日本消化器内視鏡学会雑誌
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ヘリコバクターピロリ除菌治療後のプロトンポンプ阻害剤の長期投与における胃癌発症への影響
杉本 光繁
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2018 年 60 巻 10 号 p. 2345

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【目的】プロトンポンプ阻害剤(PPI)の長期投与によって,ヘリコバクターピロリ菌(HP)感染者において胃粘膜萎縮が進行することが報告されている.われわれは,HP除菌治療を受けた既感染者におけるPPI長期使用の胃癌発症に与える影響を明らかにするために本検討を行った.

【デザイン】この検討は,2003年から2012年までの間にクラリスロマイシンを使用した3剤除菌治療を行った外来患者を対象として,香港の健康データベースを使用して行われた.このレジメンで除菌できなかった症例,除菌治療後12カ月以内に胃癌の診断がされた症例,除菌治療後に胃潰瘍を発症した症例は除外した.また,胃癌が診断された半年以内にPPIやヒスタミン受容体拮抗薬(H2RA)が開始された患者はバイアスを考慮して除外した.われわれはプロペンシティスコアを利用したCOXハザードモデルを使用してPPI内服による胃癌発症リスクを評価した.

【結果】63,397人の対象者の中で153人(0.24%)が平均7.6年の観察期間中に胃癌が発症した.PPIの使用で胃癌発症のリスクが2.44(95%CI:1.42-4.20)倍に有意に増加したが,H2RAの使用時は0.72(1.48-1.07)とリスクの増加は認めなかった.また,胃癌発症のリスクはPPIの投与期間と正の相関を示し,投与期間の延長に伴いリスクが増加した[PPI内服1年:5.04(95% CI:1.23-20.61),2年内服:6.65(1.62-27.26),3年内服:8.34(2.02-34.41)].PPIの非内服者と内服者の10,000人年あたりの胃癌発症リスクの差は,4.29(95%CI:1.25-9.54)であった.

【結論】長期間のPPIの使用は,HP除菌治療後にもかかわらず,胃癌発症リスクを増加する可能性があり,使用する際には注意を要する.

《解説》

HP除菌治療による胃発癌抑制効果が示され,萎縮性胃炎症例の30%前後,異時性胃癌の50-70%の胃癌発症リスクの軽減に寄与することが示されている.このことは,除菌治療が胃発癌予防効果を発揮するものの,完全にリスクを消失させるものではないため,継続続的に内視鏡検査を行うことで胃癌の早期発見に努める必要があるということも同時に示している.近年,PPIを含めた酸分泌抑制薬の長期使用により腸管感染症や肺炎,骨折,心筋梗塞などの全身疾患の発症の危険性を増加させる懸念が示されている.既報では,HP陽性者におけるPPIの長期投与が胃粘膜萎縮の進行や高ガストリン血症を引き起こし,胃発癌のリスクが増加する可能性が報告されている.しかし,本邦ではHP陽性者に対して保険診療内で除菌治療が可能であることから,倫理的な観点からも除菌治療を行わないといった選択肢はない.本論文は,PPIの長期投与における除菌治療後の既感染例に対する胃発癌への影響を調査したものである.香港の健康データベースの検討では,PPIの長期投与は除菌治療後例であっても胃癌発症リスクを2.4倍増加させ,更に発症のリスクが投与期間と有意な相関を示すとした驚くべき結果であった.著者らはHP除菌後であってもPPIの長期使用に注意をするべきであると警告しているが,本検討ではPPI非服用者と比較してPPI使用者に喫煙者が多く,年齢が10歳以上高いこと,胃癌の危険因子である胃粘膜萎縮や腸上皮化生のデータがないこと,PPIは消化性潰瘍などの胃癌発症のリスクが高い症例で内服されることなど,両群間で選択バイアスが存在している可能性がある.今後,PPI長期投与によりHP除菌後であっても本当に胃粘膜萎縮が進行するか否かについて解明する必要があり,仮に本仮説が正しい場合にはPPIよりも強い酸分泌抑制効果を示すボノプラザンの長期使用で胃癌発症のリスクが一層増す可能性も考えられ,酸分泌抑制を巡る分野においても解決すべき問題は多い.

文 献
 
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