患者:82歳,男性.
主訴:吐血.
既往歴:心房細動にて1年9カ月前から,ダビガトラン(110mg)1回1カプセル1日2回を服用していた.
現病歴:C型肝硬変,多発肝細胞癌の診断で当院にて緩和医療を行っていた.1カ月ほど前からは自宅でほぼ終日就床している状態となっていた.コップ一杯程度の吐血を主訴に夜間救急受診された.
現症:血圧101/57mmHg,脈拍 92回/分(不整),意識は清明.
血液検査所見:RBC 449×104/μl,Hb 13.8 g/dl.
緊急内視鏡所見:食道から胃内にコーヒー残渣様内容物を認めたが,活動性出血は認めなかった.中部から下部食道に連続してびらんと白色から水色の膜様物の付着を認めた.病変の辺縁は上皮が剥離しており(Figure 1),病変の中央部は光沢感のある厚い膜様物の付着として観察された(Figure 2).この膜様物は送水装置を用いた洗浄で除去することが不可能であった.なお9カ月前の内視鏡時にはロサンゼルス分類グレードBの逆流性食道炎の所見以外には異常を認めなかった(Figure 3).
緊急内視鏡.中部食道に,剥離した上皮と思われる白色の薄い膜様物の付着とびらんを認めた.
緊急内視鏡.下部食道に,溶解したダビガトランカプセルの付着と思われる光沢感のある表面滑らかな水色の厚い膜様物の付着を認めた.これを洗浄で除去することは不可能であった.
9カ月前の上部消化管内視鏡.下部食道のびらんと食道裂孔ヘルニアの所見のみで,膜様物を認めていない.
経過:ダビガトラン起因性食道炎(dabigatran induced esophagitis;DIE)と診断し,ダビガトランの内服を中止し入院にてプロトンポンプ阻害薬の点滴投与を行った.入院後は患者の全身状態は安定した.また患者は内視鏡の再検を希望しなかった.入院7日目,急に敗血症性ショックとなり永眠された.
心房細動の有病率は加齢とともに上昇する.2003年の日本循環器学会の疫学調査では70歳代での有病率は男性が3.44%,女性が1.12%であり,この時点で本邦に72万人の患者が存在すると推測されている 1).心房細動患者では心原性脳塞栓症のリスクが上がるため,日本循環器学会等のガイドラインでは,年齢75歳以上などのリスクを有する患者に対してはダビガトラン等の抗血栓療法を推奨している.
ダビガトラン(Figure 4)は新規経口抗凝固薬の一種であり,トロンビンを直接阻害する作用を有する.国際第Ⅲ相臨床試験(RE-LY試験)でワルファリンと同等の効果を示し,本邦でも2011年3月から非弁膜症性心房細動に保険適応となっている.RE-LY試験ではダビガトラン服用群の17%に上部消化管症状が認められたが,これは酸性(pH 2.4)の酒石酸を含むダビガトランカプセルが食道壁に付着するためと推測されている 2)~4).
ダビガトラン(プラザキサ®)の外形.上が75mgカプセル,下が110mgカプセル.
DIEの内視鏡像としては,本例で認められた白色の膜様物の付着とびらん形成が典型的である 2)~6).Toyaらはダビガトラン服用中91例の内視鏡像を検討し,約20%に白色膜様物の付着を認めたと報告している 6).他の所見としては,円形の打ち抜き様潰瘍の集簇 4)やカンジダ様の小さな白苔の集簇 5),粘膜の肥厚 7)などが挙げられる.典型例で認められる白色膜様物は,好酸性変性した剥離扁平上皮とされているが 6),ダビガトランカプセルその物の食道壁への付着を示唆する報告もある 4).本例では病変部の生検を行っていないが,厚い水色の膜様物の表面は滑らかであり粘膜の肥厚と言うよりはダビガトランカプセルその物の付着であると推測した.
DIE発症時にはダビガトランの休薬と必要時はプロトンポンプ阻害薬の服用を行うことで,ほとんどの症例では症状と内視鏡所見の速やかな改善が得られている 2),4),5),7).またDIEの予防には食事中に薬剤を大量の水で服用し座位を保持するという服薬指導が有効である.DIE発症時に休薬せず内服方法の改善のみで軽快した症例も報告もされている 3).
内視鏡時,食道に白色の膜様物の付着を認めた場合は,DIEの可能性を考慮し服薬内容の確認をする必要性がある.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし