2026 年 161 巻 4 号 p. 264-269
マウスやラットを用いた研究は,社会行動の基礎的メカニズムの解明に貢献してきた.具体的には,社会的認識(個体識別)において背側海馬CA2野や腹側海馬CA1野から側坐核への投射が,また養育行動においては視床下部内側視索前野を中心とした神経回路が必要十分な役割を果たすことが特定された.しかし,多夫多妻制であるこれらの動物は,特定の異性に対して持続的かつ選択的な選好性を示す「ペアボンド(つがいの絆)」の研究には不向きであった.この課題に対し,本総説では一夫一妻制のプレーリーハタネズミを用いた研究成果に焦点を当てる.ペアボンドの形成には,バソプレシン,オキシトシン,ドパミンといった神経修飾物質が,側坐核や腹側淡蒼球といった報酬系領域において協調的に作用し,パートナーの感覚情報と報酬価値を連合させることが不可欠である.さらに近年の研究により,内側前頭前皮質や側坐核における特定の神経活動が,ペアボンド形成を動的に制御していることが明らかとなった.また,腹側海馬CA1野からもパートナー特異的な神経活動が発見されている.社会性の生物学的原理を包括的に理解するためには,マウスやラットの研究で解明された個体識別のメカニズムと,プレーリーハタネズミの研究で示されてきた特定の他者への価値付けのメカニズムを統合する必要がある.脳がいかにして無数の他者の中から特定の個体を識別し,特別な存在として記憶に刻むのかを解明することが,社会性の神経生物学における今後の課題である.