2026 年 161 巻 5 号 p. 356-362
従来の医薬品開発では,前臨床試験において動物実験が広く行われてきたが,ヒトと動物の種差により臨床試験での予測性が低いことが大きな課題となっている.FDAの推定によれば,動物実験で有効とされた薬剤の約92%が市場に出るに至っておらず,開発コストの高騰(1剤あたり数億~数十億ドル)や期間の長期化を招いている.こうした中,米国FDA近代化法2.0の成立など,動物実験に代わる新たな評価手法(New Approach Methodologies:NAMs)への転換が世界的な潮流となっている.本稿として,ヒトiPS細胞(Induced pluripotent stem cells)由来心筋細胞,線維芽細胞,血管内皮細胞をマイクロ流体デバイス内で共培養した「ヒトHeart-on-a-chip」の開発が挙げられる.このシステムは,独自の流路設計により生体に近い3次元組織構造と流体環境を再現しており,ニフェジピンなどの薬剤に対する心筋収縮応答や,致死的な副作用であるQT延長の検出において,従来の培養法よりも優れた生理学的再現性を示した.心臓に加え,腎臓チップによる虚血再灌流障害モデルの構築,肺チップによる肺線維症モデルの構築,血液脳関門(BBB)チップによるバリア機能評価,さらにはがんチップを用いたがん細胞と免疫細胞の相互作用解析など,多様な臓器・疾患モデルへの応用が進んでいる.これらの技術は,ヒトの生理機能や病態をin vitroで高精度に再現することを可能にする.これにより,創薬スクリーニングの効率化,経済的損失の低減,そして動物実験の廃止に向けたパラダイムシフトが加速すると結論づけられる.