2018 年 60 巻 3 号 p. 237-242
症例は87歳の女性.大腸内視鏡検査にて潰瘍性大腸炎が疑われ,プレドニゾロン40mg/dayの投与が開始され,1週間後より大量の暗赤色便を繰り返すようになった.上部消化管内視鏡検査にて,胃十二指腸粘膜は粗造で浮腫状,広範囲に白苔を伴い,極めて易出血性であった.胃十二指腸からの生検病理組織にて多数の線虫様虫体を認め,便検査にて多量の糞線虫を確認し,糞線虫症と診断した.イベルメクチン9mg/dayの2週間連日投与を行い,全身状態は改善を認めた.免疫抑制療法に伴う消化管出血では,腸管寄生虫症は留意されるべき病態と考える.特に,広範囲の粘膜表層に炎症を認めた場合は,粘膜生検が寄生虫疾患の診断に有用である.
糞線虫は熱帯・亜熱帯に分布し,本邦では沖縄・奄美地方に広くみられる腸管内寄生虫である.土壌より経皮的に感染し,上部消化管(十二指腸・上部小腸)に寄生するが,自家感染という特有の感染経路を有し,数十年にわたり感染が持続する例があることが報告されている 1).保虫者は無症状であることが多いが,免疫低下時には虫体の量が爆発的に増え,過剰感染状態や播種性糞線虫症といった重篤な病態に陥ることがある 2).しかし,虫体が肉眼的に観察困難で,浸淫地以外では稀な寄生虫であるため,確定診断が困難である場合も多い 1),3),4).
今回われわれは,免疫抑制療法後に消化管出血を呈し,上部消化管内視鏡検査が診断の契機となった重症糞線虫症を報告する.
患者:87歳,女性.
主訴:消化管出血.
既往歴:気管支喘息(幼児期より),好酸球性肺炎(2004年),好酸球増多症(発症時期不明),慢性腎不全,慢性心不全.
家族歴:特記事項なし.
生活歴:香川県で出生,香川県在住.
旅行歴:1972年 沖縄,1972~78年 香港・マカオ(計3回),1995年 フランス・イギリス・イタリア.
服用薬剤:プレドニゾロン5mg/day(気管支喘息,好酸球増多症に対して少なくとも10年以上継続服用している),フロセミド,プランルカスト,喘息治療用吸入薬など.
現病歴:2016年5月,体重減少・嘔吐を認め,前医を受診した.大腸内視鏡検査にて,全大腸に多発する打ち抜き様潰瘍を認め,サイトメガロウイルス(Cytomegalovirus:CMV)腸炎を併発した潰瘍性大腸炎と診断され,プレドニゾロン40mg/dayとガンシクロビル125mg/dayの投与が開始された.1週間後より,大量の暗赤色便を繰り返すようになり全身状態が悪化した.上部消化管内視鏡検査および大腸内視鏡検査で出血源は明らかでなく,小腸出血が疑われ,当院に緊急転院となった.
入院時身体所見:血圧120/70mmHg,脈拍70回/分,体温36.7℃,眼瞼結膜に貧血あり,両肺野に喘鳴を聴取,腹部は平坦・軟で右側腹部を中心に全体に軽度の圧痛を認めた.直腸診にて腫瘤を触知せず,暗赤色の便の付着を認めた.低栄養と著明な全身浮腫,著しい日常生活動作の低下を認めた.
臨床検査成績(Table 1):貧血と低蛋白血症,炎症反応上昇,腎機能低下を認めた.血清IgEは2,000IU/mlと高値であった.CMVアンチゲネミア法にて陽性細胞を1/50,000個認めた.抗CMV-IgM・IgG抗体はいずれも陽性であった.
臨床検査成績.貧血と低蛋白血症,炎症反応上昇,腎機能低下を認めた.
前医にて施行のステロイド投与前の大腸内視鏡検査(Figure 1):全大腸に多発する打ち抜き様潰瘍を認めた.暗赤色便を認めた時点の大腸内視鏡検査では潰瘍は改善しており,出血源となる病変は大腸には認めなかった.生検病理組織の免疫組織化学染色ではCMV陽性細胞を少数認めたが,潰瘍性大腸炎を示唆する所見は認めなかった.
前医にて施行のステロイド投与前の大腸内視鏡検査.全大腸に多発する打ち抜き様潰瘍を認める.
上部消化管内視鏡検査(Figure 2):胃粘膜は粗造で浮腫状,広範囲に白苔を伴い,極めて易出血性であった.拡大狭帯域光観察(Narrow Band Imaging:NBI)では,高度の炎症によると思われる大小不同な腺管と血管の増生を認めた.十二指腸粘膜も浮腫状で粗造であり,絨毛の萎縮,白色絨毛を認め,易出血性であった.
上部消化管内視鏡検査.
a,b:胃.粘膜は粗造で浮腫状,広範囲に白苔を伴い,極めて易出血性である.
c:胃前庭部前壁の拡大NBI観察.
d:十二指腸球部.粘膜は粗造で浮腫状であり,絨毛の萎縮,白色絨毛を認める.
生検病理組織(Figure 3):胃粘膜の白苔部分および拡大観察で大小不同な腺管を認める粗造な部分,十二指腸の白色絨毛部より生検を施行し,そのすべてに線虫様虫体を認めた.
生検標本・胃十二指腸.腺管内に多数の線虫様虫体を認める.
小腸病変の検索のため,小腸カプセル内視鏡を施行したが,胃内での停滞時間が長く,小腸の十分な観察はできなかった.
糞便検査(電子動画1):糞便から盛んに運動する多量の線虫が確認された.虫体の体長×体幅は320×18μmで,線虫類のラブジチス型幼虫と考えられた.虫体鑑別のため糞便1.5gを寒天平板培地シャーレの中央に置き,室温(27℃)で培養を行った.
電子動画1
寒天平板培地法による培養(2日目):這痕を伴って運動する多量の線虫が確認された.虫体の体長×体幅は450×14μmで培養開始時に認められた虫体よりも細長く,尾側にはV字型の切れ込み様断端が認められたことから,糞線虫のフィラリア型幼虫と判断した(Figure 4).
寒天平板培地法による培養,2日目.虫体の体長×体幅は450×14μmで,培養開始時に認められた虫体よりも細長く,尾側にはV字型の切れ込み様断端を認め,糞線虫のフィラリア型幼虫と判断される.
以上より,上部消化管内視鏡生検で認めた線虫様虫体は,糞線虫の成虫および幼虫虫体と診断した.
入院後経過:便検査(直接塗抹法)にて多量の線虫が確認されたため,糞線虫の過剰感染状態と判断し,イベルメクチン9mg/dayの2週間連日投与による駆虫療法を開始した.プレドニゾロンは前医で10mgまで漸減されており,当院でも漸減しイベルメクチン投与中に終了とした.ガンシクロビルはイベルメクチン投与前に終了し,終了後にCMVアンチゲネミア陰性を確認した.駆虫開始後からは出血の兆候を認めず,全身状態は改善を認めた.駆虫開始後day 7,10,13,28に施行した寒天平板培地法による培養はすべて陰性であった.喘息発作は認めなくなった.イベルメクチン投与終了の2週間後に退院となった.退院前の上部消化管内視鏡検査では,白苔は消失し,易出血性も認めず,粘膜の状態は著明に改善していた.大腸内視鏡検査は,患者の同意が得られず治療後は施行していない.
糞線虫Strongyloides stercoralisは,熱帯・亜熱帯に広く分布し,国内では沖縄・奄美地方が浸淫地であり,報告例の大部分はこの地域の出身者である.本症例は浸淫地の居住歴はなく,1972年に沖縄への1週間の旅行歴を認めるのみであった.浸淫地への旅行歴のみの感染例は極めて稀と考えられる.糞線虫は,フィラリア型(感染型)幼虫が土壌より経皮的に感染し,血管もしくはリンパ管に侵入し心臓を経由し,肺に到達する.肺胞壁の毛細血管を破り気管支内に侵入し,咽頭を経由し,胃・十二指腸に到達し,十二指腸から上部小腸に寄生する.十二指腸・上部小腸で産卵された虫卵は孵化後,ラブジチス型幼虫となり,通常は便とともに排出され感染は終了する.または,宿主の腸管内でラブジチス型幼虫からフィラリア型幼虫となり,腸管壁や肛門周囲の皮膚から侵入し自家感染する 5).この自家感染により,何十年もの間感染が持続した状態となりうる.
健康保虫者は無症状のことが多いが,軽微な消化器症状や喘息を認める場合もある.虫体数が増え重篤な症状を呈すると過剰感染状態と呼ばれ,さらに自家感染経路以外の部位から幼虫を認める場合は播種性糞線虫症と呼ぶ.両者を重症糞線虫症とすることが一般的であり,本症例も重症糞線虫症と判断した.過剰感染状態では,吸収不良による低栄養・浮腫や麻痺性イレウス,消化管出血を呈する場合もある 1),3),4).出血は寄生部位である十二指腸・上部小腸からのものと報告されている 1),3),4).その中でも出口らの報告では,上部消化管内視鏡検査では十二指腸粘膜は正常であり出血部位が特定できなかったが,手術所見としてTreitz靭帯より15cmの部位より肛門側150cmにかけての腸管のみ著明な浮腫を認め,この部位以下に血液が充満していたと報告している 3).本症例では出血部位は特定できなかったが,易出血性の胃・十二指腸や観察し得なった上部小腸からの大量出血が暗赤色便として排出されたと考える.
重症糞線虫症患者の上部消化管視鏡検査所見としては,胃前庭部から十二指腸にかけての粘膜浮腫,びらん,易出血性,不整潰瘍,偽ポリープ,びまん性白苔,十二指腸の白色絨毛,絨毛の腫大,太鼓ばち様変化などが報告されており 1),3),4),6)~8),本症例では,胃・十二指腸粘膜に浮腫や易出血性,広範な白苔を認めた.通常の急性胃粘膜病変で認められるような地図状潰瘍や血管性病変に認められる正常粘膜の介在などは認めなかった.NBI拡大観察像は粘膜表層におけるびまん性の高度の炎症を反映する所見と思われた.Helicobacter pylori初感染による急性胃粘膜病変に類似する広範な表層での炎症を生ずる病態と考え,胃・十二指腸からの生検を施行した.
重症糞線虫症患者の上部消化管内視鏡検査において,有所見部位からの生検での虫体陽性率は68%と報告されている 9).一方,無症状または軽症例では,十二指腸に所見を認め,生検で虫体陽性となったものは5.1%であったと報告されている 10).
大腸内視鏡検査所見としては,右側結腸優位のアフタ様病変,黄白色の隆起,発赤,びらんなどが報告されている 11)~13).重症例での回腸,大腸からの虫体陽性率はそれぞれ60%,29%と報告されており,上部の陽性率と比べるとやや劣る 9).これは,大腸粘膜内のラブジチス型幼虫は上部消化管に寄生する成虫に比べて極めて微小であること,大腸は十二指腸に比べて虫体数が少ないことなどが原因として考えられる.本症例では,診断確定後,前医ならびに当院での大腸生検組織を再検討したが明らかな虫体は確認できなかった.
本症の診断は,糞便中の虫体の証明による.フィラリア型幼虫は形態学的な特徴を有し診断上重要であり,本症例では生検で線虫虫体を認めた後,普通寒天培地法による培養でラブジチス型幼虫からフィラリア型幼虫を得て診断した.また,検出感度においても普通寒天平板培地法が最も優れており,直接塗抹法や集卵法などの他法と比べて数倍の感度がある 14).1回の便検査では偽陰性となる可能性があり,便検査は3回の施行が望ましいとされており 2),3回の便検査での累積検出率は84.8%と報告されている 15).また,ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)との重複感染が多いことが報告されている.本症例ではHTLV-1陰性であった.
治療は,イベルメクチンが第一選択である.投与方法に関しては明確な基準はないが,200μg/kg/dayを朝食1時間前に1回服用,2週間後に再度同量を服用する2回投与を原則とする.重症の場合は,投与期間延長や,連日投与を試みる.駆虫率は98%と高率である 14),16).
本症例は1972年に沖縄を訪れた際に糞線虫に感染し,以後数十年にわたり感染が持続した状態となっていたと考えられる.喘息や好酸球増多症といった既往症の発症時期は明らかではないが,2004年に好酸球性肺炎の既往があり,以降10年以上の間,好酸球増多(好酸球15%程度まで)と難治性喘息に対して他院でプレドニゾロン5mg/dayを継続処方されていた.糞線虫症では幼虫が肺を通過する際に,アレルギー性の炎症が起こり喘息様の症状を生じることが知られており(Löffler症候群),糞線虫の自家感染が難治性喘息の一因となった可能性が考えられる.
本症例は前医の大腸内視鏡検査にて潰瘍性大腸炎が疑われ,大量のステロイドとガンシクロビルが投与され,その後に消化管出血を生じている.出血後の大腸内視鏡検査では潰瘍は著明に改善しており,大腸からの出血は否定的である.大腸病変は,形態とガンシクロビルの治療効果よりCMV腸炎と考える.ステロイドの大量投与により免疫抑制状態となり,糞線虫の過剰感染状態に陥り,上部消化管より消化管出血を呈したと考える.
重症糞線虫症の診断には上部消化管内視鏡検査が有用であり,早期診断・治療で救命可能な疾患である.消化管出血の精査目的の上部消化管内視鏡検査において,通常の急性胃粘膜病変では説明困難な広範囲の粘膜表層の炎症所見や出血所見を認めた場合は,本症例のような寄生虫疾患の可能性もあり,積極的な生検が望ましいと考える.また,免疫抑制療法に伴う消化管出血では,腸管寄生虫症は留意されるべき病態と考える.
上部消化管内視鏡検査が診断の契機となり,駆虫療法により救命し得た重症糞線虫症の一例を経験した.免疫抑制下での消化管出血では,腸管寄生虫症も鑑別に挙げることが必要と思われた.
本論文の要旨は第117回日本消化器内視鏡学会四国支部例会(2016年12月10日・11日,愛媛)にて発表した.
本論文の作成にあたり,ご指導いただきました香川大学医学部国際医動物学講座新井明治准教授に深謝いたします.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし