2026 年 161 巻 4 号 p. 270-274
社会性をもつ動物の一部は,親密な個体とそうでない個体を識別し,それに応じて行動を変化させる能力を進化させてきた.この社会認知の異常はヒトの自閉スペクトラム症などと関連すると考えられ,分子基盤の理解が進められている.中でもオキシトシンは社会性行動の調節因子として注目されているが,その作用は単純ではなく,種や性別によって異なる可能性がある.本研究では,視覚を用いて個体識別を行うメダカを対象に,オキシトシンが親密度に依存した配偶者選択をどのように制御するかを解析した.まず,オキシトシン変異体メダカのメスでは,野生型が見知ったオスを優先的に受け入れるのに対し,初対面個体もすぐに受け入れ,親密度依存の選好性が消失していた.一方オスでは逆の効果が見られ,変異体オスは初対面のメスへの求愛が少ないものの,同居による親密化とともに求愛頻度が上昇した.また三者関係実験では,変異体オスは見知ったメスに対して強い配偶者防衛行動を示し,選好性がむしろ過度に高まる傾向が確認された.これらの結果は,オキシトシン欠損がメスでは選好性の喪失,オスでは選好性の強化という対照的な性差を生むことを示している.また,全脳トランスクリプトーム解析では,オス・メス共通して補体系C1q遺伝子群の発現が低下しており,神経発達過程の異常が示唆された.さらに,GABA代謝関連遺伝子などがメスでのみ変動しており,性特異的な分子経路の存在が明らかとなった.一方,筆者らが開発したUPA-seq法は,RNAとタンパク質の結合性を網羅的に評価し,機能未知遺伝子を新たな視点からキャラクタライズできる.したがって今後UPA-seq解析を導入することで,本研究で明らかとなった分子経路の下流に存在する機能未知遺伝子を効率的に抽出し,オキシトシンが配偶者選択を制御する新たな分子機構の解明につながると期待される.