過度なストレスはうつ病などの精神疾患の発症リスクを高めることが指摘されている.うつ病は,症状,経過のパターン,治療への反応性が多様かつ異質な症候群であるとされている.しかし,慢性ストレスがどのようにして個体の症状・行動変容の違いを生み出すのか,そのメカニズムはいまだ十分に解明されていない.また,モデル動物を用いた基礎研究において,症状や行動変容パターンに基づいたサブタイプ分類(層別化)とそのサブタイプの基盤を明らかにする神経生物学的的アプローチはこれまで行われてこなかった.そこで我々は,動物モデルにおけるストレス誘発性の行動変容パターンの個体差創発メカニズムを,神経回路・細胞・分子の多階層解析によって明らかにすることを試みた.具体的には,社会性敗北ストレスを負荷したマウスを,社会性低下とアンヘドニア(快楽消失)といった精神疾患の中核的症状に位置付けられている行動変容に基づいて,4つのサブタイプに分類した(社会性低下のみ,アンヘドニアのみ,社会性低下とアンヘドニアのみ,レジリエンス).その結果,内側前頭前野を起点とする3つの神経投射経路が,これらサブタイプの行動変容パターンを規定する上で重要な役割を果たしていることが明らかとなった.特に,内側前頭前野から前視床室傍核への経路は,社会的障害と快楽消失の両方を示すサブタイプに影響を及ぼすことが示唆された.さらに,この特定の行動表現型の基盤となる回路レベルでの分子メカニズムとして,前視床室傍核へ投射する内側前頭前野ニューロンにおけるヒストン脱アセチル化酵素KDM5Cの活性化が標的遺伝子の転写をエピジェネティックに抑制することに起因していることを見出した.以上の結果から,ストレスによって引き起こされる行動の個体差における神経回路・細胞・分子・エピジェネティクスの多階層メカニズムの一端を明らかにした.