2017 年 59 巻 10 号 p. 2514-2520
症例は70歳代の女性.間質性肺炎で通院加療中に炎症反応亢進を認めたため施行したPET/CTで上行結腸と左腎に集積を認めた.大腸内視鏡検査で,盲腸から上行結腸に直径5-7mm大の黄白色調の扁平隆起性病変の集簇を認めた.また上行結腸に10mm大のⅠsp様の隆起性病変を認めた.生検病理組織学的所見で腎・大腸いずれも,細胞質に顆粒状から類円形のPAS染色陽性像を認め,M-G小体(Michaelis-Gutmann body)と考えマラコプラキアと診断した.マラコプラキアは稀な慢性炎症性疾患で,病理学的に大型のマクロファージの集簇と,その細胞内にカルシウムや鉄の沈着を伴った層状同心円構造を有する封入体(M-G小体)を認めることを特徴とする.膀胱等の尿路系が好発部位であり消化管における報告例は少ない.今回われわれは,腎及び大腸に発生したマラコプラキアの1例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.
マラコプラキアは稀な慢性炎症性疾患で,病理学的に大型のマクロファージの集簇と,その細胞内にカルシウムや鉄の沈着を伴った層状同心円構造を有する封入体(Michaelis-Gutmann bodies)を認めることを特徴とする 1).膀胱等の尿路系が好発部位であり,消化管での報告は次に多いとされる.消化管に発生するマラコプラキアは,悪性腫瘍,及び免疫不全等の基礎疾患を有するものが多く因果関係が示唆される 2).今回われわれは,腎及び大腸に発生したマラコプラキアの一例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.
患者:70歳代,女性.
主訴:不明熱精査.
既往歴:幼少時,及び1998年腸結核で加療.
2011年 慢性関節リウマチ.
2012年 間質性肺炎,皮膚筋炎.
2013年 帯状疱疹.
現病歴:皮膚筋炎,間質性肺炎で当院に通院しておりステロイド減量中であった201X年外来受診で無症候性のCRP上昇を認めた.悪性疾患除外目的にPET検査を施行したところ,左腎と上行結腸に異常集積を認めたため精査目的に入院となった.
入院時現症:意識清明,体温35.9℃,血圧146/96mmHg,脈拍76回/min,SpO2:97%(room air),眼瞼結膜貧血あり,眼球結膜黄染なし,満月様顔貌あり,四肢筋力低下あり,筋把握痛あり,右股関節周囲の圧痛あり.
入院時検査成績(Table 1):血液一般検査 WBC 5,700/μl,RBC 326/μl,Hb 9.6g/dl,Ht 30.3%,PLT 24.7万/μl.血液像 Neutro 50%.臨床検査成績 TP 6.3g/dl,Alb 3.5g/dl,AST 28IU/l,ALT 18IU/l,LDH 367IU/l,BUN 23.4mg/dl,Cre 1.23mg/dl,Na 140mmol/l,K 3.8mmol/l,Cl 104mmol/l,CRP 0.62mg/dl,HbA1c 6.3%,血糖 117mg/dl.尿検査 pH 7.0,蛋白(+),糖(-),沈渣 RBC 1.1/HPF,WBC 56.3/HPF.
臨床検査成績では軽度の貧血,LDHの上昇を認めた.各種腫瘍マーカーは陰性で,尿検査より膿尿の所見,尿培養よりEscherichia coliを検出した.
画像所見:腹部CTでは左腎中部に周囲腎臓実質より低吸収の腫瘤像を認め内部濃度は不整であった.腫瘤は造影効果があり僅かに腎外側に突出していた.
FDG-PETでは左腎に限局性の集積(SUVmax=11.04)を認め,腎細胞癌が疑われた.上行結腸の肝彎曲部に点状の異常集積(SUVmax=5.42)を認めた(Figure 1).
PET/CTで左腎中部に高集積SUVmax11.04を認める他,上行結腸に点状の集積(SUVmax:5.42)を認めた.その他に異常集積は認めなかった.
下部内視鏡検査では,盲腸部から上行結腸に直径5-7mm大の黄白色調の扁平隆起性病変の集簇を認めた,近接観察では隆起部には正常pit構造は観察されなかった.また上行結腸の憩室のすぐ横に10mm大のⅠsp様の隆起性病変を認めた,隆起基部に引き伸ばされた正常pit構造が観察されたが隆起頂部に正常pit構造は観察されなかった(Figure 2-a~f).悪性リンパ腫・悪性腫瘍を疑い各部位より生検を施行したが病理学的検査,表面抗原解析および染色体異常検査で悪性所見は認められなかった.病理組織所見は,CD68陽性のマクロファージ様細胞が間質に多数みられ,細胞質は泡沫状で赤血球を貪食している像であった.
a:回盲弁は腸結核後のためか破壊されている.盲腸に数ミリ大の黄白色調の扁平隆起性病変の集簇を認めた.
b:インジゴカルミン撒布で隆起はより明瞭に観察され,一部癒合傾向を認めた.
c:盲腸病変の近接像.半球状~不整形の小隆起を認める.
d:インジゴカルミン散布での近接像では隆起部の辺縁には正常pitが観察され隆起の頂部では正常pit構造が不明瞭となり,不整のない血管の拡張が目立つ.
e:上行結腸65cmの憩室のすぐ横に10mm大の隆起性病変を認めた.
f:インジゴカルミン散布で隆起の頂部に陥凹あり,基部に引き延ばされた1型のpit構造認めるが,隆起部にpitは観察されなかった.
入院後経過:高度免疫不全の患者背景より上行結腸・盲腸病変は悪性リンパ腫,悪性腫瘍,腸結核を鑑別に挙げたが,病理学的検索からは原因の特定には至らなかった.腎臓の腫瘤に関しては,悪性リンパ腫・腎細胞癌・限局性腎盂腎炎が鑑別に上がるものの造影CTやMRIでは確定診断がつかず,CTガイド下生検を考慮したが播種の可能性や侵襲性が高いためこの時点では経過観察とした.炎症所見と尿路感染所見より限局性腎盂腎炎の可能性を考え,Cefdinirで加療を開始した.Cefdinirを14日間の内服にて退院予定であったが膀胱炎症状の再燃と炎症反応の亢進を認めたためMeropenem投与を開始した.
尿路感染症の治療後CTを1カ月半で撮影したところ,左腎腫瘤は13mm大から26mm大と急速な増大を認めた.造影パターンや増大速度から,悪性疾患の可能性が最も高いと考えられ,開腹左腎摘出術を検討した.しかし,病理の再検討や,免疫抑制中の患者背景,反復する尿路感染症などから腎腫瘤の鑑別として腎・大腸マラコプラキアが挙げられた.大腸生検検体への追加染色を行うこととし,腎病変に関しては悪性の可能性もあることを充分説明の上,CTガイド下で生検を施行した.
病理組織学的所見で腎・大腸いずれも,細胞質に顆粒状から類円形のPAS染色陽性像を認め,M-G小体(Michaelis-Gutmann body)と考えマラコプラキアと診断した(Figure 3).
HE染色の強拡大でマクロファージの集簇を認め,PAS染色で顆粒状から類円形のPAS染色陽性像を認め,層状同心円構造であるMichaelis-Gutmann小体(M-G小体)が確認された.
マラコプラキアに有効とされるシプロフロキサシン,アスコルビン酸で治療を開始したところ炎症反応は改善を示した.経過中,間質性肺炎の経過は良好であったため免疫調整薬は漸減した.
治療開始3カ月での腹部CTで,腎腫瘤の大きさが26×23mmから17×15mmへ縮小を認めた.
第170病日に大腸内視鏡検査を再検したところ盲腸に集簇していた隆起性病変は消退していた.インジゴカルミン散布でも隆起ははっきりせず,以前から指摘されていた腸結核瘢痕が観察された.上行結腸のⅠsp隆起は消退し,隆起により圧排されていた憩室が観察された(Figure 4).
a:治療開始4カ月後の下部内視鏡で盲腸・上行結腸の隆起性病変は消退した.
b:上行結腸では憩室が明瞭に観察される.
マラコプラキアは1902年に初めて報告され 3),これまで約450例の文献的報告がある 4).発症年齢は6歳から85歳と様々で平均年齢は50歳とされ,4:1で女性に多いとされる 5).稀な炎症性疾患で組織学的にマクロファージの集簇を伴い,その細胞内に鉄やカルシウムの沈着によるMG小体で特徴付けられる 2).
膀胱・尿管などの尿路系等に75%以上が発生し,次いで10%程度が消化管での発症 4)とされている.本邦での大腸マラコプラキアは限られた報告のみであり,近藤らの報告 2)に記載のある症例を合わせると検索範囲では1977年から2016年までに本例を合わせて17件の報告がなされているのみであり,腎と大腸の同時発症例は1例目となり非常に稀な症例であったと言える.Table 2に本邦での大腸マラコプラキア17症例を示す.本邦では17例中男性8例,女性9例と男女比は同等であった.発症年齢は6カ月から82歳と各年齢相に幅広くみられた.
本邦での大腸マラコプラキア報告例.
マラコプラキアの発症機序は不明な部分が多いが攻撃因子としての大腸菌感染と,宿主側の要因が考えられる.攻撃因子として尿路マラコプラキアでは反復性の尿路感染に既往を持つ症例が多い.宿主因子として細胞内cyclic GMP(cGMP)の濃度低下によるリソソーム内消化における単球異常が指摘されており,臓器移植,免疫抑制薬使用,結核,サルコイドーシス,化学療法,AIDs,悪性腫瘍,ステロイド使用,アルコール中毒,コントロール不良の糖尿病,潰瘍性大腸炎,栄養不良が患者背景として挙げられる 6).
消化管マラコプラキアでは結腸・直腸での発生がほとんどである.症状は非特異的(発熱,倦怠感,腹痛,下血,体重減少等)であり,むしろ他の疾患の精査で発見されることが多い 2).大腸での発症部位としては本邦での報告例ではS状結腸~直腸の報告が多いがび漫性に出現することもある.内視鏡的な所見として早期では黄白色調の粘膜斑として観察されるが,進行すると灰色~黄色調の領域として観察され,①unifocal lesions,②wide spread mucosal multinodular involment,③large mass lesionsが一般的とされる 7).本邦での報告では記載のある症例では平坦小隆起が7例,ポリープ状が5例,巨大腫瘤が1例,多発アフタが1例,粘膜下腫瘍様の隆起が1例であった.病変の大きさは3mm-4cmと様々である 8).臨床診断は難しく,病理組織学的にM-G小体の発現の確認をすることに基づく.M-G小体は円形あるいは楕円形を呈し大きさは1-10μmでhematoxylinに親和性を持ち,von Kossa染色によりCa,Prussian blue染色でFeが証明される 9),10).
大腸マラコプラキアの治療は外科的切除が治癒的とされる 11)が免疫抑制薬の減量,シプロフロキサシンが最善とされる 4).この他ベサコール,アスコルビン酸での加療が有効とされる 12).大腸マラコプラキアは良性疾患であるが,大腸癌を併発する報告があり 13),難治性の下痢・消化管閉塞・瘻孔形成を伴った場合は予後不良とされる 11).
自験例は,腎臓・大腸にマラコプラキアが同時発症した稀な1例であった.発症数年前の大腸内視鏡検査では異常は指摘されたことがなく,間質性肺炎治療のために高用量の免疫調整薬を使用したことと反復性の尿路感染が発症の背景にあったと考える.マラコプラキアは粘膜下に病変の主体があるため,自験例では盲腸病変は隆起の辺縁に正常のpit構造は保たれていたが,上行結腸病変では隆起部に正常pitは観察されなかった.これは,盲腸病変のサイズが小さく粘膜面へ病変が露出しておらず粘膜下腫瘍様の形態となったのに対し上行結腸病変では病変のサイズが大きく粘膜の脱落をきたしたものと推察された.
大腸マラコプラキアの一例を経験した.マラコプラキアは臨床診断が難しいが,患者背景として免疫低下や感染を合併している症例では鑑別疾患として考慮されるべきである.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし