心筋細胞は拍動のたびに力学的ストレスに曝されながらも,秩序だった内部構造を維持しつつ柔軟に環境へ適応する「しなやかさ」を備えている.哺乳類では成体心筋細胞がほとんど分裂しないため,構造・機能の可塑性を通じた細胞単位での恒常性維持が極めて重要である.本総説では,このような「しなやかさ」を体現する構造として,T管膜(横行小管膜)に焦点を当てる.T管膜は,形質膜が細胞内に深く陥入して形成される構造であり,従来は興奮収縮連関を支えるCa2+シグナル伝達の場として知られてきた.しかし近年,T管膜は単なる静的構造物ではなく,拍動に伴って受動的に変形し,さらには力学負荷に応じて能動的に再編成される応答性を備えており,構造的にも「しなやかさ」を体現する存在であることが示されている.また,T管膜は細胞内深部に特異な膜微小環境を形成し,Ca2+シグナルの時空間制御や外部刺激への応答を担っており,こうした構造的・機能的な柔軟性が心筋細胞の恒常性維持に寄与していると考えられる.注目すべきことに,T管膜の構造異常は心不全の発症に先行して出現することが多く,病態進行の初期過程に関与している可能性がある.したがって,T管膜の構造と機能の連関を理解することは,心筋細胞の適応戦略を解き明かし,病態機序の本質に迫るうえで重要である.本稿では,T管膜の構造的特徴とその力学的・機能的応答性,さらには病態との関連について概説し,「しなやかさ」の観点から心筋細胞の恒常性維持メカニズムを再考することを目指す.