2017 年 59 巻 11 号 p. 2621-2627
HybridKnife®(HK)は高圧水流発生装置ERBEJET 2と組み合わせ,ナイフ先端中央の小孔から生理食塩水を粘膜下層に局所注入可能なESD用ナイフである.胃ESDにおけるHKの有効性と安全性の評価を目的に,HKを使用した23症例(HK群)と症例対照研究として既存のナイフを使用した22症例(Conventional群:C群)を比較した.剥離速度に差はなかったが,デバイスの交換回数はHK群1.0±0.9回,C群9.2±6.5回とHK群で有意に少なかった(P<0.0001).穿孔はHK群1例,後出血はC群3例であった.HKによるESDはデバイスの交換が少ない効率的で安全な方法である.
HybridKnife®(Erbe Elektromedizin, Tübingen, Germany,以下HK)(Figure 1-a)は,高圧の水流発生装置ERBEJET 2システム(Erbe Elektromedizin, Tübingen, Germany)(Figure 1-b)と組み合わせ,粘膜に接触させたナイフ先端中央から生理食塩水を粘膜下層に注入することを可能にしたEndoscopic Submucosal Dissection(ESD)用ナイフである 1)~7).これまで粘膜切開後の粘膜下層内に追加局注を可能としたナイフは多数あるが,切開前の粘膜に直接局注できるナイフはHKのみである.水の流出するノズルの内径は120mと,これまでの追加局注できるナイフの中で最も小さく,さらに水流発生装置であるERBEJET 2システムにより水圧を調節でき,フットスイッチで容易に高圧の水流による局注が可能である.これにより局注針を使用せずに,このナイフ1本で局注,切開,剥離まで行え,施行時間の短縮が期待できる.HKは欧米,アジア諸国では既に臨床で使用されているが 8),9),ERBEJET 2システムの日本での使用は未だ承認されていないため,日本でHKを使用したESDの報告はない.われわれはERBE社との合意に基づき,HKとERBEJET 2システムを使用する機会を得ることができたので,胃ESDにおける,このナイフの有効性と安全性を確認することを目的として臨床研究を実施した.
a:Hybridknife T type.
b:ERBEJET 2 system.
2014年4月から2015年6月までに胃癌治療ガイドライン 10)の絶対適応病変または適応拡大病変と診断された早期胃癌患者42症例から,操作性不良の噴門および幽門輪近傍病変,およびASA(American Society of Anesthesiologist)分類 11)のⅢ度とⅣ度の患者を除外し,HK使用の同意の得られた23症例をHK群とした.対象群として同一術者が既存のESDナイフで2011年6月から2014年7月までにESDを施行した症例のうち,HK群と患者背景や病変部位を一致させた22例をConventional群(C群)としHK群と比較検討した.同時多発病変で複数病変を切除した場合も本試験の対象とした.本研究は当院倫理審査委員会の承認を得た上で実施した.すべての患者から研究参加について文書によるインフォームドコンセントを得た.また観察研究としてUMINへの登録を行った(UMIN000010870).
ESD手技ESDはGIF-Q260J(Olympus Medical Systems, Tokyo, Japan)に先端アタッチメント(F-030;TOP Co, Tokyo, Japan)を装着し,状況に応じてST-フード(DH-29CR;FUJIFILM, Tokyo, Japan)を使用した.HK群での局注・マーキング・切開・剥離はHybridKnife® T-typeで行った.HybridKnife® T-typeは,先端が直径1.6mmの円盤状の形態(Figure 1-a)をしており,シャフトから0.4mm突出していることから組織を引っかけて切ることも可能である.局注液は0.5%エピネフリンと0.5%インジゴカルミン添加生理食塩水を用いた.局注はERBEJET 2 systemで水圧を20-30barに設定して行った.高周波発生装置はVIO200D(Erbe Elektromedizin, Tübingen, Germany)を使用し,高周波の設定は,マーキング:Forced coagulation, effect 3, 30W,粘膜切開:Endocut I, effect 2, duration 2, interval 2,粘膜下層剥離:Forced coagulation, effect 3, 50WまたはSwift coagulation, effect 4, 50Wで行った.
C群でのESDナイフはDualKnife(KD-650L;Olympus Medical System, Tokyo, Japan),IT Knife2(KD-611L;Olympus Medical Systems, Tokyo, Japan),SAFE KnifeV(DK2518DV1;FUJIFILM, Tokyo, Japan)を使用した.局注針はインパクト・フローHタイプSG(25G, 4mm, 鈍針:6F02A;TOP Co, Tokyo, Japan)を使用し,局注液は0.5%エピネフリンと0.5%インジゴカルミン添加したヒアルロン酸を使用した.高周波の設定は,Dualknifeの場合にはマーキング:Forced coagulation, effect 3, 30WまたはSoft coagulation, effect 6, 80W,粘膜切開:Endocut I, effect 2, duration 2, interval 2,粘膜下層剥離:Swift coagulation, effect 4, 40Wで行った.IT knife2の場合にはマーキングは針状メスを使用し,Forced coagulation, effect 3, 30W,粘膜切開:Endocut Q, effect 2, duration 2, interval 2,粘膜下層剥離:Swift coagulation, effect 5, 60Wで行った.SAFE knifeの場合には,マーキングは針状メスを使用し,Forced coagulation, effect 3, 30W,粘膜切開:Endocut I, effect 2, duration 3, interval 1,粘膜下層剥離:Swift coagulation, effect 4, 40Wで行った.
軽度な出血時(oozing等)には各ナイフの剥離時の凝固モードで止血を試み,それでも止血できない場合や動脈性出血の場合には止血鉗子としてhot biopsy鉗子(FD-7C-1;Olympus Medical Systems, Tokyo, Japan)を使用しSoft coagulation, effect 6, 80Wで止血した.全例で炭酸ガス送気を用いた.術者は,300例以上の豊富なESD経験を有する内視鏡指導医1名(TN)が担当し(電子動画1),実際に臨床でHKを使用する前に豚で数回トレーニングを実施した.
電子動画1
鎮静およびモニタリング鎮静剤はミダゾラムを用い,鎮痛剤として塩酸ペンタゾシンを併用した 12).鎮静深度や呼吸・循環抑制を評価し,投与量を調節した.鎮静深度はASA分類のmoderate sedationを指標とした 13),14).適正な鎮静深度が得られない場合は,担当医の判断でジアゼパムやハロペリドールを追加投与した.
評価方法・項目主要評価項目はESD施行時間とした.ESD施行時間は,局注開始から剥離終了までと定義した.副次評価項目は一括切除率,剥離速度,他のデバイスへの交換回数(剥離時の局注針使用回数,止血鉗子使用回数),偶発症(穿孔率,後出血)とした.後出血は,ESD後に吐血や黒色便などの症状を来たし内視鏡的に出血を認めた症例,または第1,7病日の内視鏡で出血を認め止血処置を要した症例と定義した.剥離速度はESD施行時間を切除面積で割ったものと定義した(min/mm2).HKによる追加局注は粘膜下層を視認下に安全な処置を行うために必要時実施した.止血鉗子使用回数は術中出血に対するhot biopsy鉗子の使用回数とした.ESD施行時間,局注針使用回数,止血鉗子使用回数については,筆者と治療担当医(TN),研究責任医師(YM)が,治療を記録した動画で確認した.結果の代表値の表記には平均±標準偏差を用いた.統計学的分析は両群間の治療成績の比較はt 検定,χ 2検定を用いて解析した.P値<0.05を有意差ありとした.すべての統計解析はIBM SPSS Statics 21(IBM Co., Chicago, IL, USA)を用いて行った.
経過観察患者は8日間の入院とし,ESD当日と翌日は絶食とし,2日後より流動食から1日毎に食上げを行った.PPIはESD当日から投与し,絶食期間中はオメプラゾール20mgの点滴投与,食事開始からラベプラゾール20mgの内服投与とした.ESD施行翌日と7日後に内視鏡検査を行った.原則,抗生剤投与は行わず,術後に発熱や腹痛,炎症反応の高値など腹膜炎症状や後穿孔を疑う場合に投与の方針とした.ESD後2-3週間後に外来で偶発症の評価を行った.ESD後の瘢痕や遺残病変の評価は2カ月後に内視鏡で行った.
患者背景をTable 1に示す.HK群とC群で,平均年齢はそれぞれ72.8歳(55-85歳),70.6歳(53-83歳),性別(男/女)は16/7,20/2,病変部位は胃体部12例,12例,前庭部11例,10例,平均腫瘍径は15.2±10.5mm,16.2±7.8mm,腫瘍形態は0-Ⅱa 12例,7例,0-Ⅱc 11例,15例で各群間に有意差はなかった.併存疾患や内服薬においても各群間において有意差はなかった.抗血栓薬の内服はHK群でのバイアスピリン継続1例,C群でのワーファリンをヘパリン置換した1例であった.
患者背景.
ESD治療成績をTable 2に示す.一括切除率は両群ともに100%,平均切除標本面積はHK群894±750mm,C群1,226±833mmであった.HK群とC群でのESD施行時間はそれぞれ45分(15~135分),76分(13~201分)で有意差を認めた(p=0.012).剥離速度は.23±10mm2/min,19±12mm2/minであった(P=0.303).組織学的には腺癌17病変,19病変,腺腫4病変,2病変であった.デバイスの平均交換回数は1.0±0.9回,9.2±6.5回とHK群で有意に少なく(P<0.0001),局注針使用回数は0回,5.6±3回,止血鉗子への交換回数も1.0±0.9回,3.6±3.7回とHK群で有意に少なかった(P=0.002).偶発症は,HK群で1例(4.3%)あり術中に微小穿孔を認めたが,クリップによる創閉鎖で問題なく終了した.後出血はHK群では1例も認められずC群で3例認め(13.6%),いずれもクリップによる止血術を行った.Water jet使用に関連する偶発症は認めなかった.2カ月後の内視鏡検査では,全例において創部の瘢痕治癒が認められ,遺残病変は認められなかった.
ESD治療成績.
今回の研究で,HKとERBEJET 2システムを使用した胃ESDは,既存のナイフを使用したESDより施行時間を短縮でき,同等の安全性を有する可能性が示唆された.
近年,粘膜下層への追加局注が可能なESDナイフが増え,有用性の報告が多数ある 15),16).HKは他のナイフと違い高圧water jetにより,粘膜表面から粘膜下層への局注が可能であり,粘膜切開前から局注針を必要とせずナイフ単独での局注が可能である.これにより施行時間の短縮が期待できるが,一方で水の流出するシースの内腔が120μmと小さいため粘稠度の高いヒアルロン酸製剤などは使用できない.しかし,今回の検討では,注入の操作性は良好で,生理食塩水での局注でも十分な膨隆を得ることができた.Zhouらは,通常のESDとWater jet assisted ESDを比較したRCTにおいて,後者において他の処置具への交換回数は減少し,ESD時間を約20%短縮(約7.5分)したと報告している 8).本研究でも,約8割の患者において局注からESD後の止血処置までの全行程をHKのみで完遂することが可能であった.しかもデバイス交換を要した5例では,止血鉗子のみで,その回数は4回以下と少なかった.その要因としては,血管処理において出血点の周囲をHKで局注することで,エピネフリンによる血管収縮作用や血管周囲の粘膜下層の膨隆による血管への圧排の影響により出血点が小さくなり,止血しやすくなったことが挙げられる.また,このT-typeのナイフ先端diskは直径1.5mmあり,出血点へのナイフの接触面積が大きく,止血が容易であった.さらに,出血点と筋層の間に局注を容易に十分に追加することができ,筋層から十分な距離を確保し,ナイフ単独で止血が可能であった.
HKによるESDは後出血や穿孔などの偶発症が少なく安全に施行できた.過去のHKを使用した報告でも同様に後出血や穿孔などの偶発症は少ないと報告されている 8).その要因として,切除後の潰瘍面への止血処置において,HKで血管断端の深部と周囲に局注を追加しながら血管断端を選択的に凝固止血することで,後出血や遅発穿孔が少なくなったと考えられる.術中の穿孔については,線維化の強い症例で微小穿孔を1例認めた.粘膜下層の線維化のため局注で良好な膨隆が得られず,病変に対してナイフが接線方向となり,T-typeの先端のdiskが筋層に対して垂直となり,微小穿孔を生じたものと思われる.軽度の線維化症例では追加局注をストレスなく行うことが可能であったが,現時点では,線維化の強い症例には先端系のデバイスへの変更が必要と考える.
HKの使用上の注意点としては,切開波や凝固波など高周波装置の使用により凝血塊やダストがノズル内腔に付着,閉塞し,water jetによる注入ができなくなることがある.しかしwater jetによる局注をこまめに反復することにより,内腔の閉塞は予防できた.これは他のナイフと操作性の異なる点であるが,追加局注を多めに調整し,剥離面の視野を良好に維持し,結果としてより安全にESDを行うことにつながると考えられる.
今後の課題としては,複数の術者による評価や,今回症例のなかった噴門部病変に対する処置など,さらに症例を増やし検討することが必要である.
胃のESDおいてHKとERBEJET 2システムの併用は,手技時間を短縮し,安全に施行できると考えられた.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし