記憶想起は,学習時に活動した細胞集団(エングラム)の再活性化による静的な読み出しではなく,その時々の内的・外的要因に応じて「エングラムへのアクセス性」が変動する動的プロセスと考えられる.近年の研究により,想起の変動は,関連度の高い記憶への選択的アクセスを可能にする適応的機構である可能性が示されてきた.本稿では,文脈,ストレス,身体・脳状態といった多様な要因が,エングラムの状態遷移とネットワークレベルの制御を介して想起をどのように調節するかを概説する.学習時と想起時の環境や気分の一致はエングラムの再活性化を高めて想起を促進する一方,社会的ストレスはエングラムをサイレントエングラムへ一時的に移行させて想起を阻害する.覚醒度低下は前頭前皮質による不要な表象の抑制を弱め,代謝ホルモンはシナプス可塑性を介してエングラム再活性化の効率を変動させる.さらに超低周波脳活動やデフォルトモードネットワークの不適切な活動は,課題関連ネットワークへの切り替え不全を通じて記憶のアクセス性を低下させる.これらの動的調節機構の破綻は,心的外傷後ストレス障害におけるトラウマ記憶のフラッシュバック,うつ病におけるネガティブ記憶バイアス,レビー小体型認知症における認知的変動など,精神・神経疾患の中核症状と関連すると考えられる.本稿で紹介する知見は,想起の変動性に基づく病態の理解とともに,エングラムへのアクセス性を標的とする新たな治療戦略の基盤となると期待される.