日本消化器内視鏡学会雑誌
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総説
Helicobacter pylori除菌後の胃がん
伊藤 公訓 小刀 崇弘保田 智之木曽 まり子益田 和彦畑 幸作田中 信治茶山 一彰
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2018 年 60 巻 1 号 p. 5-13

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要旨

除菌後に発見される胃がんのほとんどは,除菌前のピロリ感染胃粘膜を母地として発生し,除菌治療により二次的修飾を受けた病変である.分化型がんにおける最も典型的な内視鏡像は,発赤した表面陥凹型病変であり,組織学的には腫瘍表層に低異型度な円柱上皮が出現することが特徴である.これらの特性により,除菌後胃がんの内視鏡的存在診断は困難な場合があり,粘膜下浸潤がんとして発見される例も稀ではない.除菌後胃がんを正確に診断することは極めて重要であり,その臨床的重要性は急速に増大している.内視鏡診断医は,除菌後胃がんの特性を正しく理解し検査に臨む必要がある.

Ⅰ はじめに

2013年2月,ヘリコバクター・ピロリ(Hp)感染胃炎が保険診療対象疾患となり,わが国は「国民皆除菌」時代に突入した.本邦でのHp除菌治療件数は年間約150万件とされており,2013年以降,わが国の胃がん死亡者数は徐々に減少傾向にある 1.胃がんが好発する60歳代以上において,Hp感染率は依然として高率であり,実臨床での主な除菌対象となっている.その結果,この年齢層においては,「Hp感染患者」から「Hp除菌後症例」への急速なシフトが起こっている.

わが国で内視鏡診療が普及し,胃がんの形態診断学が確立したころ,胃がん症例のほとんどはヘリコバクター・ピロリ感染例であった.胃がん病巣の周囲にはHp感染胃炎粘膜があり,胃がん組織との形態学的差異を形成していた.ところが,Hp除菌治療は,胃がん周囲粘膜の炎症を劇的に軽快させるのみならず,胃がん自体の形態にも影響を及ぼすことが明らかとなってきた.

胃がん死亡は減少傾向にあるが,いまだ本邦においては年間約4.5万人の胃がん死亡がある 1),2.これからの胃がん診療においては,除菌後胃がんを適切に診断,治療することが極めて重要である.本稿ではHp除菌後胃がんについて,その発生,病態について考察し,内視鏡所見,組織所見の特性について論述する.

Ⅱ 除菌後胃がんの発生病態

胃がん発生の主因はHp感染であることに異論の余地はない 3),4.特に,本邦においてはHp未感染胃から胃がんが発生することは,極めて稀であるため 5),6Hp感染を治療すれば胃がん発生は減少し,胃がん死亡が減少することが容易に想定できる.実際,2014年のIARCからの勧告文書では,Hp除菌により胃がん発症を30~40%減少させることができる,と記載されている 7

除菌治療により,胃がん罹患数が減少することも,すでに本邦のRCTにより証明されている 8.最近のLeeらのメタ解析において,除菌治療による胃がん罹患率比は,健常者一次がんで0.62(95% CI:0.49-0.79),二次がんで0.46(95% CI:0.35-0.60)と算出されている 9.Doorakkersらの報告においても,Hp除菌治療による胃がん罹患率比は0.46(95% CI:0.32-0.66)とされており 10,これらの結果は本邦RCTから得られた成績と近似している.

ところで,除菌後に診断された胃がんは,いつ発生したのであろうか?一般に,除菌後胃がん(分化型がん)は,Hp未感染胃に発生した胃がんとは特性が著しく異なり,通常のHp陽性胃がんとの類似点が多い 11.このことは,除菌後胃がんが通常の胃がんと同様にHp感染胃粘膜から発生していることを示唆している.分化型胃がんの自然史を考察した研究 12),13や,occult lesionを検討した報告 14も,すべて上記仮説を支持している.われわれが除菌後に診断する分化型胃がんの多くは,すでに除菌時には存在しており,除菌後に発育進展したものと考えるのが妥当である.

Ⅲ 除菌後胃がんのリスク因子と発生頻度

除菌後に発生する胃がんのリスク因子としては,除菌治療時の体部萎縮が重要である.2015年に開催された京都国際会議において,除菌後胃がんのリスクに関するステートメントが出され 15,リスク評価において木村竹本分類 16),17や血清ペプシノゲン評価 18)~20の有用性が示された.さらに,2015年に改定されたマーストリヒトV・コンセンサスレポートにおいても,萎縮,腸上皮化生の重要性が記載されている(Table 1 21.国内からは,日本ヘリコバクター学会からのガイドラインにおいても,胃がんリスクを有する症例に対する慎重な経過観察の重要性が記載されている 22

Table 1 

除菌後胃がんに関する国際的コンセンサス.

国内からも多数の関連研究が報告されている.Moriらは,除菌後胃がん発生に関して,男性,高度萎縮,除菌前の胃がん多発,が独立した危険因子であると述べている 23.また,高齢 24)~27,萎縮 24),27が,除菌後胃がん発症の危険因子と報告されている 28.注目すべきは,これらの因子は除菌後胃がんに独特なものではなく,非除菌例の胃がん発症リスクと極めて類似している点である 29

従って,除菌治療後に発生する胃がんの頻度に関して,その結果は一律ではない.Kamadaらのコホート研究では,除菌治療後の累積胃がん発見頻度は年率0.2%とされているが 27,胃がん内視鏡治療症例を対象としたMoriらの報告では,除菌後の異時性胃がん発生頻度は29.9/1,000人・年と算出されている 23.一方,比較的若年の消化性潰瘍症例を対象として除菌治療を行ったTakeらのコホート研究では,平均観察期間9.9年で除菌治療後群の胃がん発見頻度は約2%(21/1,030)と報告されている 30.この報告では,未分化型胃がんの発生頻度が高いことも重要な点である.

Ⅳ 除菌治療後に診断された胃腫瘍の内視鏡像

前述のごとく,Hp除菌後に診断された胃がん(分化型)のほとんどは,Hp除菌前に発生し,除菌治療により二次的に修飾されたものである.これまで報告された除菌後胃がんの特性としては,肉眼的に発赤調の表面陥凹型病変が多いことが挙げられる 31),32.この特性は,除菌後早期に発見されたがんのみならず,長期経過中に発見されたがんにおいても同様に認められる 33

発赤調を示す理由としては,除菌後胃粘膜の特徴である「びまん性発赤」が消失するため,胃がん部が相対的に発赤として視認され,存在診断に至ると考えるのが合理的である 34.一方,陥凹性変化が多い理由は,ガストリンによる胃がん増殖シグナルの変化が一因である可能性が報告されている 35

Ⅴ 除菌治療による胃腫瘍の内視鏡的形態変化

1999年,Gotodaらは,30例の胃腺腫症例に除菌治療を行い,7例で縮小,3例で消失したことを報告した 36.われわれも既知の胃腫瘍(胃腺腫,胃がん)症例に除菌治療を行い,除菌成功例の33病変のうち,11病変(33%)で腫瘍の平坦化,不明瞭化を確認した 37.前述のごとく,除菌後発見胃がんに表面陥凹型の頻度が有意に高いことは,この現象をよく反映しているといえる.なお,この形態変化は腺腫で最も顕著であり,分化型腺癌でも類似した変化が認められたが,中分化管状腺癌や低分化腺癌ではこの現象は確認されなかった 37.胃腫瘍の形態変化は,単に除菌治療による画一的な変化ではなく,腫瘍本体の特性に規定される現象であることは重要な点である.

Ⅵ 除菌治療による胃腫瘍の組織学的形態変化

さらに上記検討では,腫瘍組織の最表層部に,腫瘍部と比べ明らかに低異型度の円柱上皮が出現することが確認された 37.2014年の続報において,われわれは胃がん表層部にみられる組織変化に対して「低異型上皮(epithelium with low grade atypia;ELA)」との標記を用いた 38.免疫組織化学的に,ELAは正常胃腺窩上皮類似の粘液発現パターン(MAC5AC陽性)を示し,p53蛋白異常発現や,Ki67陽性細胞はほとんどなく,正常胃腺窩上皮と性状が酷似していた 38

一方,除菌後の胃腫瘍表層には,腫瘍組織内に介在する非腫瘍残存腺管が固有層全層に伸展し,最表層部であたかも「傘をひらく」ように表層部に広がるような構造が見られる 39.この組織像とELAを区別することは容易ではなく,実臨床においては両者を区別する意義は乏しい.Sakaら 40,Horiら 41は,それぞれの論文内で,腫瘍表層部に出現する異型度の低い上皮をnon-neoplastic epithelium(NE)と表現している.さらに,二村らは「非癌上皮」という用語を用いている 42.臨床的に用いる用語としては,「非癌上皮」という用語は平易で実用性が高い.ただし,われわれがELAとしている上皮が,果たして本当に「非腫瘍」であるのか,疑問の余地がある.この上皮の由来は,(1)胃腫瘍組織が除菌治療により再び正常の分化能を取り戻す,いわゆる「再分化」の可能性,(2)腫瘍組織内の正常腺管が表層に進展し,再生異型などの二次的修飾が加わった可能性,このいずれかである.

Dowらは,silencingしたAPC機能を回復させると大腸ポリープが消退することを報告した 43.胃腫瘍細胞において,Hp由来CagAなどの持続的な細胞刺激が腫瘍の増殖進展に関わるとすれば,除菌治療により腫瘍が再分化することも説明できるかもしれない.ただし,Hpが惹起する異常な細胞内シグナルは,発がん過程には関与するものの,腫瘍化した後の持続的細胞増殖刺激には関与していないと考えられている 44.一方で,Hp由来CagAは,がん幹細胞マーカーであるCD44,Lg5などの発現を誘導することが示されている 45),46.さらには,Hp CagAが腫瘍幹細胞に持続的に存在し,持続的異常細胞シグナルを惹起しているとする報告もある 47.最近,Suzukiらは,除菌治療により胃腺腫が完全に消褪する可能性を報告しており 48,除菌治療による胃腫瘍の再分化という命題に対して,新しい理論展開が期待される.

Ⅶ 除菌後胃がんの内視鏡診断と臨床的課題

従来,除菌治療後の胃がん,特に分化型胃がんは通常の胃がんに比べ細胞増殖能が低く,ともすれば予後が良いと考えられてきた 49.ところが,前述の形態学的変化は,除菌治療による腫瘍の視認性低下に繋がる可能性がある.視認性が低下すれば,腫瘍検出能は低下し,腫瘍の「見逃し」に繋がる.Maehataらは,除菌後発見胃がんを通常がんと比較し,粘膜下層浸潤がんの比率が高いことを報告している 50.実臨床では,除菌後に進行がんとして発見される症例もあり,除菌後胃がんの高精度なスクリーニングシステムの確立は,本分野の残された大きな課題と言える.

昨今では胃がん内視鏡診断には,画像強調拡大観察の有用性が認知され,一般臨床にも普及してきたが 51,除菌後胃がんにおける拡大内視鏡診断の困難性を初めて指摘したのはKobayashiらの報告である 52.除菌後胃がん表層に観察される所見を「胃炎類似所見」と表現し,主として非腫瘍上皮の被覆に伴う現象であることを明らかにした.われわれの検討においても,ELA出現程度の高い腫瘍は,除菌後発見までの経過が長く,内視鏡診断が遅延した可能性が示されている 38.実際の除菌後発見胃がんの内視鏡像をFigure 13に示す.

Figure 1 

60歳代,女性.白色光観察(左上)では10mmの発赤陥凹性病変として視認される(矢印で腫瘍部を囲む).NBI観察(右上)では不整な表面微細構造がみられる.ESD標本HE染色像(下)では,腫瘍(高分化管状腺癌)表層部に低異型度の上皮が腫瘍を被覆している.

Figure 2 

60歳代 女性.白色光観察(左上)では15mmの不整形な発赤陥凹性病変として視認される(矢印で腫瘍部を囲む).NBI観察(右上)では,demarcation line(DL)は視認できるものの,表面微細構造は周囲非がん部と類似している部分もある.ESD標本HE染色像(下)では,腫瘍(高分化管状腺癌)表層部にELAが断片的に出現し,腫瘍を被覆している.

Figure 3 

60歳代,男性.白色光観察(左上)では体中部後壁に7mmの不整な発赤陥凹がみられる.NBI観察(右上)ではDL内部に不整な陥凹局面があり,white globe appearance(WGA)がみられる(組織像は右下).ESD標本HE染色像(左下)では,腫瘍(高分化管状腺癌)は粘膜下層に浸潤している(pT1b1(SM 380μm)).

Ⅷ 除菌後胃がんを正確に発見するには

除菌後症例を適正にスクリーニングを行うことは極めて重要であり,そのためには除菌後の胃がん発症リスクを正確に評価する必要がある.最近の報告でも,除菌時の体部萎縮程度や腸上皮化生が重要な因子として報告されているが 53)~56,除菌後に出現する斑状発赤 57や地図状発赤 58が重要とする報告がある.われわれは,除菌後にみられる発赤陥凹に注目し,本病変には潜在がんが高率に存在することを報告している(論文投稿中).

さらには,萎縮の程度に関わらず胃がんは発生することもあり 59,新しい胃がんリスクマーカーの開発は急務と言える.近年DNA異常メチル化に関して大きな研究の進展がみられ,既に除菌後胃がんの発症マーカーとなるDNA候補が特定され 60,多施設前向き研究で臨床化へ向けての追加検討が進行している 61

Ⅸ おわりに

Hp除菌による胃がん発症予防は,本邦から世界に発信しうる極めて重要な情報である.胃がん検診において胃がんリスクを有する症例を効率的かつ正確に特定し,除菌治療に誘導するシステムの構築は,本邦の胃がん診療の骨格となりうるものであり,早急に導入されるべきものである 62.加えて,本稿で述べた除菌後症例に対する有効なスクリーニングシステムの確立が急務である.さらにもう一方の課題は,若年者除菌による胃がん予防システムの確立であろう 63.除菌後レジストリーシステムなどの国家的事業がすすみ,わが国から除菌予防の確固たるエビデンスが発信されることを願う.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:田中信治(エーザイ(株),オリンパス(株),EAファーマ(株),味の素(株),武田薬品工業(株),ヤンセンファーマ(株),ゼリヤ新薬工業(株),味の素製薬,持田製薬(株),大塚製薬(株),アストラゼネカ(株),JIMRO(株),田辺三菱製薬(株),第一三共製薬(株),住友ベークライト(株),財団法人広島県地域保健医療推進機構,旭化成メディカル(株)),茶山一彰(エーザイ(株),武田薬品工業(株),ヤンセンファーマ(株),大塚製薬(株),第一三共製薬(株),田辺三菱製薬(株))

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