日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
慢性骨髄性白血病治療薬ダサチニブにより誘発された出血性大腸炎の1例
宮澤 正樹 清島 淳中井 亮太郎小村 卓也丸川 洋平加賀谷 尚史太田 肇鵜浦 雅志
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2016 年 58 巻 10 号 p. 2176-2181

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要旨

74歳男性.慢性骨髄性白血病に対してダサチニブを内服中.血便を契機に施行した大腸内視鏡検査にて横行結腸から直腸にかけて多発し,滲出物の付着と出血を伴うアフタ様びらんを認めた.病理組織学的には表面に炎症性滲出物の付着する陰窩炎であった.感染症を念頭に置いて抗菌薬の投与を行ったが改善せず,ダサチニブによる出血性大腸炎を疑い投与を中止したところ,血便の消失と内視鏡所見の改善を認めた.第2世代チロシンキナーゼ阻害薬であるダサチニブによる消化管出血の報告は散見されるが,ダサチニブ中止前後の内視鏡所見の変化を観察し得た症例は貴重であると考えられた.

Ⅰ 緒  言

第2世代チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)であるダサチニブは,慢性骨髄性白血病(CML)に対する比較的新しい治療薬であるが,その治療効果の反面,下部消化管をはじめとした出血を伴う合併症の報告が散見される.

今回,特徴的な内視鏡所見を呈し,原因薬剤と考えられたダサチニブの中止により臨床的および内視鏡的に改善を認めた,比較的まれな出血性大腸炎の1例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.

Ⅱ 症  例

患者:74歳,男性.

主訴:血便.

既往歴:67歳時;急性心筋梗塞.

内服薬:アスピリン,クロピドグレル,エソメプラゾール,フロセミド,トリクロルメチアジド,エプレレノン,ニコランジル,ダサチニブ(約2カ月前から100mg/日内服中).

現病歴:陳旧性心筋梗塞,慢性心不全,CMLで当院通院中.数日間続く血便を主訴に2014年12月に当科初診となった.腹痛,悪心・嘔吐は認めず,直近の生肉,生魚介類,生卵の摂取歴はなかった.

初診時現症:身長145.0cm,体重65.0kg,BMI:30kg/m2.体温36.2℃,血圧124/54mmHg,脈拍78回/分・整.結膜に貧血,黄染を認めず.腹部は平坦・軟,圧痛なし.

臨床検査所見:WBC 6,500/mm3,Hb 12.0g/dL,CRP 1.38mg/dL,Plt 21.3万/mm3,PT活性110%,APTT 33.7s,血清フィブリノーゲン値304mg/dL.

S状結腸内視鏡検査(2014年12月):S状結腸から直腸にかけて,淡黄色調の滲出物の付着を伴うアフタ様びらんが多発しており,紅暈と出血を伴っていた.介在粘膜に異常は認めなかった(Figure 1).

Figure 1 

S状結腸内視鏡検査(2014年12月).

(S状結腸)淡黄色調の滲出物の付着を伴うアフタ様びらんが多発しており,紅暈と出血を伴っていた.介在粘膜に異常は認めなかった.

上部消化管内視鏡検査:胃前庭部に粘膜の萎縮を認めた.びらんや潰瘍は認めなかった.

初診後経過:症状が比較的軽度であったため経過観察としたが,その後も血便のみが持続し,約1カ月間で頻度も増加傾向であったため,2015年1月に入院となった.

大腸内視鏡検査(2015年1月):回腸末端まで観察.横行結腸から直腸にかけて,滲出物の付着した小びらんが多発しており,前回のS状結腸で認めたもの類似する所見であった.S状結腸では病変が増加しており,大きさも増大し一部癒合傾向を認めた.前回よりも高度の出血を認めた(Figure 2).

Figure 2 

大腸内視鏡検査(2015年1月).

(a:横行結腸 b:下行結腸)深部結腸にも淡黄色調の滲出物の付着を伴うアフタ様びらんを認めた.

(c,d:S状結腸)滲出物の付着したアフタ様びらんが増加しており,大きさも増大し一部癒合傾向であった.前回よりも高度の出血を認めた.

病理組織検査(S状結腸粘膜):粘膜固有層にリンパ球や好中球などの炎症細胞浸潤を認め,陰窩炎を伴っていた.腺管の過形成性変化や炎症性肉芽組織は認めなかった.表面には好中球浸潤を伴ったフィブリンや壊死物が付着していた(Figure 3).組織内に封入体は認めず,サイトメガロウイルス免疫染色でも陽性細胞は認めなかった.

Figure 3 

病理組織検査(S状結腸粘膜).

粘膜固有層にリンパ球や好中球などの炎症細胞浸潤を認め,陰窩炎を伴っていた.腺管の過形成性変化や炎症性肉芽組織は認めなかった.表面には好中球浸潤を伴ったフィブリンや壊死物が付着していた.

感染症関連検査:便中Clostridium difficleCD)トキシン陰性,血清赤痢アメーバ抗体陰性.便培養および結腸粘膜組織培養からはCDは検出されなかった.糞便および組織の鏡検では赤痢アメーバ虫体や嚢子は検出されなかった.

腹部骨盤造影CT検査:結腸壁の肥厚や浮腫像は認めなかった.

入院後経過(Figure 4):入院後,アスピリンとクロピドグレルの内服を中止したが,血便は持続した.内視鏡所見から,アメーバ性大腸炎またはキャップポリポーシスの可能性を考慮した.両者の治療的診断の目的で,入院第14病日よりメトロニダゾール1,500mg/日を2週間投与したが,効果は乏しかった.続いて,びらんに付着した滲出物が偽膜である可能性を考慮し,偽膜性大腸炎として第28病日より塩酸バンコマイシン2g/日を2週間投与したが,血便は軽快しなかった.入院中,貧血の進行による心不全の増悪に対して赤血球輸血4単位を2回施行した.ダサチニブ投与開始後に血便を認めたことおよび同薬剤に消化管出血の有害事象の報告があることから,ダサチニブが出血性大腸炎の原因であると考えた.CMLはダサチニブにより活動性がコントロール下にあったことを考慮し,第54病日よりダサチニブの投与を中止した.中止翌日には血便は消失し,第61病日の内視鏡所見は著明に改善していた(Figure 5).CMLに対してはダサチニブ中止後,出血の有害事象の少ない第2世代TKIであるニロチニブ300mg/日の投与を開始した.現在ダサチニブ中止後約10カ月経過し,血便は再燃していない.

Figure 4 

臨床経過.

初診時から約1カ月間で血便および内視鏡所見ともに増悪していた.メトロニダゾールおよび塩酸バンコマイシンを投与するも改善せず,貧血の進行を認めた.ダサチニブの投与を中止したところ,翌日には血便は消失し,以後再燃は認めていない.

Figure 5 

S状結腸内視鏡検査(ダサチニブ中止7日後).

(S状結腸)滲出物の付着するアフタ様びらんはほぼ消失し,わずかな瘢痕を認めるのみであった.

Ⅲ 考  察

ダサチニブ(スプリセルTM)は2009年3月に発売が開始された第2世代TKIである.イマチニブよりも強く多彩なキナーゼ阻害活性を持ち,イマチニブ抵抗性の変異にも有効であることなどから,イマチニブ抵抗性のCMLやフィラデルフィア染色体陽性急性リンパ節白血病に対しても有効性を示している 1)

注意すべき有害事象として骨髄抑制,胸水等の体液貯留,皮疹などがあるが,ダサチニブ使用症例が増えるにつれて,出血との関連が報告されてきた.Quintás-Cardamaらは,ダサチニブを投与したCML138例のうち,23%の患者に何らかの出血の有害事象を認め,6.5%はGrade 3(輸血や止血を要する)の出血であったと報告している 2).出血部位では,下部消化管出血が59.5%と半数以上を占めていた.出血はダサチニブ投与開始後数週から3カ月に多く,出血を起こしやすい症例は,140mg/日 以上の投与例,1日2回の分割投与例,移行期や急性転化期といった活動性のある症例,血小板数が少ない症例であったと報告している.一方で,自験例のようにCML慢性期で活動性がコントロールされており,血小板数も保たれ,ダサチニブ100mg/日の1回投与の症例でありながら,輸血を要する出血が起こりうるということに留意すべきである.

ダサチニブにより出血が起こる成因は不明であるが,一次止血の障害である可能性が考えられている.In vitroではダサチニブがコラーゲンに関連した血小板の凝集を抑制することがわかっており 3)In vivoではダサチニブを投与したラットの出血時間の延長を認めている 4).イマチニブやニロチニブなど他のTKIでは上記の現象は認めておらず,出血の有害事象の頻度は低い.Quintás-Cardamaらの報告では,出血をきたした症例のPT,APTT,血清フィブリノーゲン値は,急性転化期でDICをきたした1例を除いた全例で正常範囲内であった 2).自験例も凝固能に異常は認めず,ダサチニブによる一次止血の障害が出血の原因であることを支持している.同報告では,CML慢性期に下部消化管出血をきたした2例でアスピリンまたはクロピドグレルが投与されており,自験例でもその2剤が投与されていた.これらの抗血小板薬はともに血小板凝集を抑制する作用を持つが,前述のダサチニブとは異なる機序で作用するため,さらに出血を助長した可能性があると考えられる.また,ダサチニブは一次止血の障害に加えて,血小板由来成長因子受容体キナーゼ活性の阻害を介した血管新生阻害作用も有しており 5),粘膜の虚血から炎症を引き起こすことも考えられる.ダサチニブの主な排泄経路は糞便中であるが,このことが消化管に出血が多い理由とも考えられている 3),4)

ダサチニブによる下部消化管出血症例の内視鏡所見を述べた報告は,PubMedおよび医学中央雑誌で,ダサチニブの発売が開始となった2009年から2015年12月までの期間で検索したところ,自験例を含むと11報24例であった 2),6)~14).複数の症例をまとめたQuintás-Cardamaらの報告では,内視鏡検査を施行した下部消化管出血14例のうち,2例に重度の結腸炎,2例に紅斑,2例に直腸潰瘍,1例に横行結腸のDieulafoy潰瘍を認めたが,7例は正常内視鏡像であった 2).他の報告では,全大腸にわたり滲出物や粘膜うっ血を伴う数mm大のびらん,潰瘍を認めた症例が多く 9)~11),自験例とも類似していた.病理組織では,陰窩炎や上皮のアポトーシスといった非特異的な炎症性変化がみられたという報告が多く 2),9)~12),自験例と類似した所見であると考えられた.自験例の他にダサチニブの中止または減量による内視鏡所見の改善を観察した報告は,Erkutら 11),Patodiら 12)の報告以外には認めなかった.

自験例では,内視鏡所見から当初アメーバ性大腸炎やキャップポリポーシス,偽膜性大腸炎などを疑ったため,ダサチニブによる出血性大腸炎との診断に至るまで時間を要した.鑑別診断として,アメーバ性大腸炎は,血清および病理学的にアメーバの存在が証明されず,メトロニダゾールが無効であることからも否定的であった.キャップポリポーシスに関しては,自験例では病変の形態および分布が非典型的であり,病理学的に特徴的な腺管の過形成性変化および頂部の炎症性肉芽組織を認めなかった.偽膜性大腸炎とも内視鏡的には鑑別を要したが,自験例では発熱や下痢などの症状に乏しかったこと,病原体や毒素が検出されなかったこと,抗菌薬による改善を認めなかったことから否定的であった.また,自験例は低容量アスピリンを内服中であったため,アスピリンによる大腸粘膜傷害の可能性も考慮したが,内視鏡所見は典型的な地図状や輪状の潰瘍ではなく,アスピリンの中止により改善は認めなかった.

ダサチニブは比較的新しい分子標的薬であり,有害事象としての出血性大腸炎はいまだにその本態に不明な点が多い.今回,ダサチニブの中止前後の内視鏡所見を観察し得たことは貴重であると考えられる.今後新たな分子標的薬の開発と臨床現場での使用が増加すると予想され,自験例と同様の内視鏡および病理所見を呈する出血性大腸炎が増加する可能性があるため,それらの症例を集積したさらなる検討が必要である.

Ⅳ 結  語

原因と考えられたダサチニブの中止により臨床的および内視鏡的に改善を認めたまれな出血性大腸炎の1例を経験した.今後の症例の蓄積とさらなる検討が必要と考えられたため報告した.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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