2018 年 60 巻 8 号 p. 1479-1485
症例は60歳男性.狭心症で抗血栓薬を内服中,黒色便を主訴に救急外来受診,緊急上部消化管内視鏡検査で十二指腸憩室内に活動性出血を認め,内視鏡的に止血した.本邦で報告された302例の十二指腸憩室出血と内視鏡治療となった194例の治療詳細について文献的考察を加えて報告する.
十二指腸憩室出血は比較的まれな疾患であり,以前は内視鏡治療が困難で外科手術を要することが多かった.近年では送水機能が装備された内視鏡が普及し,また内視鏡医の治療技術も向上したことで,十二指腸憩室出血に対する内視鏡治療の報告が多数みられるようになった.
今回十二指腸憩室出血に対して内視鏡的に止血した症例を経験したので,本邦の十二指腸憩室出血の症例,内視鏡治療の詳細をまとめて報告する.
症例:60歳,男性.
主訴:黒色便.
既往歴:15年前に狭心症で左右冠動脈の狭窄病変に対してステント留置.
生活歴:飲酒1-2合/日×40年,喫煙20本×20年,44歳より禁煙.
内服薬:バイアスピリン100mg/日,チクロピジン100mg/日,アトルバスタチン10mg/日.
現病歴:抗血栓薬内服で循環器内科に通院中,平成29年11月朝より黒色便を認め,夕方には息切れ,冷汗が出現,徒歩で当院救急外来受診,診察時にショック状態となった.
現症:身長168.8cm,体重64.0kg,体温35.7度,血圧80/32mmHg,脈拍129/分 整,冷汗あり,意識朦朧,結膜に貧血,黄疸なく,胸腹部に異常所見なし.直腸診で黒色~暗赤色の血液を認めた.
血液検査所見(Table 1):WBC15,100/μLと白血球上昇あり,受診時はHb13.1g/dLと貧血所見なく,BUNは40.0mg/dLと高値であった.
臨床検査成績.
腹部造影CT検査(Figure 1):十二指腸下行部に大きな憩室と一部憩室壁の造影所見を認めた.
腹部造影CT検査所見.
a:水平断画像.
b:冠状断画像.
十二指腸下行部に約4cm大の憩室あり,憩室壁に一部造影効果を伴う所見あり(矢印).
治療経過:直腸診は暗赤色の血液で,ショック時の吐物に血液混入がなく,抗血栓薬内服中でもあり深部大腸の憩室からの出血も考えられたが,血液検査でBUN/C比の解離あり,また腹部造影CT検査で十二指腸下行部に大きな憩室を認めたことから,十二指腸憩室含め十二指腸からの出血を疑い透明フード装着し,緊急の上部消化管内鏡検査を行った(Figure 2).胃内は食物残渣のみで,血液なく,十二指腸に挿入したところ十二指腸下行部に多量の血液と凝血塊を認めた.CTで指摘された巨大な憩室あり,憩室内の凝血塊を除去すると憩室内の梁状の粘膜に線状の潰瘍と湧出性の出血を伴う露出血管を認めた.クリップによる止血を試みようとしたが,憩室内でのクリップ展開が難しかったため,止血鉗子を使用しSoft凝固で焼灼止血した.連続する線状の潰瘍の別の場所に接触出血あり,こちらも焼灼を追加し終了した(Figure 3).翌日の経過観察の内視鏡で焼灼治療を行った2カ所に浅い潰瘍と白苔が観察された(Figure 4).来院時に白血球数が高値であったこと,抗血栓薬を2剤内服していたため再出血のリスクを考え,循環器内科と相談し,チクロピジンは中止とし,食事は第7病日より再開とした.Soft凝固治療翌日の白血球数は9,600/μLと改善し,CRPも0.27mg/dLと炎症反応上昇なく,Hbは9.1g/dLまで低下したが輸血は必要としなかった.その後も経過は良好で,穿孔,腹膜炎の合併症なく,再出血も認めず,第10病日に退院となった.
緊急上部消化管内視鏡検査所見.
a:十二指腸下行部には多量の血液と凝血塊あり.
b:憩室内の凝血塊を除去すると憩室内に梁状の粘膜あり,そこに線状の潰瘍と湧出性の出血を伴う露出血管を認めた.
高周波止血鉗子で止血直後の内視鏡検査画像.
a:湧出性の露出血管の焼灼止血後.
b:線状の潰瘍の接触出血の追加焼灼後.
傍乳頭憩室内の梁状部の2カ所の出血を止血鉗子を用いSoft凝固で焼灼,止血した.
高周波止血鉗子 Coagrasper FD-411QR(オリンパス社製).
高周波装置 VIO300D Effect 6 50W(アムコ社製).
高周波止血鉗子で止血治療,翌日の内視鏡検査画像.
十二指腸下行部,憩室内に血液なく,憩室内には焼灼後の浅い潰瘍と白苔を2カ所みとめた.
後日行った十二指腸造影検査では,十二指腸下行部の傍乳頭憩室は多房性の約4cm大の憩室であった.
十二指腸憩室出血はまれな疾患でありPalmerの報告では消化管出血の0.06%の頻度と言われている 1).十二指腸憩室は,胆管,膵管の合流部を中心に組織の脆弱な乳頭部近傍に多く,この脆弱部に筋層を貫く小血管が存在する.憩室出血はその血管が腸管の強い蠕動運動で血流障害を生じ,粘膜にびらん,潰瘍が形成され,また憩室内に停滞した食物残渣や薬剤などで炎症が生じ,出血が起きると考えられている 2).
今回われわれが「十二指腸憩室」「傍乳頭憩室」「十二指腸下行部憩室」「十二指腸水平部憩室」「出血」のキーワードで医学中央雑誌,メディカルオンラインの複数検索サイトで調べた結果,2017年12月までに本邦では302例の十二指腸憩室出血の症例が報告されていた(同一症例は除く).また1991年以前はすべて手術もしくは動脈塞栓術の治療が行われていたが,1992年に山田らが初めて内視鏡下のエタノール局注による止血治療を行い 3),2017年12月までに本症例含め194例の内視鏡治療の報告をみとめた(会議録も含む).
今回十二指腸憩室出血症例の詳細を調べた(Table 2).平均年齢は71.6歳で,女性が男性の約1.9倍と多く,2000年に櫻井らが報告 4)した67.2歳より若干年齢は高く,男女比1:2.5と比べると男性の割合が増加していた.憩室出血部位は下行部が67.8%,次いで水平部が29.5%の割合で,下行部,特に傍乳頭憩室が原因の出血が多いとの結果は変わりなかった.出血した憩室の大きさは平均40.6mmで,これは1998年の伊藤らの報告 5)の47.4mmよりも小さい結果となった.2000年以降,NSAIDs内服症例が21例(9.5%),抗血栓薬内服症例は45例(20.3%)と高頻度で,高齢化により抗血栓薬内服患者が増加したことで,比較的小さな憩室からでも出血が引き起こされている可能性が考えられた.本症例でも抗血栓薬を2剤内服していた.症状としては吐血,下血など消化管出血の症状が93.7%に及ぶが,心窩部痛,腹痛の十二指腸憩室炎の併発を疑う症状を伴う症例も5.9%に認めた.また十二指腸憩室出血は大量出血であり,詳細記載のあったものだけでもショック症状のあった症例は89例(40.3%)にのぼり,来院時のHbも平均7.64g/dLと低い結果であった.ただ本症例のように初診時にはまだ血液検査でHbの低下を認めない場合もあり,また下部消化管出血が疑われ,診断前に下部消化管内視鏡検査を施行された症例も多くみられた 6).吐血がない症例でも内視鏡検査前のCT検査で十二指腸に大きな憩室をみとめ,血液検査でBUN/C比の解離がある場合は本疾患を疑う必要があると考える.また緊急内視鏡検査時に一時的に止血されていた症例,十二指腸の強い蠕動運動で十二指腸に血液がほとんど残っていない症例では,十二指腸憩室の中まで詳細な内視鏡観察が行われない.そのような症例では十二指腸憩室出血が疑われず出血源不明で繰り返し内視鏡検査が施行され,診断に難渋する傾向にあった.
本邦の十二指腸憩室出血の報告例の詳細(2017年12月まで302症例).
実際,十二指腸憩室出血の診断は比較的難しく,10年前の山崎ら 7)は内視鏡検査を複数回必要とした症例を54%と報告している.今回の集計では,2000年以降の初回の内視鏡診断率は72.4%の結果で初回診断率は向上していた.これは疾患の認知度が上がり,側視鏡やダブルバルーン内視鏡も用いた出血源の検索がなされたためと考える 8),9).しかし初回で内視鏡的に止血できた症例はそのうち70.5%であり,今でも消化管出血の中では治療の難しい疾患と言える.
今回治療内容についても詳細を検討した(Table 3).以前は手術による治療が多く,1998年の中沢ら 10)は外科手術が66%,内視鏡治療が27%と報告していたが,近年では第一に内視鏡治療が選択されるようになり,外科手術は18.2%,動脈塞栓術は14.6%,内視鏡治療は64.2%と逆転していた.内視鏡治療が増加した要因としては,送水機能が装備された内視鏡が普及したこと,直視の内視鏡に透明フードを使用するなど治療内視鏡の経験豊富な内視鏡医が増えたためと考えられる.実際透明フードを使用して良好な内視鏡止血処置ができた十二指腸憩室出血の報告も多い 7).
本邦の十二指腸憩室出血の治療詳細(2017年12月まで302症例).
一般的に内視鏡的止血術には①機械的圧迫止血のクリップ法,②エタノールまたは高張ナトリウムエピネフリン液(hypertonic saline epinephrine;HSE)を用いた局注療法,③高周波凝固を含む熱凝固法があるが,今泉らが1995年に初めてクリップ法による止血症例を報告し 11),現在ではクリップ法が治療の第一選択となり,報告例も146例と一番多かった.他の治療法もHSE局注(併用含む)が36例 10),エタノール局注が11例 3),エトキシスクレロール(AS)局注が1例 5)あり,症例は非常に少ないがアルゴンプラズマ凝固法(APC) 12),ヒートプローブ 13),Gold Probe 14),マイクロ凝固 15)の熱凝固法の症例も計17例認めた.クリップ法は他の治療法と異なり組織破壊を伴わず止血が可能であるという利点があり,筋層を欠く仮性憩室の十二指腸憩室に対する治療法として理がかなっている.しかしクリップ法を使用した症例でも穿孔,腹膜炎を起こした症例の報告があり注意は必要である 16),17).報告されていない症例も存在すると考えるが,今回われわれが調べた結果では,クリップを使用した症例(併用を含む)の11例(7.5%)に穿孔,腹膜炎を認めた.その中でもHSE局注を併用したクリップ法では17.4%と高率に穿孔を起こしていた 18).その原因は金属製であるクリップの先端が薄い憩室粘膜を裂いてしまうためで,特にHSEを使用すると局注の膨隆で粘膜が緊満し裂け易くなり,HSEを併用する場合は細心の注意が必要である.クリップ法は止血の第一選択となり有用な治療方法ではあるが,約30%は内視鏡治療ができず動脈塞栓術または手術となっている.狭い憩室内でのクリップの展開,処置が難しいことが要因と考えられる.本症例でもクリップの展開が難しく,高周波凝固の止血鉗子で止血処置を行ったが,幸い穿孔,腹膜炎を合併することなく,また再出血も認めなかった.筋層を欠く仮性憩室での焼灼治療は,焼灼後の粘膜欠損で穿孔が起こらないか危惧されるため報告が少ない.止血鉗子での十二指腸憩室出血の治療の報告は福井らの1例のみであった 19).十二指腸憩室の仮性憩室は膵臓側へ突出するものが90%と多く 20),また十二指腸憩室周囲には細胞浸潤や線維化がみられるため 21),形成された潰瘍に穿孔が起こらなかった可能性が考えられる.高周波の凝固のモードにはSwift凝固,Forced凝固,Spray凝固,APC,Soft凝固があるが,Soft凝固は電圧を200Vp未満に低く制御された,唯一放電が起こらず,ジュール熱のみで組織を脱水,蛋白変性して,止血する方法で,止血効果が高く,組織の蒸散が起こらない.壁の薄い十二指腸では熱変性が深部に広がらないように出力設定はeffect5-6ですばやく凝固し,出力も大腸,十二指腸ESD時の止血設定を参考に50-60Wが望ましいと考える.また止血鉗子にもモノポーラーとバイポーラーがあるが,より深部への熱変性の影響を考えた場合,バイポーラー鉗子が使用できる施設ではバイポーラーの使用が勧められる.
高齢化社会となり抗血栓薬内服症例も増加することで今後も十二指腸憩室出血の症例は増えると予想される.内視鏡的止血術は低侵襲であり,安全に施行できると患者にとって非常にメリットが高い.現在クリップ法が第一選択であるが穿孔のリスクも若干あり,十二指腸憩室出血の病態を理解し無理せず,慎重な止血処置が望まれる.今回本邦の十二指腸憩室出血の症例,内視鏡治療の詳細をまとめて報告した.
本邦での十二指腸憩室出血に対する内視鏡診断は向上し,内視鏡治療の割合も増加していた.今後も消化管出血の原因の一つとして十二指腸憩室出血を念頭において診療,治療を行う必要がある.
本論文内容に関する著者の利益相反:なし