2022 年 157 巻 4 号 p. 254-260
常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)は最も頻度の高い遺伝性腎疾患で,60歳までに約半数が末期腎不全に至ることから,本邦における透析導入原因の4番目に多い疾患である.バソプレシンV2受容体拮抗薬トルバプタンはADPKDを適応として承認された初めての薬剤であり,2014年に日本,2015年に欧州,2018年に米国で承認され,現在は多くの国で処方されている.トルバプタンの研究開発は,水だけ出す利尿薬が必要という臨床ニーズから始まり,2009年に米国で低ナトリウム血症,2010年に日本で心不全における体液貯留を適応に,世界初の経口水利尿薬として承認された.この水利尿薬としての研究開発の最中,cAMP上昇を抑制するV2拮抗薬がADPKDに有効であることが報告され,並行してADPKDを対象とした研究開発が進められた.トルバプタンは多発性嚢胞腎モデル動物において腎臓内cAMPの上昇,腎嚢胞の増大を抑制し,死亡率の改善も認められた.一方,ADPKDの薬事承認を目的とした臨床試験は世界で初めてであったため,エンドポイント,対象患者の選択等に関して,専門の医師や当局との協議を重ねながら準備を進めた.病態早期の比較的腎機能が保たれている患者を対象としたTEMPO 3:4試験では,トルバプタンが腎容積増大と腎機能低下を有意に抑制することが認められ,また,ある程度腎機能が低下した患者を対象としたREPRISE試験でも,腎機能低下の抑制が確認された.トルバプタンの承認を機に作用機序の異なる化合物の研究開発も盛んとなり,後期臨床開発ステージのものもある.近年,腎臓分野でもiPS細胞を用いた研究が進み,ネフロン前駆細胞や尿管芽の誘導,腎臓オルガノイドの樹立,集合管前駆細胞の作製など報告が多く,iPS細胞を用いた嚢胞モデルの研究から,さらなる疾患メカニズムの解明や新たな作用機序の薬剤が生まれてくるものと思われる.病態の進展抑制だけでなく治癒までを望める薬剤が出てくることを期待するとともに,これを目指して研究を追求していきたい.