一生にわたって拍動を続ける心臓は,血行動態負荷(力学的ストレス)の変化に対して,形や機能を再構築(リモデリング)させながら血液ポンプを維持する.このような,ストレスに対する適応的応答は,心臓の『しなやかさ(Resilience)』に依存することとなる.しかしながら,心臓の『しなやかさ(Resilience)』を支える分子機構の詳細や,獲得機構については不明なままである.本総説では,心筋細胞の力学的ストレスセンサー候補分子であるTRPV2について,薬物誘導型のTRPV2欠損マウスを用いた心臓の成長・成熟および成体の心臓での役割を解説する.心臓の成長・成熟は,TRPV2シグナルを介した転写因子SRFやMEF2cの活性化により支えられていることが明らかになってきた.また,TRPV2は,介在板構造や機能の維持に必須の分子であり,成長・成熟期においては介在板の形成を仲介する重要な因子として機能する.これらの研究成果から,個々の心筋細胞の収縮機能の増大と,細胞同士の構造的・機能的連絡の成熟が,力学的ストレスとしてフィードバックされ,心臓が血行動態に対する『しなやかさ(Resilience)』を育むことが示唆された.また,幼少期からTRPV2を欠損する心臓は,フェニレフリンの長期投与によって生じる血行動態負荷に対して,適応的応答ができずに心不全を発症した.TRPV2が,血行動態負荷に対するresilienceを育むと言える.一方,大動脈結紮による左室への圧負荷に対しては,これらのTRPV2欠損心臓は,構造的・機能的な変化を示さなかった.これらのことは,成体マウス心臓において,TRPV2が血行動態負荷に対するメカノトランスダクションのkey分子として働いていることを示唆する.本領域の進展により根本的な治療が心移植しかない心不全病態を治療するストラテジーの選択肢が増えることが期待される.