2017 年 59 巻 11 号 p. 2601-2606
症例は67歳,男性.平成19年に胃癌に対し幽門側胃切除・Roux-en-Y再建術を施行された.平成28年11月,腹痛・発熱にて当院入院となり腸石による十二指腸憩室炎と診断し,細径大腸内視鏡を用いて内視鏡的砕石・摘出術を施行した.治療後憩室炎は速やかに改善を認め,入院17日目に退院となった.腸石を合併した憩室炎の報告はこれまで本邦では5例あるが,うち2例で内視鏡的摘出術により治癒が得られ,Roux-en-Y再建術後の内視鏡治療の報告は本症例が初めてであった.腸石による十二指腸憩室炎では,胃術後であったとしても内視鏡的摘出術が有用である可能性が示唆された.
十二指腸憩室の多くは無症状であるが,稀に憩室炎や憩室穿孔をきたし手術などの治療が必要となることがある.今回われわれは,憩室内腸石が憩室開口部に嵌頓し発症した憩室炎に対し,内視鏡的摘出術を行い憩室炎の悪化による穿孔や緊急手術を回避できた症例を経験した.胃幽門側切除・Roux-en-Y再建術後の憩室炎に対し,内視鏡的治療により治癒を得られたとする報告は本症例が初めてであり,文献的考察を加えて報告する.
患者:67歳,男性.
主訴:腹痛,発熱,食欲不振.
既往歴:特記すべきことなし.
家族歴:特記すべきことなし.
生活歴:喫煙・飲酒なし.
現病歴:平成19年8月,胃癌に対し当院外科にて幽門側胃切除・Roux-en-Y再建術が施行された.平成28年11月中旬より食欲不振,28日より腹痛・発熱があり翌日当院外科受診となった.
入院時現症:身長162.5cm,体重52.1kg.血圧128/68mmHg.体温39.0℃.眼瞼結膜に貧血なく,眼球結膜に黄疸なし.表在リンパ節は触知せず.腹部は平坦,軟,上腹部正中から右季肋部にかけて圧痛あるが反跳痛なし.腫瘤触知せず.
臨床検査成績(Table 1):WBC 9,890/μl,CRP 0.96mg/dlと軽度の炎症反応上昇とAST 53IU/l,γ-GTP 142IU/lと軽度の肝胆道系酵素上昇が認められたが,その他の血液・生化学検査項目には異常は認められず,腫瘍マーカーはいずれも正常範囲内であった.
臨床検査成績.
入院時CT所見(Figure 1):十二指腸下行脚に著明に拡張した憩室が認められ,周囲脂肪織濃度上昇および憩室内に12×20mmの輪郭がやや高濃度の楕円形構造物が認められ,腸石と考えられた.その他の胸腹部臓器に異常所見は認めなかった.
入院時腹部CT.
十二指腸憩室の著明な拡張(黄色矢印)と憩室内に腸石が認められた(赤色矢印).
臨床経過①:十二指腸憩室炎と診断され,絶食・抗生剤投与にて治療したが発熱および腹痛が持続したため,入院3日目に当科紹介受診となった.CTを再検したところ,十二指腸憩室の拡張および周囲脂肪組織濃度上昇の増悪が認められ,腸石は入院時と同部位に認められた.十二指腸憩室内腸石による憩室炎を疑い,上部消化管内視鏡を施行した.
内視鏡所見(Figure 2):胃術後・Roux-en-Y再建であったため通常内視鏡では十二指腸憩室まで到達しないと考えられたため,細径大腸内視鏡(PCF PQ260L)を用いて上部消化管内視鏡を施行した.透視下で腹部圧迫を併用しながら十二指腸下行脚まで挿入すると,十二指腸乳頭近傍の憩室開口部が認められ,開口部に黄褐色の腸石が認められ周囲粘膜は潰瘍化していた(Figure 2-a).腸石を鉗子圧迫したところ抵抗なく憩室内へ移動し,腸石の脇から暗赤色の液体の流出が認められ,腸石が開口部に嵌頓していたと考えられた.憩室内に造影チューブを挿入し,アミドトリゾ酸ナトリウムメグルミン液(ガストログラフィン®)造影を行ったが憩室外への造影剤の流出や周囲組織・臓器との交通は認められなかった(Figure 3).慎重に憩室内に内視鏡を挿入すると,憩室内の壁は黒色調であったがびらん・潰瘍は認められなかった(Figure 2-b).腸石を除去しないと再度腸石が開口部に嵌頓すると考えられたため,摘出術を行う方針とした.腸石の大きさが大きくそのままでの摘出は困難であったため,把持鉗子および五脚鉗子を用いて砕き(Figure 2-c),十二指腸内へ十数回に分けて排石した.
上部消化管内視鏡.
a:憩室開口部に黄褐色腸石が認められ周囲粘膜は潰瘍化していた.
b:憩室内の壁はやや黒色調であったがびらん・潰瘍は認められなかった.
c:把持鉗子および五脚鉗子を用いて砕石・摘出術を施行した.
憩室造影では憩室外への造影剤の流出や周囲組織との交通は認められなかった(矢印は憩室).
臨床経過②:処置終了後より発熱・腹痛は改善し,血液検査データも改善が認められた.入院10日目に腹部CTおよび内視鏡を再検した.CTでは十二指腸憩室は著明な縮小が認められ,周囲脂肪組織濃度上昇および憩室内の腸石も認められなかった.内視鏡では憩室開口部は潰瘍の治癒により縮小が認められ内視鏡の挿入は困難であったが,憩室内粘膜の色調の改善が認められ,憩室造影検査では憩室の縮小が認められた.経過良好のため入院17日目に退院となった.
十二指腸憩室は全消化管憩室のうち結腸憩室に次いで多く,上部消化管造影例での頻度は0.02~5.76%,剖検例では0.15~22%である 1).先天性の真性憩室は少なく,多くは筋層を欠く仮性憩室であり,加齢とともに頻度が増加する 2).一般に十二指腸憩室の多くは無症状であるが,1-2%で出血や炎症,穿孔,膵胆管の圧迫(Lemmel症候群)などの合併症を生じ治療を要することがあるとされる 3).十二指腸憩室は結腸憩室と比較して炎症をきたす頻度が少ないとされ,その原因として憩室のサイズが大きいことや食物通過が速いこと,相対的に細菌数が少ないことなどが考えられている 4).
十二指腸憩室は,腸石形成において,腸管狭窄や盲管などのように腸内容をうっ滞させる機械的因子の1つと考えられており,そこに腸内pHの変化や腸内細菌による酵素作用など化学的因子が加わり,憩室内に腸石が形成されると考えられている 5),6).腸石は仮性腸石と真正腸石に分類され,前者は食物塊,腸内異物,下降胆石,下降胃石,毛髪,バリウムなどが核になって形成された結石で,後者は腸内の非消化性内容物が沈殿・凝結・硬化したもので胆汁酸腸石やカルシウム塩腸石に分類される 7).
十二指腸憩室内腸石は1710年のChomelの報告が最初であり 8),1977年から2016年まで医学中央雑誌にて「十二指腸」,「憩室」,「腸石」をキーワードとし検索すると(会議録を除く),本症例を含め本邦では41例が報告されている(Table 2).平均年齢は69.8歳で,男女比は約1:4で女性に多く,憩室の部位は下行脚が多かった,憩室内結石は単発であることが多くその平均径は25mmであった.成分同定を行ったとする報告は17例あり,その半数以上は真性結石(胆汁酸結石8例,カルシウム酸結石3例)であり仮性結石(糞石)は2例で,成分同定できなかったものは4例であった.多くは十二指腸憩室炎・憩室穿孔で発見されたとする報告であったが,腸石の落石による腸閉塞の報告が4例,レンメル症候群をきたしたとする報告が2例,無症状での手術報告例が2例であった.胃術後の報告は8例あり,全例幽門側胃切除術を施行されており,うち6例がBillroth Ⅱ法,本症例も含め2例がRoux-en-Y法で再建されていた.胃術後の輸入脚では腸内容のうっ滞から細菌数が増加し,腸石が発生しやすいと推測されている 9).本症例では結石の成分分析は施行できなかったが,入院前までに撮影された過去のCT等の画像検査では胆石など仮性結石の原因となる所見は認められず,胃術後の十二指腸での腸内容のうっ滞により憩室内に形成された真性結石の可能性が高いと考えられた.
十二指腸憩室内腸石の本邦報告例.
憩室内腸石は無症状のことが多いが,時に憩室粘膜の圧排や血流障害をきたし,憩室炎や憩室穿孔の原因になると推察されている 10).石井らの報告によると,内因性十二指腸憩室穿孔は本邦でこれまで70例報告があり,うち27例(39%)で腸石の合併が認められた 11).穿孔を伴わない十二指腸憩室炎の報告は,1977年から2016年まで医学中央雑誌で「十二指腸」,「憩室炎」をキーワードに検索し内容を精査したところ(会議録を除く),これまで本邦では7例の報告があり 12)~17),うち5例に腸石が認められた.5例の詳細はTable 3のとおりで,2例で手術,3例で内視鏡治療が施行され,本症例を含めて2例で内視鏡治療のみで治癒を得られていた.本症例においても,内視鏡治療時の憩室粘膜の色調は悪く,憩室炎が続く場合は穿孔する危険性も十分にあったと思われるが,内視鏡治療により憩室炎が改善し穿孔を起こさず治癒を得られた.このため,腸石による十二指腸憩室炎に対しては,内視鏡的摘出術が有用である可能性が考えられた.また本症例は胃術後・Roux-en-Y法再建例で内視鏡治療を行った初めての報告で,細径大腸内視鏡を用いて摘出術を行うことができた.近年では胃術後の症例に対し小腸バルーン内視鏡を用いて安全にERCPが施行できたとする報告が散見されており 18),19),本症例のごとく胃術後であっても細径大腸内視鏡や小腸バルーン内視鏡を用いた内視鏡治療を考慮しても良いと思われる.しかし一方で,Roux-en-Y再建術後ではループを形成しながら十二指腸へ挿入する形となるためスコープの十二指腸内での操作性には制限があり,本症例では十二指腸乳頭のやや口側に憩室の開口部があり結果的に憩室を正面視でき安全に摘出術を施行できたが,憩室の部位によっては開口部を確認できない,あるいは確認できたとしても安全に摘出術ができない可能性も十分に考えられる.その場合には内視鏡的治療にこだわらず,安全に施行できる手術による治療も考慮すべきであると思われる.
腸石合併十二指腸憩室炎の本邦報告例.
胃術後・Roux-en-Y再建症例に発症した腸石による十二指腸憩室炎に対し細径大腸内視鏡を用いて内視鏡的摘出術を行い,憩室炎の改善を得られ憩室穿孔やそれによる手術を回避できた1例を経験した.腸石による十二指腸憩室炎では,胃術後であっても内視鏡的摘出術が有用である可能性が示唆された.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし