日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
無汗性外胚葉形成不全症に発症したクローン病の1例
多々内 暁光 山田 哲久保田 望佐藤 義久谷 佐世山下 龍西田 淳
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2017 年 59 巻 5 号 p. 1310-1315

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要旨

症例は18歳男性.下痢と体重減少のため当科受診.生後3カ月で無汗症と診断されており,歯牙欠損,粗な毛髪,乾燥した皮膚を認める.大腸内視鏡検査を施行したところ,潰瘍性大腸炎が疑われた.メサラジン内服とプレドニゾロン内服で治療を開始したが再燃を繰り返した.9カ月後の内視鏡検査で縦走潰瘍を認めたためクローン病と診断した.インフリキシマブと6-メルカプトプリンで治療し寛解状態となった.特徴的な外観から免疫不全を伴う無汗性外胚葉形成不全症が疑われた.この疾患はNEMO遺伝子異常が原因といわれており,合併する腸炎はNEMO腸症と呼ばれている.本症例はNEMO遺伝子異常が同定されず確定診断にいたらなかったが,示唆に富む症例と思われたため報告する.

Ⅰ 緒  言

腸炎を合併する外胚葉形成不全症にX染色体劣性遺伝形式をとる免疫不全を伴う無汗性外胚葉形成不全症(anhidrotic ectodermal dysplasia with immunodeficiency(EDA-ID))がある.NEMO(nuclear factor-κB(NF-κB)essential modulator)遺伝子変異が原因で起こる稀な遺伝性疾患である 1),2.NEMO遺伝子変異によりNF-κBシグナル低下が起こり,外胚葉形成不全と免疫不全を生じる.外胚葉形成不全により,歯牙形成不全,汗腺欠如による無汗症,寡毛などの症状がみられる.また,易感染性を示し,生下時から重篤な感染症を反復しやすい.EDA-IDは,消化管の炎症を合併しやすくNEMO腸症と呼ばれている.NEMO遺伝子異常を原因として発症するEDA-IDの消化管病変である.内視鏡所見はさまざまでクローン病や潰瘍性大腸炎,非特異的腸炎,Behcet病などでみられる所見を呈すると報告されている 3),4.本症例は確定診断にはいたらなかったがNEMO腸症の可能性が考えられたため,NEMO腸症に関する考察を加えて報告する.

Ⅱ 症  例

患者:18歳,男性.

主訴:下痢.

既往歴:生後3カ月で無汗症と診断される.感染症での入院歴なし.

家族歴:特記事項なし.

現病歴:2009年9月より1日5~6回の下痢が出現した.下痢の持続と1カ月で7kgの体重減少があり同年10月当科受診.大腸内視鏡検査にて直腸からS状結腸にかけて粘膜の顆粒状変化,びらんを認め,潰瘍性大腸炎が疑われた.メサラジン内服とプレドニゾロン内服で治療を行ったが再燃を繰り返した.2010年6月入院精査となる.

入院時現症:身長164.6cm,体重52.2kg,体温35.8℃,血圧 106/72mmHg,脈拍 78/分整.歯は計6本,形状は円錐形.粗な毛髪を認めた(Figure 1).皮膚は乾燥あり.眼瞼結膜に貧血なし,眼球結膜に黄染なし.体表リンパ節触知なし.胸部は異常所見を認めず.腹部は平坦,軟で圧痛なし.両下肢に浮腫なし.

Figure 1 

身体所見.

粗な毛髪,歯牙欠損を認める.歯牙の形状は円錐形であった.

臨床検査成績(Table 1):CRP上昇を認めた.γ-グロブリンは正常であった.

Table 1 

臨床検査成績.

大腸内視鏡検査所見(初回):直腸からS状結腸にかけて粘膜の顆粒状変化とびらんを認めた(Figure 2).

Figure 2 

大腸内視鏡検査(初回).

直腸からS状結腸にかけて粘膜の顆粒状変化とびらんを認めた.

大腸内視鏡検査所見(入院時):S状結腸,上行結腸に非連続性の縦走潰瘍を認めた(Figure 3).回腸に縦走する瘢痕がみられた.結腸の縦走潰瘍からの生検で非乾酪性類上皮細胞肉芽腫を認めた(Figure 4).

Figure 3 

大腸内視鏡検査(入院時).

S状結腸,上行結腸に非連続性の縦走潰瘍を認めた.

Figure 4 

生検病理組織.HE染色.

結腸の縦走潰瘍からの生検.非乾酪性類上皮細胞肉芽腫を認めた(×200).

注腸X線造影検査(ガストログラフィン造影):S状結腸に敷石像がみられ,上行結腸に縦走潰瘍を認めた(Figure 5).

Figure 5 

注腸X線造影検査(ガストログラフィン造影).

a:上行結腸に縦走潰瘍を認めた.

b:S状結腸に敷石像を認めた.

上部消化管内視鏡検査所見:胃体部に竹の節状外観を認めた(Figure 6).同部位からの生検で非乾酪性類上皮細胞肉芽種を認めた.

Figure 6 

上部消化管内視鏡検査.

色素内視鏡で胃体部に竹の節状外観を認めた.

以上より,クローン病と診断した.ステロイド治療で抵抗性がみられたため,胸部CTとクォンティフェロンで結核を否定したのちに2010年7月よりInfliximab(IFX)5mg/kgを開始した.IFX導入時のCrohn’s Disease Activity Index(CDAI)は195であった.一時的に症状は軽快したが再燃したため,翌年にIFXを10mg/kgに増量し,さらに6-mercaptopurine(6-MP)1.2mg/kgを追加した.その後寛解状態が維持されるようになった.現在はIFXを10mgから5mgに減量しているがCDAIは64である.現在まで約4年間寛解状態が維持されている.

歯牙欠損や無汗症などの特徴的な所見を認めることから,無汗性外胚葉形成不全症と診断した.外胚葉形成不全を起こす遺伝性疾患のなかで腸炎を合併する疾患としてEDA-IDがある.本疾患はEDA-IDが疑われたため,ご本人とご家族の同意のもと京都大学小児科に依頼し遺伝子検査を行った.NFKBIA(IκBα),IKBKG(NEMO)の全エクソンで異常は認められず,既知のEDA-IDの変異は同定できなかった.

Ⅲ 考  察

外胚葉形成不全症は,皮膚付属器や歯牙,爪など外胚葉に由来する組織の形成不全を来す遺伝性疾患であり,200近くの病型が記載されている 5.その中で外胚葉形成不全症に消化管の炎症を合併する疾患としてEDA-IDがある.EDA-IDは,毛髪,歯牙,汗腺の形成不全を3徴とし,免疫不全を伴う稀な疾患である 1),2.EDA-IDの責任遺伝子としてX染色体劣性遺伝形式をとるIKBKG遺伝子(NEMO遺伝子)が知られている.常染色体優性遺伝形式をとるNFKBIA遺伝子(IκBα遺伝子)異常も報告されているが稀である 6.IKBKG遺伝子変異により,NF-κBの活性化が弱められることが原因で外胚葉形成不全や免疫不全などの症状を発症する.本邦でのIKBKG遺伝子異常症登録数は十数例である 7.EDA-IDを含むNEMO遺伝子異常症のこれまでに同定されてきたIKBKG遺伝子変異は多数あり,遺伝子変異が同定できていない症例が存在している 8

EDA-IDの臨床症状としては,外胚葉形成不全や免疫不全,血管奇形,骨粗鬆症,腸炎などを生じる.外胚葉形成不全の症状は,皮膚色素の低下,眼窩周囲のしわと色素沈着,寡毛,汗腺の欠如による耐熱性低下,歯牙形成不全,低い鼻翼,突出した前額部である.このうち2つ以上の所見をみとめれば外胚葉形成不全症と診断される 9),10.歯は円錐形の形態をとることが多い.外胚葉形成不全の症状は特徴的であり診断に有用である.しかし,全例にみられるわけではなく,明らかな症状のない症例も存在する.

EDA-IDは,外胚葉形成不全のほか免疫不全症状を伴う.生下時より細菌感染やウイルス感染に罹患しやすく反復することが多い.原因として,低ガンマグロブリン血症や特異抗体の産生低下,NK細胞の細胞障害性低下などがみられる.感染症に対しては抗菌薬が比較的反応する.ガンマグロブリン投与や予防的抗菌薬投与が行われることがある 2

本症例では,無汗症や歯牙低形成(円錐形の形態),粗な毛髪が認められ外胚葉形成不全症と診断した.免疫不全徴候がみられず,NEMO遺伝子異常が同定されなかったため,EDA-IDの診断確定にはいたらなかった.しかし,EDA-IDには多数の遺伝子異常の報告があり,臨床症状もさまざまである.炎症性腸疾患を合併しやすいEDA-IDの可能性は除外できないと考えている.

EDA-IDではしばしば腸炎を合併し,NEMO腸症と呼ばれている 11),12.EDA-IDの4人に1人にみられるといわれており,クローン病や潰瘍性大腸炎といった炎症性腸疾患や非特異的腸炎,Behcet病などでみられる内視鏡所見を呈すると報告されている 3),4.NEMO腸症は小児期に発症することが多く,炎症性腸疾患の発症時期よりも早い.難治性の下痢を生じ,成長障害を引き起こす.無汗性外胚葉形成不全に合併する腸炎は,「外胚葉形成不全」および「腸疾患」をキーワードに医学中央雑誌で検索したところ,1990年から2016年5月までの期間で会議録を除き3例の報告のみであった 12),13.1例は2歳男児で,クローン病診断が先行し,結核感染を契機に診断されている.肛門周囲膿瘍を認め,内視鏡所見は上行結腸から直腸にかけて非連続性の縦走潰瘍や浮腫状粘膜,炎症性ポリープの所見を認めている.もう1例は3歳男児で,内視鏡所見は終末回腸に多発性のアフタと潰瘍の所見を認め,3例目は4歳男児で,盲腸に大きな辺縁が不整の潰瘍を認めている.余田らは,NEMO腸症の特徴として回盲部潰瘍を形成しやすく,数個の回盲部潰瘍から終末回腸にかけて多発する潰瘍まで様々であり,単純性潰瘍やBehcet病に類似していると報告している 12.2011年の難治性疾患克服研究事業で行われたNEMO異常症の全国実態調査報告では,症例数は12例で6例に炎症性腸疾患を発症していた.内視鏡所見は,潰瘍形成(100%),偽ポリポーシス(66.7%),血管透過性低下(50%),幽門狭窄(16.7%)で特徴的な所見は認められなかったとしている 7

NEMO腸症が起こるメカニズムについては長らく不明であったが,2007年にNenciらがマウスの腸管上皮のNEMOをノックアウトし,慢性腸炎モデルを作成した 14.実験モデルでは,Toll-like receptorの活性化が関連しており,tumor necrosis factor(TNF)によるアポトーシスが生じやすくなることを証明している.TNF receptor-1の活性をおさえることで腸炎が抑制されることも示した.

治療については,確立した治療法はないのが現状であるが,クローン病の治療に準じて治療されていると推察される.ステロイド投与が有効であるほか 3,Nenciらの報告からTNFを抑制することで治療効果が期待される.実際に抗TNFα抗体であるIFXで治療して有効であった症例も報告されている 15.また,造血性幹細胞移植を行い良好な経過であったという報告が数例みられる 16

本症例はメサラジン内服とステロイド内服で治療を行っていたが,治療抵抗例でなかなか寛解に至らなかった.そのため,IFXと6-MPの併用療法を導入したところ,ようやく寛解状態となった.その後も長期間寛解状態が維持されている.治療開始までに免疫不全を疑わせる既往はみられなかったが,IFXと6-MPを併用したのちも感染症の合併なく経過している.しかし,EDA-IDの可能性があるため,今後も感染症に注意しながら慎重に経過観察していくことが必要と考えている.特にEDA-IDは結核感染のリスクが高いといわれており,注意深く経過観察していく方針である.

Ⅳ 結  語

今回,無汗性外胚葉形成不全症に発症したクローン病の1例を経験した.外胚葉形成不全症に炎症性腸疾患を合併しておりEDA-IDの可能性が考えられた.免疫不全を伴う遺伝性疾患の可能性があり,感染症の合併に注意を払う必要がある.

本論文の要旨は,第54回日本消化器内視鏡学会東海支部例会にて発表した.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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