日本消化器内視鏡学会雑誌
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資料
抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡に関連した偶発症の全国調査結果
加藤 元嗣古田 隆久伊藤 透稲葉 知己小村 伸朗潟沼 朗生清水 誠治日山 亨松田 浩二安田 一朗芳野 純治五十嵐 良典大原 弘隆鈴木 武志鶴田 修吉田 智治
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2017 年 59 巻 7 号 p. 1532-1536

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Ⅰ 緒  言

日本消化器内視鏡学会は「抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡診療ガイドライン」を作成し,平成24年7月に発表した.本ガイドラインは抗血栓薬(抗凝固薬・抗血小板薬)の休薬による消化器内視鏡後の消化管出血だけでなく,血栓塞栓症の誘発にも配慮して,抗血栓薬の休薬期間,方法などについて新たに提示している.しかし,ステートメントに関してエビデンスレベルが低いものが多くを占めていることや,日本人に対するエビデンスが少ないことが指摘されている.そのため,本ガイドラインの公表後に抗血栓薬に関連した偶発症の発生の実態を検証することが求められている.従って,本研究は日本消化器内視鏡学会医療安全委員会が主導して,抗血栓薬を使用している患者に対する内視鏡検査・治療の症例登録を前方視的に行い,抗血栓薬服用者における偶発症を解析することにより「抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡診療ガイドライン」を検証するものである.

Ⅱ 方  法

本研究は日本消化器内視鏡学会指導施設が多施設共同前向き観察研究として実施した.日本消化器内視鏡学会指導施設の1,246施設を調査施設とし,調査期間は平成25年9月~平成26年3月の7カ月間のうち,任意の1週間(月~金の5日間)を各参加施設が設定した.登録症例は①1週間連続して抗血栓薬(種類は問わない)を服用中で消化器内視鏡(観察・生検・治療)を実施する全例,②本研究期間1週間のうちの1日における消化器内視鏡検査(観察・生検・治療)を実施する全例である.患者が,本研究への参加を拒否した場合は除外とした.各施設の分担研究医師は,登録した被験者に対し各臨床事項と発生した偶発症(1カ月間の経過観察)を浜松医科大学臨床研究支援用サーバーのWEB画面から登録を行った.内視鏡検査については,部位(上部・大腸・小腸・胆膵),種別(通常観察・生検・出血低危険度・出血高危険度),具体的な手技(ポリペクトミー・EMR・ESD・乳頭切開・胃瘻造設・静脈瘤治療・その他)に分類した.抗血栓薬に関しては,薬剤数,種類,内視鏡検査前の休薬期間,休薬後の再開,置換薬剤があればその種類を調査した.偶発症に関しては,発生の有無,種類(何らかの治療を必要とした出血・脳血管障害・心疾患・その他),出血への対処法(内視鏡的止血・輸血・手術・その他),転帰(後遺症なし・後遺症あり・死亡),基礎疾患名,血栓塞栓症リスク(なし・低リスク・高リスク)とした.

Ⅲ 結  果

1)登録数

登録参加施設は753施設(60.4%)で,登録例数24,214例のうち,解析対象数は23,830例であった.そのうち抗血栓薬服用者は10,874例,非服用者は12,956例で,男女比は1:1.7で女性が多く,平均年齢は男性が67.7±12.7(0-98),女性が67.5±14.3(8-103)であった.全例登録日での抗血栓薬服用者の割合は17.3%であった.抗血栓薬服用数をTable 1に,抗血栓薬の種類をTable 2に示した.

Table 1 

抗血栓薬内服数.

Table 2 

内服中の抗血栓薬.

2)偶発症

偶発症は150件で偶発症頻度は0.63%であった.内訳は鼻出血3例を含め出血130例(0.55%),輸血や内視鏡止血を要した重篤な出血は104例(0.44%),脳血栓症は8例(0.04%),心血管血栓症は3例(0.01%),穿孔5例(0.02%),その他(虚血性腸炎,肺炎,胆管閉塞,心室頻脈)は4例(0.02%)で,1例は出血と脳梗塞合併であった.臓器別,手技別および抗血栓薬の有無による偶発症件数のまとめをTable 3に示す.血栓偶発症は抗血栓薬服用者では0.074%で非服用者では0.023%で有意差は認めなかった.

Table 3 

偶発症の頻度.

3)消化器内視鏡手技における偶発症頻度

観察は15,943例,粘膜生検は4,665例,低危険手技は608例,高危険手技は2,614例で,偶発症リスクは観察を対照にすると,粘膜生検は4.70(2.60-8.50),低危険手技は8.35(3.32-20.9),高危険手技は26.0(15.7-20.9)であった(Table 4).

Table 4 

手技別による偶発症頻度.

4)臓器における出血頻度

小腸や胆膵の偶発症頻度が高いが,これは小腸の検査数が少ないことと,胆膵では観察や生検の割合が少ないことが影響しており,手技別に見ると特に臓器によって偶発症頻度が高いものはなかった(Table 5).

Table 5 

臓器別による偶発症頻度.

5)抗血栓薬内服の有無による出血頻度

各臓器においても,抗血栓薬服用者での出血が非血栓薬内服者より有意に高かった(Table 6).各手技ごとにおいても,抗血栓薬服用者での出血が非血栓薬内服者より有意に高かった(Table 7).すなわち抗血栓薬服用者はどのような手技においても,非内服者と比べ出血リスクは高かった.

Table 6 

抗血栓薬服用の有無による臓器別出血頻度.

Table 7 

抗血栓薬服用の有無による手技別出血頻度.

6)服用している抗血栓薬の数による偶発症頻度

抗血栓薬を単剤服用者よりも2剤以上の服用者の方が有意に偶発症の頻度は高かった(P=0.040)(Table 8).

Table 8 

抗血栓薬の内服数による偶発症頻度.

7)抗血栓薬服用者における抗血栓薬の事前休薬と継続での出血頻度

抗血栓薬服用者のうち,抗血栓薬の事前の休薬をしなかった抗血栓薬継続者と,事前休薬を施行した抗血栓薬休薬者の間にはどの手技においても有意な出血の差を認めなかった(Table 9).高危険手技で,なおかつ抗血栓薬休薬者での出血率が高くなっているが,これは出血の高リスク者には抗血栓薬の休薬をして内視鏡治療を施行した者が多かったためと考えられる.すなわち観察研究であるのでバイアスが存在していると考えられる.

Table 9 

抗血栓薬の休薬の有無による出血頻度.

8)発症した血栓症

偶発症としての血栓症発症は,抗血栓薬非服用者で3件,抗血栓薬服用者で8件であった.抗血栓薬服用者8件中の6件(75%)はガイドラインを逸脱して長期に抗血栓薬が休薬された例であり,ガイドライン遵守からは2例の発症であった.ガイドライン逸脱例はワルファリンの休薬期間が1週間以上となった3例,チエノピリジンを7日間以上休薬した3例(1例はシロスタゾールとの併用)であった.

Ⅳ 結  語

今回の多施設共同前向き観察研究の偶発症頻度は0.63%であり,これまで5年ごとに後方視的に行われた偶発症全国調査の成績とかなりの乖離が見られ,今後は偶発症調査の方法論についての検討が必要である.内視鏡検査・治療に伴う消化管出血リスクは,抗血栓薬服用者において非服用者に比べて高く,抗血栓薬服用者に対する注意が必要である.一方,抗血栓薬の事前休薬は出血リスクに影響を与えなかった.また,血栓症発症の75%はガイドラインを逸脱して休薬が長期化した例であった.これらの結果から,「抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡診療ガイドライン」の妥当性が示された.

謝 辞

本研究にご協力を頂いた日本消化器内視鏡学会指導施設ならびに分担研究者に深く感謝申し上げます.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:加藤元嗣(武田薬品工業,大塚製薬,エーザイ,アストラゼネカ,第一三共,アボットジャパン),古田隆久(武田薬品工業,大塚製薬),鶴田 修(アストラゼネカ,第一三共)

 
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