2018 年 60 巻 9 号 p. 1572-1578
症例は69歳,女性.経過観察されていた胃底腺ポリポーシス内部に一部に発赤を伴う褪色調の平坦隆起性病変を認め,生検で癌を確認後に胃全摘術を施行した.病変部は胃腺窩上皮型腺腫および同腺癌であった.本症例ではWorthleyらの提唱する遺伝性のgastric adenocarcinoma and proximal polyposis of the stomach(GAPPS)を疑い,APC遺伝子promoter 1Bを解析した.その結果GAPPSに特異的な遺伝子異常であるc.-191T>Cの変異を認めた.GAPPSは新しい疾患概念であり,悪性化ポテンシャルが高い.密生する胃底腺ポリポーシスに遭遇した際はGAPPSを念頭においた精査が必要である.
Familial adenomatous polyposis(FAP)に伴う胃合併病変の一つとして胃底腺ポリポーシス(fundic gland polyposis;FGPs)はよく知られており,近年は悪性化ポテンシャルを有する腫瘍性疾患と考えられ 1)~3),大腸ポリポーシスを伴わない非FAPでのFGPsが良性とされる点と大きく異なる 4),5).近年Worthleyら 6)は非FAPで家族性にFGPsと癌をきたすgastric adenocarcinoma and proximal polyposis of the stomach(GAPPS)を新疾患概念として提唱した.今回われわれは,GAPPSと考えられた興味ある症例を経験したので報告する.
患者:69歳,女性.
主訴:特になし.
既往歴:63歳 膵臓癌手術.
家族歴:母方に胃癌,子宮癌を多数認めた.大腸癌は認めなかった(Figure 1).患者長男はFGPs(胃上部に疎に分布,背景粘膜に軽度萎縮あり,(Helicobacter pylori[H. pylori]除菌後)がみられ,次男にもFGPs(胃上部に密で,背景粘膜に萎縮なし,H. pylori陰性)がみられた.
家系図.
現病歴:2004年より胃上部ポリポーシスおよび白色平坦病変を経過観察されていた.病変内の生検組織より異型組織が疑われ当科紹介された.プロトンポンプ阻害剤の服用歴はなかった.
現症:身長151cm,体重45kg,貧血,黄疸なし.腹部は平坦軟,正中に手術痕あり.
血液検査成績:貧血はなく,生化学検査上も異常なし,腫瘍マーカーはCEA,CA19-9とも正常内であった.血清H. pylori抗体は陰性(ラテックス凝集免疫比濁法 3未満)であった.
下部消化管X線および大腸内視鏡検査:いずれもポリープはみられなかった.
上部消化管内視鏡検査:背景胃粘膜に萎縮はみられず,胃底部から体上部に大きさ3-4mm大の半球状ポリープが密生していた.生検結果とあわせFGPs(密生型)と診断した.前庭部,十二指腸にはポリープはみられず,さらに胃体上部大彎に大きさ5cm大の褪色調で一部に発赤を伴う平坦隆起性病変がみられた(Figure 2-a).インジゴカルミン色素散布後の内視鏡検査でさらに病変形状や周辺ポリープが明瞭となった.褪色内部にやや丈の高い発赤調で表面構造の不整な隆起がみられた(Figure 2-b).Narrow band imaging(NBI)併用拡大観察にて,褪色調病変の窩間部は非腫瘍部と比して開大傾向,腺窩辺縁上皮(marginal crypt epithelium;MCE)も比較的均一で整な構造をとることから良性腺腫が疑われた.一方,発赤部位ではMCEの構造が不整であり上皮下微細血管にも異常増生を認めることから分化型癌を疑った(Figure 3).発赤部から3個生検したところ,複雑な乳頭状増殖,核配列の乱れを伴う腺窩上皮型腺腫の像を呈しながら,一部に腺癌と判断できる異型腺管の浸潤像が認められた.深達度診断は発赤中央部の丈の高い部位でsm浸潤を疑った.CTで遠隔臓器やリンパ節への転移は明らかでなく,cStage ⅠAと診断した.背景ポリポーシス粘膜における高い発癌ポテンシャルが考えられ,ご本人に十分な説明と同意のもとで当院外科にて胃全摘術を施行した.
上部消化管内視鏡検査.
a:胃底部,胃体上部に多数の半球状小ポリープが密生してみられ,胃体上部大彎前壁よりに5cm大の一部に発赤を伴う褪色調の平坦隆起性病変がみられた.
b:インジゴカルミン散布にて褪色調隆起性病変および胃上部の多数のポリープが明瞭化してみられた.
Narrow band imaging拡大内視鏡観察.
やや丈の高い発赤部位(Figure 2-b赤枠内)では,乳頭状形態がみられるも不整marginal crypt epitheliumと微小血管の異常増生を呈していた.
摘出標本:主病変は胃体上部前壁に位置し,大きさ5×4cm大の褪色調の病変で(Figure 4矢印),内部に1.5cm大のやや丈の高い部位がみられた(Figure 4矢頭).周辺粘膜には大きさの揃った多数の半球状小ポリープが密生してみられFGPsと考えられた.
切除胃固定標本.
主病変は胃体上部前壁の大きさ5×4cm大の褪色調病変で(矢印),内部に1.5cm大のやや丈の高い部位がみられた(矢頭).周辺粘膜には大きさの揃った多数の半球状小ポリープが密生してみられた.
病理所見および臨床経過:胃前庭部には萎縮やポリープは認められなかった.胃底部から胃体中部にかけてFGPが密集してみられた.丈の低い褪色病変は病理組織学的に核が比較的整,極性は保たれており,構造異型に乏しいことから腺窩上皮型腺腫と診断した.丈の高い発赤部位の中央では,核は大きく不揃いで核小体や極性の乱れも見られ,構造異型が強いことから高分化型腺癌と診断した.粘膜下層にも癌の浸潤がみられ,さらに粘膜下層では線維性増生を伴う低分化型腺癌に変化し,一部で筋層までの境界不明瞭な浸潤性の増殖を示した(Figure 5,6-a~c).進行度はpT2(MP),N0,M0でpStageⅠBと最終診断した.免疫染色では粘膜内癌部,浸潤部の癌細胞はともにMUC5ACが優位に陽性,MUC6も陽性であった.MUC2は陰性であったことから腺窩上皮型腺癌と診断した.術後に化学療法は行わず,慎重な経過観察の方針となったが,3年半後の現時点で再発はない.
病理組織所見.
a:ルーペ像.
b:やや丈の高い不整粘膜領域を含む部位は核が大きく不揃いで,核小体や極性の乱れが見られるとともに構造異型が強いことから高分化型腺癌と診断した.
c:一部で粘膜下層から筋層に至る境界不明瞭な浸潤が見られた.
遺伝子解析:十分な説明により患者の同意を得た上で患者血液を採取し,遺伝子検査を施行した.APC遺伝子の全エクソーム解析を行い,Liら 7)の報告に従ってAPC遺伝子promoter1B領域の検索をしたところ,codingDNA-191においてTからCへのpoint mutation のヘテロ結合(Figure 7)が確認された.長男および次男にも十分な説明の後に遺伝子検査を行ったところ,同様の異常が確認された.
遺伝子解析.
サンガーシークエンス法でAPC遺伝子promoter 1Bのpoint mutation c.-191T>Cが確認された.
2012年にWorthleyら 6)は,非FAP患者で常染色体顕性遺伝を有すると考えられるdysplasiaや癌を伴うFGPsの3家系を報告しGAPPSと命名した.その診断基準は,1)大腸および十二指腸にポリープを認めない,2)胃底部,胃体上部に100個以上カーペット状にFGPsを認める,3)ポリープ内にdysplasiaや癌を認める,4)常染色体顕性の遺伝様式があるなどである.その後本邦 8)や欧州 9),10)からも相次いでGAPPS家系が報告された.本例では家族歴にみられた胃癌の背景因子としてのFGPsを確認できなかったが,息子のFGPsがGAPPSを疑う契機となった.
de Boerら 11)はGAPPS家系患者の胃生検における粘液形質の検討からgastric phenotypeが多いと報告しており,腺窩上皮の異型から癌化へ進展するシーケンスが推測され,本症例の病理結果もそれに合致する.本症例では,腺窩上皮型腺腫を背景とした腺窩上皮型高分化腺癌であったことが,生検での組織診断や深達度判断を困難とさせた可能性が考えられる 12),13).その一方,GAPPS提唱者のWorthleyら 6)はintestinal type(gastric adenocarcinoma)を特徴の一つと報告している.
またWorthleyら 6)は,GAPPS症例にH. pylori感染はほとんどみられず,FGPsと逆相関していることを示した.古典的FAPに伴うFGPsに関する報告に着目すると,Watanabeら 14)はH. pylori感染によってFGP数が減少したと報告しており,Bianchiら 15)もFGPsとH. pylori感染の逆相関を指摘している.本家系での次男と比較して長男ではH. pylori既感染で軽度萎縮かつFGPsが疎であった点は,GAPPSにおいてもFAP同様にH. pylori感染が抑制的に働く可能性が示唆され興味深い.
近年Liら 7)はGAPPSにおける原因遺伝子を,APC遺伝子のpromoter領域 1Bにおける点変異と特定した.Promoter 1Aの変異発現が従来の大腸ポリポーシスと関連し,promoter 1Bはこれとは独立した胃のFGPs発生の規定遺伝子であると報告した.われわれもAPC遺伝子のpromoter 1B検索を行い,coding-191においてTからCへのpoint mutationを確認した.著者らの検索した範囲でpromoter 1B遺伝子変異を確認したGAPPSに相当する本邦報告例はみられなかった(1977年~2017年11月まででPubMedにて「gastric adenocarcinoma」と「fundic gland polyposis」あるいは「proximal polyposis」,医学中央雑誌にて「胃癌」と「胃底腺ポリポーシス」で検索).
GAPPSはまだ広く知られていない新たな疾患概念である.生検で厳重フォローしているにもかかわらず癌が転移をきたした例も報告されている 6).密生するFGPsに遭遇した場合はGAPPSを念頭に置き,色調変化や形状変化など詳細な観察 16),17)が必要である.特に胃型腺腫など悪性度診断が困難と予想される場合は,診断的粘膜切除術も有効と考えられる.また,家族歴などからGAPPSが疑わしい例では,APC遺伝子promoter 1Bの変異検索も必要と考えられる.GAPPSと診断されれば,高い癌化ポテンシャルを考慮して予防的胃全摘も視野に入れるとともに,通常のFGPsとは異なる厳重なサーベイランスで経過観察することが重要である 6).
今回,腺窩上皮型胃癌を合併したGAPPSの1症例を経験した.APC遺伝子promoter 1Bの変異を認めたGAPPSは本邦ではこれまでに報告がなく,きわめて貴重な症例と考えられた.
謝 辞
GAPPS遺伝子解析にご協力いただきました兵庫医科大学病理診断科 廣田誠一先生およびご指導,ご助言をいただきました徳島大学 消化器内科 高山哲治先生,六車直樹先生に深謝申しあげます.
本論文に関する著者の利益相反:なし