日本薬理学雑誌
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新薬紹介総説
新規シデロフォアセファロスポリン系抗菌薬セフィデロコルトシル酸塩硫酸塩水和物(フェトロージャ®点滴静注用1 ‍g)の薬理学的特性及び臨床試験成績
山野 佳則森田 一平有安 まり
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2024 年 159 巻 5 号 p. 331-340

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要約

カルバペネム系抗菌薬に耐性を示すグラム陰性菌による感染症は,2000年以降に世界中で急速に拡大しており,有効な抗菌薬の治療選択肢が限られることから治療が難渋する傾向にある.2017年の世界保健機関(WHO)の指針にて,カルバペネム耐性グラム陰性菌である腸内細菌目細菌,緑膿菌,アシネトバクター属の各病原体は,新たな抗菌薬の研究開発が必要な最優先の病原体として位置付けられている.塩野義製薬株式会社が創製したセフィデロコルトシル酸塩硫酸塩水和物(フェトロージャ®点滴静注用1 ‍g,以下セフィデロコル)は,シデロフォアセファロスポリン系抗菌薬として,2023年11月に,日本において「セフィデロコルに感性の大腸菌,シトロバクター属,肺炎桿菌,クレブシエラ属,エンテロバクター属,セラチア・マルセスセンス,プロテウス属,モルガネラ・モルガニー,緑膿菌,バークホルデリア属,ステノトロホモナス・マルトフィリア,アシネトバクター属のうち,カルバペネム系抗菌薬に耐性を示す菌株を適応菌種とする各種感染症」を適応症として製造販売承認を取得した.セフィデロコルは,細菌の鉄取り込み機構を利用した独自の菌内への輸送機序と各種カルバペネマーゼに対する高い安定性を有しており,細菌のカルバペネム耐性を克服して抗菌作用を発揮する薬剤である.開発段階においては3つの国際共同臨床治験が実施され,カルバペネム耐性グラム陰性菌による各種感染症を対象としたCREDIBLE-CR試験にて,良好な有効性と安全性を確認するとともに,グラム陰性菌による複雑性尿路感染症患者や院内肺炎患者を対象とした臨床試験にて,有効性について既存治療との非劣性を検証した.セフィデロコルは,治療選択の限られた難治療性のカルバペネム耐性グラム陰性菌による各種感染症に対して,新たな治療選択を提供し,重症感染症治療に貢献することが期待される.

Abstract

Antimicrobial resistance is currently recognized as an urgent concern against public health in worldwide. Carbapenem-resistant (CR) Gram-negative bacteria, such as Enterobacterales, Pseudomonas aeruginosa and Acinetobacter baumannii are listed as critical pathogens which are widely spread and can cause severe and often deadly infections in WHO guidance. Cefiderocol (Fetroja®), a novel and first siderophore cephalosporin, was approved for the infections caused by these problematic CR Gram-negative bacteria in Japan on November 30, 2023. Cefiderocol has unique mechanisms to be incorporated into bacterial cells using bacterial iron transportation system and to be highly stable against most β-lactamases, which lead to promising antibacterial activity against these Gram-negative bacteria including CR strains in vitro. In CREDIBLE-CR Ph3 trial, cefiderocol showed the good efficacy and safety for patients with CR Gram-negative bacteria. In APEKS-cUTI and APEKS-NP trials, cefiderocol showed non-inferiority and suggested superiority to imipenem/cilastatin in complicated urinary tract infection (cUTI) patients, and non-inferiority to high dose of meropemen in pneumonia patients, respectively. Cefiderocol is expected to be an optimal treatment for CR Gram-negative infections with limited treatment options and would be an important drug to combat the threat of CR bacteria.

1.  はじめに

2000年以降,世界各地にてカルバペネム系抗菌薬に対して耐性を示すグラム陰性菌による感染症の流行が拡大しており,これらの治療には有効な治療選択肢が限られ,治療が難渋することから,予後不良となることが多い.WHO(World health Organization)とCDC(Centers for Disease Control and Prevention)は,カルバペネム耐性グラム陰性菌のうち,腸内細菌目細菌,緑膿菌及びアシネトバクター属に関して,既存の抗菌薬では十分な効果が期待できないため,これらの菌種に対する有効な新薬の開発を喫緊の課題として掲げている1,2)

これらの耐性菌がカルバペネム耐性を獲得する主な機序としては,カルバペネム系抗菌薬が外膜を透過する際に利用する受動的拡散チャネルであるポーリンの欠失もしくは変異,あるいはカルバペネム系抗菌薬を菌体外に排出する薬剤排出ポンプの産生亢進が知られている3).上記の耐性獲得機序は,カルバペネム系以外の抗菌薬に対する耐性化にも関与するため,多剤耐性を引き起こす要因としても知られている.加えて,カルバペネム系抗菌薬を分解するβ-ラクタマーゼ(カルバペネマーゼ)の発現も,カルバぺネム耐性獲得の主要な機序である.カルバペネマーゼには,多様な分子種の存在が報告されており,活性中心のセリン残基が活性に寄与するセリン型β-ラクタマーゼと,亜鉛分子が寄与するメタロ型β-ラクタマーゼとに分類することができる4).セリン型β-ラクタマーゼについては,Amblerらにより,そのアミノ酸配列や基質特異性の特徴などからclass A,class C,class Dの3種に大別されており,カルバペネマーゼとしては,class Aに属するKPC型,class Dに属するOXA型などが知られている.メタロ型β-ラクタマーゼについてはclass Bに分類されるが,NDM型,VIM型,IMP型などが知られており,いずれの酵素もカルバペネム系抗菌薬を分解することが報告されている5)

2.  セフィデロコルの作用機序

セフィデロコルは,既存のβ-ラクタム系抗菌薬と同様に,細胞壁合成に関わるペニシリン結合タンパク質(PBP)へ結合して,細胞壁合成を阻害することで抗菌力を発揮するが,その分子構造中にシデロフォアという鉄輸送分子に類似した構造を有するため,シデロフォアセファロスポリン系抗菌薬という新たな系統の薬剤として承認された(図1).セフィデロコルの有する二つの特徴が,前述のカルバペネム耐性機序を克服して抗菌力を発揮することにつながっている(図2).一つ目の特徴は,細菌が自身の生育に必須の栄養素である鉄を取り込む経路を利用して,薬剤が菌体外膜を効率よく透過できるというものである.細菌は,3価鉄と錯体形成能を持つシデロフォアと総称される低分子化合物を自ら産生し,菌体外膜上に存在する鉄-シデロフォア錯体を特異的に認識するトランスポーターを介して鉄を能動的に取り込むことができる6).セフィデロコルは,シデロフォアと類似の構造をもって3価鉄と錯体を形成し,細菌体内に効率よく取り込まれる7).シデロフォアを介した鉄の取り込みに関与する外膜タンパク質は各菌種で多数報告されているが,緑膿菌が産生するタンパク質PiuAや大腸菌や肺炎桿菌が産生するタンパク質Cir及びFiuが,セフィデロコルの取り込みに関与することが報告されている8).このように,既存の抗菌薬とは異なり,セフィデロコルはポーリンを介した受動拡散経路に加えて,シデロフォアとしての機能を模倣することによって,鉄取り込みに関わる能動輸送経路を利用して菌体内に取り込まれるため,カルバペネム耐性を引き起こす要因である外膜透過性の低下,及び薬剤排出ポンプの産生亢進を克服していると考えられる.二つ目の特徴は,セフィデロコルはβ-ラクタマーゼによる不活化を受けにくいという点である.セリン型β-ラクタマーゼであるKPC,OXA-48,OXA-23,OXA-24,OXA-58に加えて,メタロ型β-ラクタマーゼであるVIM,IMP,NDMなど多様なカルバペネマーゼに対して既存薬よりも高い安定性を持つことが,精製酵素を用いた解析により明らかにされている9,10)

図1セフィデロコルの化学構造的特徴
図2セフィデロコルによる抗菌薬耐性克服のための機序

セフィデロコルはシデロフォア類似構造を介して鉄イオンと錯体を形成し,鉄輸送系を介して細菌外膜を透過し,ペリプラズムに取り込まれる.本メカニズムにより能動的に取り込まれるため,薬剤排出ポンプの高産生による影響を受けにくい.また,各種β-ラクタマーゼに対して高い安定性を有している.

3.  非臨床試験におけるセフィデロコルの薬理学的特徴

1) カルバペネム耐性グラム陰性菌に対するin vitro抗菌活性

セフィデロコルの感受性評価には,既存他剤の感受性評価と異なり,鉄濃度を厳密に規定した鉄欠乏培地(iron-depleted cation-adjusted Mueller Hinton broth:ID-CAMHB)を用いた微量液体希釈法にてMIC(minimum inhibitory concentration)を測定することが,標準的な手法として推奨されている11).前述のように,セフィデロコルは細菌の鉄取り込み経路を利用して菌体に能動的に取り込まれるが,薬剤感受性測定に一般に用いられる培養培地においては,鉄濃度が調整されていないため,安定した感受性測定結果が得られないことが確認されている.

2014年から2019年にかけて欧米にて収集した臨床分離株約50,000株に対するin vitro感受性サーベイランス(SIDERO-WT研究)の結果を表1に示す12).本サーベイランスでは,腸内細菌目細菌,緑膿菌,アシネトバクター・バウマニ,ステノトロフォモナス・マルトフィリアなどを含むグラム陰性菌全般に対してMIC90(試験した株のうち90%以上の試験株に対して抗菌力を示すMIC値)として,1 ‍μg/mL以下の良好な抗菌活性を示した.さらに,カルバペネム耐性株に対してサブ解析を実施したところ,カルバペネム耐性株に対しても良好な抗菌活性を示した.また,セリン型β-ラクタマーゼ(KPC,OXA-48,OXA-23,OXA-24,OXA-58など)産生菌に加え,既存の抗菌薬の多くに耐性を示すことが知られるメタロ型β-ラクタマーゼ(VIM,IMP,NDMなど)産生菌においても強い抗菌力を発揮することが示された11).日本においては,欧米と異なりカルバペネム耐性腸内細菌目細菌(CRE)の多くは,メタロ型β-ラクタマーゼの一つIMPを産生することが報告されており,日本にて収集したIMP産生CRE株に対しても,セフィデロコルは他のβ-ラクタマーゼ産生菌と同程度の活性を有することを確認している13).一方で,セフィデロコルは,前述のように腸内細菌目細菌や緑膿菌などの好気性グラム陰性菌全般に対しては良好な抗菌活性を示すが,グラム陽性菌や嫌気性細菌に対する抗菌活性は弱いことが示されている8)

表1海外における感受性サーベイランスにおけるセフィデロコル感性率(SIDERO-WT試験,2014~2019年実施)

菌種 MIC90(μg/mL) 感性率(%)
CLSI基準 EUCAST基準
腸内細菌目細菌
 全菌株(n‍=‍31,896) 1 99.8 98.3
 メロペネム非感性株(n‍=‍1,021) 4 96.7 77.9
緑膿菌
 全菌株(n‍=‍7,700) 0.5 99.9 99.4
 メロペネム非感性株(n‍=‍1,759) 1 99.8 98.5
アシネトバクター属
 全菌株(n‍=‍5,225) 1 96.0 94.1
 メロペネム非感性株(n‍=‍2,810) 2 94.2 91.1
ステノトロホモナス・マルトフィリア
 全菌株(n‍=‍2,030) 0.25 98.6 99.6

2) 感染動物モデルにおけるin vivo抗菌活性,及びPK/PD解析

シデロフォア構造を持つβ-ラクタム系抗菌薬の開発は,セフィデロコルの創製前から盛んに行われており,シデロフォアモノバクタム系化合物としてMB-1やSMC-3176といった化合物が報告されていた.しかしながら,これら先行開発していた化合物は感染動物モデルにおいては十分なin vivo抗菌活性を発揮せず,in vitroとin vivo抗菌活性との相関に課題を抱えていた.そのため,セフィデロコルの創薬研究にあたり,in vivoでの効果検証,及び非臨床PK/PD解析に重点を置いた創薬研究を進めた14)

非臨床PK/PD解析には,好中球減少マウス感染モデルを使用して解析を行い,既存のβ-ラクタム系抗菌薬に共通して,血漿中の遊離セフィデロコル濃度が原因菌のMIC以上の濃度に保たれている時間(%fT‍>‍MIC)がin vivo抗菌活性と強く相関することを見いだした.さらに,種々のカルバペネマーゼ産生株を含むカルバペネム耐性株を用いて,同様のPK/PD解析を実施したところ,マウス感染モデルへの24時間のセフィデロコル投与によって殺菌的な効果を示すために必要とされる%fT‍>‍MICの平均値は,腸内細菌目細菌や緑膿菌において,約75%と算出された(図315).PK/PD解析の対象菌種を広げると,薬効発現に必要な%fT‍>‍MICは菌種または菌株によるばらつきを認めたため,全ての菌株に対して薬効が期待できる%fT‍>‍MIC目標値として100%と設定した.後述の臨床試験において得られた感染症患者における血中濃度推移に基づきMonte Carlo解析を行った結果,MICが4 ‍μg/mL以下の菌株による感染症に対しては,薬効発揮が期待できる割合(probability of target attainment:PTA)が90%以上であるとの結果が得られ,臨床において高い有効性が期待できることを示すものであった(図416).これら,非臨床PK/PD解析の結果,及び後述する臨床試験成績に基づいて,臨床現場において抗菌薬を選択する上で重要な指標である薬剤感受性ブレイクポイント(臨床において効果が期待できるMIC値)は,腸内細菌目細菌,緑膿菌,アシネトバクター属に対して4 ‍μg/mLとして,米国において抗菌薬の感受性試験の標準化を図る組織であるCLSI(Clinical & Laboratory Standard Institute)の承認を得ている.一方で,欧州の機関であるEUCAST(European Committee on Antimicrobial Susceptibility Testing)においては,腸内細菌目細菌と緑膿菌については臨床成績も加味して2 ‍μg/mLの感受性ブレイクポイントが設定されているが,アシネトバクター属とステノトロホモナス・マルトフィリアについては臨床成績が不十分ということから,PK/PDブレイクポイントとして2 ‍μg/mLが設定されている.このように設定された感受性ブレイクポイントに基づき,感受性サーベイランス試験株に対する感性率を算出した結果を表1に示すが,カルバペネム耐性の有無にかかわらず高い感性率を示しており,臨床におけるカルバペネム耐性株への有効性が期待されている.

図3各菌種の殺菌効果発揮に必要な%fT‍>‍MIC
図4菌種ごとのMIC分布とヒトPKデータに基づくPTA予測

4.  セフィデロコルの臨床試験成績

1) 薬物動態17)

セフィデロコル100 ‍mg,250 ‍mg,500 ‍mg,1 ‍g,2 ‍gをそれぞれ日本人健康成人6例に1時間かけて単回点滴静注した時,Cmax及びAUCは共に用量に比例した増加を認めた(図5).この日本人健康成人6例に2 ‍g単回投与した時の薬物動態パラメータと,日本人健康成人6例と外国人健康成人2例に2 ‍gを8時間毎に反復投与した時の薬物動態パラメータを表2に示す17,18).反復投与での各種薬物動態パラメータは単回投与時とおよそ同程度であり,蓄積性は認められなかった.また,日本人及び外国人健康成人に本薬1 ‍gを1時間かけて点滴静注した時のCmax及びAUCは類似していたこと,母集団薬物動態解析の結果として日本人及び外国人患者に本薬を1時間又は3時間かけて点滴静注した時の各種薬物動態パラメータの推定値の分布範囲は重複していたことから,日本人患者と外国人患者において本薬のPKに差異はないと考えられた.

図5日本人健康成人への単回投与時の平均血漿中濃度推移
表2セフィデロコル2 ‍gを1時間又は3時間単回点滴静注及び8時間ごとに1時間反復点滴静注したときの薬物動態パラメータ(測定法:LC/MS/MS)

投与量(g) 点滴時間(h) 例数 Cmax(μg/mL) AUC(μg・h/mL) T1/2(h)
単回投与
2 1 6※1 156(7.9) 389.7(9.0) 2.74(10.2)
2 3 43※2 89.7(20.5) 386.1(17.2) 2.41(14.0)
反復投与(10日目)
2 1 8※3 153(12.9) 366.5(14.0) 2.72(21.6)

(幾何平均値[%幾何変動係数])

※1:日本人データ,※2:外国人データ,※3:日本人6例,及び外国人6例.

注:承認された用法・用量は,「通常,成人には,セフィデロコルとして1回2 ‍gを8時間ごとに3時間かけて点滴静注する.なお,腎機能に応じて適宜増減する」である.

本薬は,腎排泄型の薬剤であり,90%以上が未変化体として尿中に排泄される.腎機能障害患者に本薬1 ‍gを1時間かけて点滴静注した時のCmaxは腎機能別の各群(軽度,中等度,高度腎機能障害患者,末期腎不全患者及び腎機能正常被験者)間で同程度であった19).投与時から無限大時間まで外挿した血漿中濃度-時間曲線下面積(AUC0-inf)については,軽度,中等度,高度腎機能障害患者及び末期腎不全患者(透析後投与)の本薬のAUC0-infの腎機能正常被験者に対する幾何最小二乗平均比(90%信頼区間)は,それぞれ1.0(0.8~1.3),1.5(1.2~1.9),2.5(2.0~3.3),及び4.1(3.3~5.2)であり,腎機能正常被験者に比べて中等度,高度腎機能障害患者,及び末期腎不全患者で大きかったことから,腎機能障害のある患者では,用法・用量を調節することが必要である.また,末期腎不全患者において,3~4時間の血液透析により,血漿中から62.3%が除去されたことから,間欠的血液透析を受けている患者では,血液透析実施日に血液透析実施後できるだけ速やかに投与することが推奨される.重篤な感染症の患者には,腎血流量の増加により腎排泄型薬物の消失が速くなる腎機能亢進患者がみられることがあるが,その場合にも,腎機能正常被験者と同程度の1日当たりのAUC推定値が得られるように用量を調節する必要がある(表3).

表3腎機能障害のある患者/腎クリアランスが亢進した患者に対する用量・用法

腎機能の程度
Ccr(mL/min)
1回投与量 投与間隔 投与時間
120≦Ccr 2 ‍g 6時間ごと 3時間
腎機能正常 2 ‍g 8時間ごと 3時間
60≦Ccr‍<‍90 2 ‍g 8時間ごと 3時間
30≦Ccr‍<‍60 1.5 ‍g 8時間ごと 3時間
15≦Ccr‍<‍30 1 ‍g 8時間ごと 3時間
Ccr‍<‍15 0.75 ‍g 12時間ごと 3時間
血液透析患者 0.75 ‍g 12時間ごと 3時間

Ccr:クレアチニンクリアランス.

※血液透析患者では,透析実施後できるだけ速やかに投与すること.

2) グラム陰性菌感染症に対する国際共同第Ⅲ相試験(CREDIBLE-CR試験)20,21)

日本において主たる評価試験となったCREDIBLE-CR試験は,カルバペネム耐性のグラム陰性菌感染症の患者を対象とした有効性と安全性の確認を目的とした試験である.通常,抗菌薬の臨床評価は1つの臓器別感染症に特化した非劣性検証試験にて行われる.しかし,カルバペネム耐性菌による感染症はしばしば難治性感染症として問題とはなるものの,発症例数としては極めて少ない.このため,本試験では,感染症を感染病巣のある臓器ではなく,その原因となる細菌で区分し,カルバペネム耐性グラム陰性菌感染症全般を対象として,主たる感染症である院内肺炎に加え,血流感染症/敗血症,複雑性尿路感染症の患者登録を行った.また,試験計画当時には,本薬のように1剤でカルバペネム耐性腸内細菌目細菌と緑膿菌やアシネトバクターに抗菌力を有する薬剤が存在せず,国によって承認されている薬剤が異なることから標準治療を統一することが難しかった.このため,各国で承認されていた薬剤のうち最大3剤の併用からなる最善の治療(best available therapy:BAT)を対照群として設定した.本試験は,多様な病態の個別症例の詳細を確認することに重きを置いた試験であったことから,仮説検証を行わない記述統計による評価を行う,多施設共同,無作為化,非盲検試験として実施された.割付前にカルバペネム耐性菌による感染症であることは,①迅速診断テストや選択的な発色培地により特定する,②経験的治療により臨床的・細菌学的に治療が失敗し,原因菌がカルバペネム耐性のグラム陰性菌であることが確認できている,③カルバペネムが適応を持たないステノトロホモナス・マルトフィリアによる感染症であることが判明している,④患者から単離したグラム陰性菌が現在の院内アンチバイオグラムでカルバペネム耐性率が90%を超えている,⑤感染症発症72時間以内の監視培養でカルバペネム耐性菌を保菌している,ことから確認した.しかし,原因菌特定までには通常24時間の分離培養と同定検査が必要になり,割付時までに原因菌を特定することを必須とはできないため,カルバペネム耐性菌の主流な菌種が似ている地域(北米,南米,欧州,及びアジア太平洋)を無作為化の割付因子に用いた.その他の割付因子には,感染部位が多岐に渡るため疾患ごとの重症度区分ではなく,患者状態区分で層別する目的で重症感染症を対象にした臨床試験で汎用されるAPACHE Ⅱスコア(15以下あるいは16以上)と,感染部位(院内肺炎,複雑性尿路感染症,血流感染症/敗血症)を用いた確率的最小化法により層別割付を行った.

試験では,割付前にカルバペネム耐性菌による感染症であることが確認された18歳以上の予後不良のリスクを複数持つ患者152例が16ヵ国95施設から登録された.無作為化された152例のうち,1回以上投与された150例(セフィデロコル群101例,BAT群49例)が安全性評価対象集団となった.セフィデロコル群では2 ‍gを3時間かけて8時間ごとに点滴静注で,BAT群では無作為化の前に治験責任医師によって事前に指定された最大3つの抗菌薬が7‍~14日間,必要に応じて最大21日間投与された.セフィデロコル群でも,ポリミキシン,セファロスポリン,カルバペネム以外の抗菌薬を補助抗菌薬として併用することを可能としたが,85%はセフィデロコル単剤での治療であった.一方で,BAT群では61%が複数の薬剤による併用治療が行われた.細菌学的検査においてカルバペネム耐性菌が原因菌として特定された118例(セフィデロコル群80例,BAT群38例)が主たる有効性解析対象集団とされた.頻度の高いカルバペネム耐性の原因菌は,アシネトバクター・バウマニ45.7%(54例),肺炎桿菌33.1%(39例),及び緑膿菌18.6%(22例)であった.

主要評価項目は,院内肺炎と血流感染症/敗血症では治療判定時の臨床効果を,複雑性尿路感染症では治療判定時の細菌学的効果とした.院内肺炎における臨床効果有効率は,セフィデロコル群で50.0%(20/40例,95%信頼区間33.8,66.2),BAT群で52.6%(10/19例,95%信頼区間28.9,75.6),血流感染症/敗血症における臨床効果有効率は,セフィデロコル群で43.5%(10/23例,95%信頼区間23.2,65.5),BAT群で42.9%(6/14例,95%信頼区間17.7,71.1),複雑性尿路感染症における細菌学的効果菌消失率はセフィデロコル群で52.9%(9/17例,95%信頼区間27.8,77.0),BAT群で20.0%(1/5例,95%信頼区間0.5,71.6)であった(図6).

図6治療判定時の臨床効果,及び細菌学的効果有効率(CREDIBLE-CR試験)

有害事象及び副作用は,セフィデロコル群で91.1%(92/101例)及び14.9%(15/101例),BAT群で95.9%(47/49例)及び22.4%(11/49例)に認められた.いずれかの投与群で3例以上に発現した副作用は,ALT増加〔セフィデロコル群3.0%(3例),BAT群0%〕,AST増加〔セフィデロコル群3.0%(3例),BAT群0%〕,急性腎不全〔セフィデロコル群0%,BAT群8.2%(4例)〕であった.一方で,死亡はセフィデロコル群で33.7%(34/101例),BAT群で18.4%(9/49例)に認められ(表4),BAT群の1例(代謝性アシドーシス,呼吸停止及び急性腎不全)ではコリスチンとホスホマイシンの併用投与との因果関係が否定されなかった.第三者判定委員会における評価では,本薬群の47.1%(16/34例)とBAT群の44.4%(4/9例)はグラム陰性菌感染症以外の原因により死亡したと判定された.

表4全死因死亡率(CREDIBLE-CR試験)

セフィデロコル群
%(n/N)
BAT群
%(n/N)
差(%) 95%信頼区間
Day 14 18.8(19/101) 12.2(6/49) 6.6 -​5.4,18.5
Day 28 24.8(25/101) 18.4(9/49) 6.4 -​7.3,20.3
Day 49 33.7(34/101) 20.4(10/49) 13.3 -​1.3,27.8

臨床効果と細菌学的効果に大きな違いがないにもかかわらず,両群の全死因死亡率に違いがみられた原因は明確にはなっていない.試験早期(3日目まで)と晩期(29日目から最終観察まで)の段階で,セフィデロコル群の全死因死亡率がBAT群よりも高い割合で認められたが,4日目から28日目の間では,両群で同様の割合で死亡が見られた.48~72時間以内に死亡が想定される重症の患者は,通常の臨床試験では臨床試験から除外されることが多いが,本試験では除外基準の制限を厳しく設定しなかったため,そのような患者も試験に登録された.このことから,無作為化時に存在した可能性のある急性増悪因子,および晩期死亡の原因となった可能性のある基礎疾患またはその後の感染症に関連する因子を慎重に評価を行い,事後解析においてロジスティックス回帰分析も実施したが,全死因死亡率の違いを説明できるベースライン変数は特定できなかった.

また,全死因死亡率の差は主にカルバペネム耐性アシネトバクター属を原因菌とする肺炎と血流感染症の患者での差であり,メタロ型β-ラクタマーゼ産生菌を含むカルバペネム耐性腸内細菌目細菌を原因菌とする感染症の患者では差を認めなかった.アシネトバクター属に感染した患者では,セフィデロコル群ではBAT群よりも無作為化前または無作為化時に31日以内にショックを起こした割合が高く〔それぞれ26.2%(11/42例)と5.9%(1/17例),また無作為化時にICUにいた割合も高かった〔それぞれ81.0%(34/42例)と47.1%(8/17例)〕.これらのことから,セフィデロコル群においてベースラインの死亡リスクが高かったことが示唆された.ベースライン敗血症性ショックが転帰に及ぼす影響は,傾向が一致したコホート研究で例証されている薬剤耐性菌感染症の患者9,000人のうち,重度の敗血症または敗血症性ショックの患者では,感染に起因する死亡率が9倍高いことが示されている22).また,事後解析にはなるが,米国FDA及び欧州EMAによる新薬承認審査過程にて,Miettinen-Nurminen法により全死因死亡率の差の95%信頼区間が計算されたが,BAT群との間に有意な差は認められなかった.

3) 複雑性尿路感染症に対する国際共同第Ⅱ相試験(APEKS-cUTI試験)23)

APEKS-cUTI試験は,カルバペネム耐性菌感染症への使用を想定した本薬の投与量(2 ‍g,8時間ごと)における安全性プロファイルの確立を目的に,複雑性尿路感染症(腎盂腎炎の有無は問わない)又は急性単純性腎盂腎炎の患者を対象に,多施設共同,無作為化,二重盲検,高用量イミペネム/シラスタチン(IPM/CS,1 ‍g,8時間ごと)の実薬対照の非劣性検証試験として実施された.本試験は,各国規制当局(FDA,EMA,PMDA)とのカルバペネム耐性によるグラム陰性菌感染症に対する有効性・安全性を確認する試験のデザインに関する議論に時間を要したため,前述のCREDIBLE-CR試験に先行して実施された.本試験では,若い女性に多く軽症であることが多い急性腎盂腎炎症例の登録を全症例の30%以下に制限し,免疫不全患者の登録も含めたため,それまでに報告されていた複雑性尿路感染症に対する臨床治験よりも参加者の年齢層が高く,合併症も多い試験となった.

試験開始当初の計画では,非劣性マージンを20%として目標症例数は2:1割付の計300例であった.しかし,試験開始後にFDAより,非劣性マージンを15%とし,安全性評価に必要な300例を確保して検証することで,本試験のみで複雑性尿路感染症の適応症で承認が可能であるとの提案があったことから,目標症例数は試験途中で2:1割付の計450例に変更された.試験には,15ヵ国67施設から452例が登録され,被検薬を1回以上投与された448例(セフィデロコル群300例,IPM/CS群148例)を安全性評価対象集団,ベースライン時に尿または血液の培養で尿路感染症の原因となったグラム陰性菌が検出された371例(セフィデロコル群252例,IPM/CS群119例)を有効性解析対象集団として解析された.

主要評価項目である治療判定時の臨床効果と細菌学的効果の複合エンドポイントの有効率は,セフィデロコル群で72.6%(183/252例),IPM/CS群で54.6%(65/119例),有効率の調整済み群間差は18.6%(95%信頼区間8.2,28.9)であり,95%信頼区間の下限値が事前に設定された非劣性マージンである-​15%を上回ったことから,IPM/CSに対するセフィデロコルの非劣性が示された(図7).さらに,群間差の95%信頼区間の下限は0を上回ったことから,セフィデロコルのIPM/CSに対する優越性を示唆する結果が得られた.

図7治療判定時の複合エンドポイント評価(APEKS-cUTI試験)

有害事象及び副作用は,本薬群で40.7%(122/300例)及び9.0%(27/300例),IPM/CS群で51.4%(76/148例)及び11.5%(17/148例)に認められた.いずれかの投与群で3例以上に発現した副作用は,下痢〔本薬群1.3%(4例),IPM/CS群2.0%(2例)〕,γ-GTP増加〔本薬群1.3%(4例),IPM/CS群0.7%(1例)〕,悪心〔本薬群1.0%(3例),IPM/CS群0.7%(1例)〕,クロストリジウム・ディフィシレ大腸炎〔本薬群0.3%(1例),IPM/CS群2.7%(4例)〕,頭痛〔本薬群0%,IPM/CS群2.0%(3例)〕であった.死亡は本薬群0.3%(1/300例,心肺停止)に認められたが,本薬との因果関係は否定された.

4) 院内肺炎に対する国際共同第Ⅲ相試験(APEKS-NP試験)24)

米国ではグラム陰性菌感染症という適応症を取得することができなかったため,もう一つの非劣性検証試験として,APEKS-NP試験はグラム陰性菌による院内肺炎患者を対象に,多施設共同,無作為化,二重盲検,実薬対照試験として実施された.セフィデロコル(2 ‍g,3時間点滴,8時間ごと)に対し,高用量メロペネム(MEPM,2 ‍g,3時間点滴,8時間ごと)を対照群とした.また,セフィデロコルがグラム陽性菌に対して活性を有さないこと,両群におけるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌への活性を考慮する必要があることから,両群でリネゾリド600 ‍mgも12時間ごとに5日間以上併用された.

試験では,17ヵ国76施設から,人工呼吸器関連肺炎及び医療ケア関連肺炎を含む院内肺炎患者300例が登録された,被検薬が1回以上投与された298例(セフィデロコル群148例,MEPM群150例)を安全性評価対象集団として,グラム陰性菌感染が確認された292例(セフィデロコル群145例,MEPM群147例)を主たる有効性解析対象集団として解析された.ベースラインの患者背景として,APACHE Ⅱスコア16以上の患者が48.6%,人工呼吸器装着患者が59.9%,無作為割付時のICU入室患者が68.1%であり,重症感染症患者を対象に試験は実施された.また,投与開始時にグラム陰性菌が原因菌として確認された症例は251例で,主なものは肺炎桿菌が31.5%,緑膿菌が16.4%,アシネトバクター・バウマニが16.1%,大腸菌が14.1%であった.

主要評価項目である14日目の全死因死亡率は,本薬群で12.4%(18/145例),MEPM群で11.6%(17/146例,患者都合により1例脱落となり評価時点で生存状況を確認できなかった),調整済み群間差は0.8%(95%信頼区間-​6.6,8.2)であり,群間差の95%信頼区間の上限が事前に設定した非劣性マージンである12.5%を超えなかったことから.本薬のMEPMに対する非劣性が示された(表5).

表5全死因死亡率(APEKS-NP試験)

セフィデロコル群
%(n/N)
メロペネム群
%(n/N)
差(%) 95%信頼区間
Day 14 12.4(18/145) 11.6(17/146) 0.8 -​6.6,8.2
Day 28 21.0(30/145) 20.5(30/146) 0.5 -​8.7,9.8
Day 49 27.5(39/145) 25.3(37/146) 2.2 -​7.8,12.3

有害事象及び副作用は,セフィデロコル群で87.8%(130/148例)及び9.5%(14/148例),MEPM群で86.0%(129/150例)及び11.3%(17/150例)に認められた.いずれかの投与群で3例以上に発現した副作用は,下痢〔本薬群2.0%(3例),MEPM群3.3%(5例)〕であった.

5.  おわりに

カルバぺネム耐性グラム陰性菌による感染症対策は,国際的な公衆衛生における喫緊の課題と捉えられる中,細菌の主要な耐性メカニズムを克服しうる新規シデロフォアセファロスポリン系抗菌薬であるセフィデロコルに期待される役割は大きい.一方で,本薬の使用が必要ではない患者への使用は,新たな耐性菌の出現を促進する可能性があり,日本では適応菌種に「カルバペネム系抗菌薬に耐性を示す菌株に限る」と明記され,欧米でもガイドライン等によりその使用は真に必要とする患者に限定されている.セフィデロコルが将来の長きにわたり,カルバペネム耐性グラム陰性菌の脅威に対抗する手段であり続けられるよう,医療現場における適正使用の順守が求められる.

利益相反

山野 佳則,森田 一平,有安 まり(塩野義製薬株式会社).

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