2018 年 60 巻 1 号 p. 64-67
われわれは,米国消化器内視鏡学会(ASGE;American Society for Gastrointestinal Endoscopy)が開設運営を行っているIT&T(Institute for Training&Technology)Centerを訪問した.ゆとりのある空間で先進的な設備を備えたトレーニングセンターでは,多彩なプログラムの技術講習が多数開催されていた.わが国に,同様の技能研修システムをそのまま導入する事は困難と思われるが,質の高い内視鏡医療を持続してさらに発展させるために,日本消化器内視鏡学会として取り組むべき課題も多く存在する.
われわれは,2017年5月にシカゴで開催されたDDW2017に先立ち,5月5日に日本消化器内視鏡学会(JGES;Japan Gastroenterological Endoscopy Society)として,シカゴの郊外にある米国消化器内視鏡学会(ASGE;American Society for Gastrointestinal Endoscopy)が開設運営を行っているIT&T(Institute for Training&Technology)Centerを訪問し,施設の視察を行ったので,現在のアメリカにおける内視鏡技術講習の実際について報告する.
ASGEは1941年に発足し,現在まで約70年以上の歴史がある.アメリカの消化器内科関連学会としては1897年創立のAmerican Gastroenterological Association(AGA),1932年創立のAmerican College of Gastroenterology(ACG)に続き3番目に古い.ちなみに日本消化器内視鏡学会は1958年に発足している.現在のASGEの会員数は約15,000人で,そのうち約3,000人が国際会員であり,ブラジル,インド,日本などの国際会員が多い.なお,JGESの会員数は33,400人余りであり,国際会員は約150名に過ぎない.
ASGEの会長は1年ごとの交代制で,本年5月からはHouston Methodist Gastroenterology Associates のDr. Karen L. Woodsが就任している.会長任期が1年と短いことで,長期的な学会運営への悪影響が懸念されるが,組織運営は現会長と次期会長を含むofficers(幹部)と,前会長と前々会長を含むcouncilors(評議員)により構成されるgoverning board(理事会)が行っており,年に4回governing board meetingを開催することで,組織運営の継続性を維持しているとのことである.
ASGEのスタッフはC-suiteと呼ばれる5名の経営幹部の下に約60名の正職員が在籍している.経営最高責任者をはじめスタッフの9割は女性だが,役職者は男性の割合が高い.ASGEの主な収入源は,会費,登録料,施設使用料,企業や個人からの寄付の4つで,年間予算は約2,000万ドルで,このうちスタッフ60名の人件費が3割程度である.ASGEの活動方針はgoverning boardにより決定されているが,C-suiteも話し合いに加わることができる.ASGEのスタッフはgoverning boardで決まった方針,目標,注力分野等の実現に向け実務分野を担当している.
IT&T CenterはASGEが2003年に独自に開設した内視鏡トレーニングセンターであり,消化器関連の学会が直接運営する世界で初めての技能研修を行うための施設である.当初はASGE officeから車でおよそ5分の場所にあり,座学に加え,内視鏡のコンピュータシミュレーションや臨床で実際使用可能な器具を使用した豚の切除胃を用いたハンズオン研修などを行うため,内視鏡光源が9台,カプセル内視鏡ワークステーションが2台,そして内視鏡コンピュータシミュレーターが1台常設されていた.開設から米国全土から集まった多くの医師がIT&T centerでのトレーニングを受けてきた.しかし,トレーニングプログラム参加者の増加や,内視鏡手技の高度化に十分対応できなくなったこと,また周囲に宿泊施設がなく参加者が限定されていたことなどの問題点があった.そのため,2013年にシカゴのダウナーズグローブ郊外にある保護林の近くに,3.5エーカーの広大な敷地に新たな施設として建設された.シカゴのダウンタウンやオヘア空港とミッドウエイ空港からともに車で30分ほどのアクセスのよい場所で,隣接して宿泊施設やショップやレストランがあり,参加者の利便性が以前より格段に向上している(Figure 1).
IT&T(Institute for Training&Technology)Center.
IT&T CenterにはBioskillラボ,105席の講堂,大小の会議室があり,それぞれに先進的な放送設備を備えている.講堂,大小の会議室とBioskillラボでは双方向性の放送設備によりライブ配信が可能となっている(Figure 2).
講堂.
2,800ft2(約260m2)のBioskillラボには16ステーションがあり,アニマルモデルやカタバーを使用した技能実習を行うことができる.そのうち2つのティーチングステーションではTVカメラで各ステーションや会議室に画像を配信できるようになっている(Figure 3).隣接して死体や動物臓器の冷凍庫があり,見学した際には,翌日行われるDDWハンズオンセミナーのための臓器のプレパレーションがASGEスタッフにより行われていた(Figure 4).
Bioskillラボ.
ASGEスタッフによる臓器のプレパレーション.
ロビーの大きな窓からは湖を望む事ができ,パーティーなども開催される.アウトドアテラスでは照明や音響設備のほか,バーべキューなども可能な炉が備えられていた(Figure 5).センター入り口のブロックやベンチなど至る所に寄付を行った個人や企業名が記されており,米国の寄付文化を実感した.特に多額の寄付を行った企業の名前は会議室のメモリアルネームとなっていた(Figure 6).
アウトドアテラス.
寄付のプレート.
ASGEの企画するハンズオンコースは年間約30回にのぼり,そのうち約20回はIT&Tで,残りはDDW等で行われている(Figure 7).また,JGESとのジョイント企画として“ASGE-JGES Master Course in ESD with Optional POEM Add-on”が1年に1回開催されている.コース終了後,受講者には受講証が発行される.ハンズオン以外のコースについては,IT&Tで受講しても,e-learningで受講しても同じクレジット(CME)が獲得できる.IT&Tのハンズオンコース受講者はほぼ国内在住で,海外からの参加者は年間30人程度である.ハンズオンコースの参加費はESDやPOEMを行う3日間のアドバンスコースでは4,000ドル前後であり,わが国のハンズオンに比してずいぶん高額な印象である.しかし,人件費や材料費,施設の維持費を考慮すると妥当な金額であるとのことであった.IT&Tはその他に年間30回ほど企業のセミナー等に貸し出され,使用料は週末で1万ドル,平日で8,500ドル程度に設定されていた.
DDW2017でのHands on Course.
米国には,学会が運営する内視鏡専門医制度はなく,ASGEの会員数は約15,000名と約33,400名のJGESと比較するとかなり少ない.また,JGESの専門医数は約17,800名でASGEの総会員数よりも多い.消化器内視鏡医療に対する国民のニーズの増加とともに,要求水準の高度化が進んでいるわが国の状況で,多様な背景を持つJGES会員にとって,質の高い安全な内視鏡医療を提供し続けることが可能となる充実した技能研修が必須である.
JGESでは年2回の総会の開催と,全国10カ所における地方会の開催,機関誌発行の他に,セミナーの開催(学会セミナー,重点卒後教育セミナー,各支部における支部セミナー),全国各地の指導施設等にてライブセミナーやハンズオンセミナーの開催など,会員の生涯学習の機会を提供しているが,会員のニーズに十分には応えられている状況ではない.JGESがIT&T Centerと同様の充実した技能研修システムを導入し維持運営する事は,財政的にもマンパワーの観点からも当面は困難であると思われる.一方,JGESでは内視鏡医の卒後教育研修用の資料として,内視鏡医の手技のほか,治療,診断などを分かりやすく紹介した内視鏡ビデオライブラリーを会員に無料配信し,常に最新の内容となるように随時更新を行っている.さらにセミナーの充実やe-learningの導入など,会員の利便性の向上とスキルアップのための方策を検討している.
消化器内視鏡医としてのプロフェッショナリズムの涵養と知識やスキルの維持と向上を目指して,JGESとして多くの課題に対して積極的に取り組んでいくことが肝要である.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし