事象が伴うことは知られており,腫瘍循環器学(onco-cardiology)という新しい領域が注目されている.アントラサイクリン系のドキソルビシンは心毒性を示すことで有名であるが,特に心臓のリモデリングが進行すると不可逆性の経過を辿り予後は不良である.しかしながら,心毒性の発症メカニズムについてもわかっていないことが多いため,さらなるメカニズム解析が急務である.従来の報告では心筋細胞における心毒性のメカニズム解析についての報告が大半であり,心臓線維芽細胞については少ない.そこで我々は心臓組織で多数を占める心臓線維芽細胞を対象に心毒性のメカニズムについて調べたので報告する.我々の基礎研究から,ドキソルビシンは従来の累積投与量上限より低用量であってもマウスの心臓の血管周囲を中心とした線維化を誘導することがわかっている.その線維化は細胞のアポトーシスを伴わない反応性の線維化であった.また,培養ヒト心臓線維芽細胞を用いた検討では,低用量のドキソルビシンにより,心臓線維芽細胞の筋線維芽細胞への分化が促進されることが,分化マーカーである平滑筋アクチン(α-SMA)の発現の継時的評価で判明した.さらに,それには炎症性サイトカインであるインターロイキン6(IL-6)や細胞外マトリックスの分解酵素であるマトリックスメタロプロテアーゼ(matrix metalloproteinase:MMP)1が関与していることもわかっている.また,ドキソルビシは心臓線維芽細胞において無菌性炎症を惹起し,ミトコンドリアのマイトファジーが活発に行われていることがわかった.今後のより一層の知見の積み重ねが得られれば,がん治療における心不全の予防や,治療に生かすことができると期待される.