判例データベースで検索可能で,かつ,判決文が入手可能な上部消化管内視鏡・X線検査が関係した民事訴訟事例は,13事例(内視鏡検査関連9事例およびX線検査関連4事例)認められた.内視鏡検査が関係した9事例の内訳は,前処置後のショックが関係したものが4事例,胃癌の見落としおよび生検後の大量出血に関係したものがそれぞれ2事例,鎮静後の交通事故に関係したものが1事例であった.X線検査が関係した4事例の内訳は,胃癌の見落としとバリウムによる腸管穿孔に関係したものがそれぞれ2事例であった.5事例で医療機関側が勝訴しており,患者に悪い結果が生じたからといって,必ずしも医療機関側の責任とされてはいなかった.医療機関側の責任が認められるためには,3つの要件(患者側の損害,医療機関側の過失,因果関係)が揃う必要がある.事故時には,速やかに上記3要件について検討し,患者側に対する医療機関側の態度を決定する必要がある.
上部消化管内視鏡検査は,診療のみならず,胃がん検診においても多く実施される時代となり,医療において,ますます重要な位置を占めるようになってきている 1).しかし,内視鏡検査は,頻度は低いものの重篤な偶発症が認められることから,より慎重な偶発症対策が求められている 2),3).
さて,訴訟は患者側とのトラブルの最たるものといえよう.実際にどのような事例が訴訟に至り,また,裁判所はどのように判断しているのかは,上部消化管内視鏡・X線検査業務に従事する者にとって,非常に興味あるところであろう.そこで,これまでの上部消化管内視鏡・X線検査が関係した民事訴訟事例を検索し,事故の概要,裁判所の判断等について検討したので,報告する.
上部消化管内視鏡・X線検査が関係した民事訴訟事例を,判例データベースWestlaw Japanを用いて検索した.検索用語には,「胃」,「内視鏡」,「X線」,「バリウム」を用いた.平成元年1月から平成29年6月末までに判決が出され,検索可能,かつ,判決文が入手可能な事例を対象とした.判決文から,裁判所名,判決日,事故の概要,患者側の主な訴え,裁判所の判断について抽出した.なお,控訴事例に関しては,原審とあわせて1事例とした.
検索にて,406件認められた.それらの事例の概要を検討し,医療従事者の責任が問題となっていなかった338件,消化管癌の外科手術が関係した34件,大腸・胆膵内視鏡が関係した11件,内視鏡治療が関係した4件,便潜血検査・注腸造影検査が関係した3件,上部消化管内視鏡およびX線検査が関係しているが判決が入手不可能な3件を除外し,最終的に該当する13事例の判決文を入手した.それらは,内視鏡検査が関係した9事例 4)〜12)とX線検査が関係した4事例 13)〜16)であった.
内視鏡検査が関係した事故事例の内訳事故の概要をみてみると,内視鏡検査が関係した9事例の内訳は,前処置後のショックが関係したものが4事例,胃癌の見落としが関係したもの,および,生検後の出血に関係したものがそれぞれ2事例,鎮静後の交通事故が関係したものが1事例であった(Table 1).
胃内視鏡検査が関係した民事訴訟事例.
1)前処置後のショック
前処置後のショックが関係した4事例の患者は全員死亡していた.3事例はアナフィラキシーショック,1事例はキシロカイン中毒と考えられた.事例3は,4回目の上部消化管内視鏡でアナフィラキシーショックを生じ,死亡したものであるが,医療機関側の責任は否定されていた.その理由として,過去3回の上部消化管内視鏡検査が問題なく実施されており,アナフィラキシーショックの予見は不可能であったこと,また,救命処置が適切に行われていたことが挙げられていた.他の3事例のうち2事例は救命処置が不十分であったこと,残りの1事例は既往歴,アレルギー歴の問診が不十分で鎮静薬投与が必要不可欠ではないこと等の説明もなされていなかったことを理由に,医療機関側の責任が認められていた.
2)胃癌の見落とし
胃癌の見落としが関係した事例のうち,事例7は,食物残渣が多く観察が不十分であったにもかかわらず,担当医師は慢性胃炎と診断し,患者に心配はいらないと説明,再検査がなされていなかったものであった.患者はスキルス胃癌であり,約3カ月後に胃癌と診断され,その後,死亡した.最高裁まで争われ,再検査を行わなかった担当医師に過失が認められた.もう1事例(事例8)は,上部消化管内視鏡の2.5年後に進行胃癌・多発肝転移と診断されたものであった.上部消化管内視鏡の際には慢性胃炎と多発する胃過形成性ポリープが認められたが,胃癌の所見は認められなかったとして,担当医師の過失は否定された.
3)生検後の大量出血
生検後の大量出血が関係した事例1では,手技上の問題はなかったと判断されていた.もう1事例(事例4)の患者は,抗血小板薬であるパナルジン®を内服中であった.この事例では,裁判所は,生検はパナルジン®服用中止後に行うか,可能であれば,血管に届かない粘膜筋板の浅い組織までの採取にとどめるべきであったとして,担当医師の過失を認めた.
X線検査が関係した事故事例の内訳X線検査が関係した4事例の内訳は,胃癌の見落としとバリウムによる腸管穿孔がそれぞれ2事例ずつであった(Table 2).
胃X線検査が関係した民事訴訟事例.
1)胃癌の見落とし
胃癌の見落としが関係した事例10では,そのX線画像を5名の専門医が鑑定し,意見が分かれたものであった.4名は異常があると判断したものの,実際に進行胃癌があった部位に異常所見を指摘した者は2名のみであり,1名は全く異常なしと判断した.そのため,裁判所は,胃に異常所見があることを指摘することは,その医療水準に照らし著しく困難であったとして,読影医師の過失を否定した.
2)バリウムによる腸管穿孔
バリウムによる腸管穿孔が関係した2事例において,1事例は医療機関側の責任が肯定され,もう1事例では医療機関側の責任が否定されていた.医療機関側の責任が肯定された事例12では,検査終了後に下剤が投与されず,水分摂取の指示がなされていなかったのに対し,医療機関側の責任が否定された事例13では,担当看護師が冊子を用いて,腸管穿孔等の危険性があること,下剤を多量の水とともに服用すること,バリウム便が排出されない場合などではただちに医療機関を受診することなどについて説明していた.
上部消化管内視鏡・X線検査が関係した民事訴訟事例が全部で13例と多くないのは,すべての訴訟事例が判例データベースに掲載されるわけではなく,法律家にとって意味のある事例のみが掲載されること,また,多くの場合,訴訟以外の方法,すなわち,示談や和解で解決がなされていることが理由として考えられる.そのため,データベースに掲載されている事例は,まさに医事紛争の氷山の一角と言えるが,掲載されている事例を見てみると,私たち上部消化管内視鏡・X線検査業務に従事する者にとって,大変興味深い事例である.偶発症対策を考えるとき,訴訟事例はケーススタディのよい素材となると考えられる 17).
上部消化管内視鏡が関係した事例1)前処置後のショック
上部消化管内視鏡が関係した事例の中では,前処置後のショックが関係したものがもっとも多かった.日本消化器内視鏡学会による偶発症の全国調査 18)でも,前処置でもっとも多い偶発症はショックである.ショックはいつ発生するか分からないため,ショック発生時に即時に対応できる体制を整えておくことが重要である.特に事例9では,救命措置のための救急カート等を内視鏡室に配備しておかなかったことが過失と認定されている.救急薬品・機材を内視鏡室に配備するとともに,定期的な点検を行う必要がある.
2)胃癌の見落とし
次に多かったのが,胃癌の見落としが関係したものと生検後の大量出血が関係したものであった.胃癌の見落としがあったと疑われると医事紛争に至りやすいことは容易に想像できるであろう.著者らは,以前,消化器内科領域の医療訴訟における患者の主な訴えの内容について検討したが,もっとも多かったのは,やはり,診断の遅れ,そして,その多くは癌の診断の遅れであった 19).事例7は教訓的と言える事例である.検査が不十分な場合には,憶測による説明は控え,検査が不十分であったという事実を説明し,再検査を勧めるべきであろう.また,慢性胃炎と多発する胃過形成性ポリープを認めた事例8では,担当医師はその後の内視鏡検査を勧めていた.しかし,患者が検査を希望しなかったものである.患者には胃癌を疑わせる自覚症状等はなかったため,裁判所は「さらに強く説得すべき義務まではなかった」と述べている.
3)生検後の大量出血
生検後の大量出血が関係した事例4は,日本消化器内視鏡学会による「抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡診療ガイドライン」 20),および,「抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡診療ガイドライン 直接経口抗凝固薬(DOAC)を含めた抗凝固薬に関する追補2017」 21)の公表前の事例であった.そのため,現在,同じような事例があれば,裁判所の判断は異なるものと思われる.現在のガイドラインは,原則,抗血栓薬は中止せず,継続下で生検は可能とされている.診療ガイドラインは医療水準を決めるための重要な一要素であり,沿っていれば,医療水準に適った適切な医療との推認が働く.この事例の判断は事故当時の医療水準に照らしたものであり,現在,通用するものではない.
X線消化管内視鏡が関係した事例1)胃癌の見落とし
X線検査による胃癌見落とし事例(事例10)は,胃癌見落としの法的責任の判断基準を示したものとして,大変興味深い.裁判所は,鑑定の意見が分かれるものに関しては,異常なしとした担当医師に過失はないと判断している.ここで,もう一つ重要なのは,レトロスペクティブな視点での判断ではなく,その診断時点での判断が正しいかどうかということである.レトロスペクティブに画像を見直すと異常所見に気づくということもあるが,担当医師と同じ状況で画像を読影した場合に,他の医師の診断が一致しているかどうかが重要となる.もし,癌の見落としの可能性があれば,後知恵バイアスをできるだけ排除して,画像を複数の医師で見直し,過失の有無について判断する必要がある.
2)バリウムによる腸管穿孔
バリウムによる腸管穿孔は,日本消化器がん検診学会の全国集計 3)によると,10万件につき0.3件生じると報告されている.訴訟事例の判断を分けているように,緩下剤の投与,水分摂取,バリウム便が排出されない場合の対応などの説明が重要となる.腸管穿孔予防のため,高度の便秘患者等にはX線検査を実施せず,内視鏡検査を勧奨するといったことも重要であろう.
強調したいこと以上,訴訟事例を概観したが,患者に悪い結果が生じたからといって,すべて医療機関側の責任とされるわけではないということを,あらためて,強調したい.医療機関側に損害賠償責任が認められるためには,以下の3つの要件が揃う必要がある 22).1つ目は患者側の損害,2つ目は医療機関側の過失,そして,3つ目は因果関係である.1つ目の患者側の損害というのは患者の死亡や後遺症,外傷といったものである.精神的損害も含まれる.2つ目の医療機関側の過失というのは,医師や看護師等のいわゆるミスである.そして,3つ目の因果関係というのは,その医師や看護師等のミスが原因で,患者側の損害が生じたと言えるかどうかということである.患者側に偶発症など思わぬことが生じた時には,速やかに,上記3つの要件について,必要に応じて弁護士も交えて検討し,患者側に対する医療機関側の態度を決定する必要がある.
医療事故時には,速やかに,患者側の損害,医療機関側の過失,因果関係の3要件について検討し,患者側に対する医療機関側の態度を決定する必要がある.
謝 辞
本稿を執筆するに当たり,貴重なご意見を頂戴した広島大学大学院法務研究科 日山恵美教授に,この場をお借りして,深謝いたします.
本論文内容に関連する著者の利益相反:田中信治(オリンパス(株),EAファーマ(株),武田薬品工業(株),アッヴィ合同会社,大塚製薬(株),(株)JIMRO,第一三共(株),秋田住友ベーク(株),旭化成メディカル(株),持田製薬(株),アストラゼネカ(株),エーザイ(株),田辺三菱製薬(株),ゼリア製薬工業(株),公益財団法人広島県地域保健医療推進機構,(株)エムアールピー)