日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
家族性地中海熱の経過中に回盲部潰瘍をきたした1例
佐藤 宗広 森田 真一川田 雄三相場 恒男木村 淳史大崎 暁彦米山 靖古川 浩一和栗 暢生橋立 英樹
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2018 年 60 巻 9 号 p. 1585-1590

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要旨

症例は38歳女性.5年前に家族性地中海熱(FMF)と診断され,コルヒチンで加療されていた.軟便と血便にて当科を紹介され,大腸内視鏡検査で回盲部に円形の深掘れ潰瘍が認められた.内視鏡所見や臨床症状などから腸管ベーチェット病(腸管BD)もしくは単純性潰瘍が併発したと考えられた.副腎皮質ステロイドで加療したところ,腹部症状は軽快し潰瘍も瘢痕化した.FMFの経過中に腸管BD類似の深掘れ潰瘍をきたし,副腎皮質ステロイドが著効した症例は極めてまれであり,報告する.

Ⅰ 緒  言

自己炎症性疾患である家族性地中海熱(familial Mediterranean fever:FMF)やベーチェット病(Behçetʼs disease:BD)は炎症を主病態とする疾患である.臨床的には発熱,関節炎,腹部症状を特徴とする.FMFは周期性発熱と漿膜炎を主徴とする疾患で,非限局性の腹膜炎による腹部症状をきたす.経過中に消化管粘膜障害をきたす報告は散見されるが,回盲部に円形の深掘れ潰瘍をきたすことは極めてまれである.回盲部に潰瘍をきたす特発性炎症性腸疾患としてCrohn病や腸管BD,単純性潰瘍(simple ulcer:SU)などがあげられる.これらは内視鏡や病理所見,臨床症状などから鑑別をしていく必要がある.今回われわれはFMFの経過中に回盲部に円形の深掘れ潰瘍をきたした症例を経験した.各種検査や臨床症状からFMFに腸管BDもしくはSUを併発したと考えられた.副腎皮質ステロイドを投与したところ著効したので,文献的考察を加えて報告する.

Ⅱ 症  例

患者:38歳,女性.

主訴:軟便,血便.

家族歴:同様の炎症性疾患なし.

既往歴:繰り返す口内炎の既往はなし.33歳時に周期性発熱と短期間で繰り返す胸膜炎にてFMFが疑われた.Mediterranean fever遺伝子(MEFV)解析がなされ,exon2のE148Qとexon10のM694Iにそれぞれヘテロの変異が検出されたため,FMFと診断された.コルヒチンの投与により症状は消失し,周期性発熱と胸膜炎の再燃は認められていない.

現病歴:201X-5年にFMFと診断され,以後当院に定期通院していた.201X年3月から1日数行の軟便と血便を認めた.症状が改善しないため,腹部の精査加療目的に当科を紹介され受診した.

来院時現症:身長164cm,体重54kg,血圧102/60mmHg,脈拍92/分,腹部診察は特記事項なし.

血液検査:貧血や炎症反応の上昇なし(Table 1).

Table 1 

臨床検査成績.

便培養:特記事項なし.

腹部造影CT:回盲部を含め明らかな異常所見を認めなかった.

大腸内視鏡検査(colonoscopy:CS)(初回;Figure 1):回盲弁の開大と,回盲弁から終末回腸にかけて円形の深掘れ潰瘍を認めた.そのすぐ口側にもひだ集中を伴う円形の深掘れ潰瘍を認めた.その他観察範囲内に異常所見を認めなかった.

Figure 1 

初回の大腸内視鏡検査.

回盲弁は開大し,回盲弁から終末回腸にかけて半周以上の円形の深掘れ潰瘍を認めた.また,終末回腸にもひだ集中を伴う同様の潰瘍を認めた.

病理組織学的所見:潰瘍辺縁から採取された生検組織では,潰瘍辺縁のみに好中球,リンパ球等からなる炎症細胞浸潤が認められたが,類上皮細胞の出現など特異的所見はみられなかった.その他明らかな血管炎の像や,Congo red陽性のアミロイド物質の沈着もみられなかった(Figure 2-a,b).

Figure 2 

病理組織学的所見.

a,b:好中球・リンパ球などの炎症性細胞浸潤を認め,病理組織学的には特異的な所見は認めなかった.

臨床経過:コルヒチンを投与されていることや内視鏡,病理所見からFMFによる消化管粘膜障害よりは腸管BDもしくはSUの併発を疑い,5アミノサリチル酸(5ASA)製剤の投与を開始した.しかし,自己判断により通院を中止した.201X年7月に腹部症状が再燃し,当科を再受診した.CS(2回目)を施行すると前回と同様の所見であった.当科通院を自己中断され検査が不充分であったことから,今回は各種検査を追加で施行した.上部消化管内視鏡検査では異常所見を認めず,小腸造影では終末回腸のみに病変を認めた.また,HLA遺伝子検査ではHLA-B51/A26が陽性であった.コルヒチン内服によりBDの主症状が抑えられている可能性も考慮されるため,腸管BDもしくはSU両疾患の鑑別は困難であった.しかし,この時点でBDの診断基準を満たさないため,SUとしての回盲部潰瘍と暫定診断した.5ASA製剤にprednisolone(PSL)を加えた治療を勧めたが,5ASA製剤のみでの治療を希望されたため,5ASA製剤のみ再開した.その後腹痛は軽快したが,1日数行の軟便は持続した.201X+1年2月に評価目的にCS(3回目)を施行すると回盲部の潰瘍は縮小傾向であったが残存していた.そこでPSLの追加を再度勧めたところ同意されたので,PSL 30mg/日から開始した.その後排便回数は減少し,腹部症状の増悪を認めないためPSLを適宜漸減した.PSL開始4カ月後(PSL 5mg/日)の時点で治療効果判定目的にCS(4回目)を施行したところ,回盲部の潰瘍は瘢痕化しており,著効と判断した(Figure 3).現在はPSLを中止して経過観察中であるが,症状の再燃は認められていない.

Figure 3 

PSL 5mg/日投与時に施行した大腸内視鏡検査.

回盲部の潰瘍は瘢痕化した.

Ⅲ 考  察

FMFは地中海沿岸地域に多い遺伝性自己炎症性疾患であり,本邦においても報告されている.遺伝子異常の関連が指摘され,1997年にFMFの責任遺伝子として16番染色体の短腕に位置するMEFV遺伝子が同定された 1MEFV遺伝子は10個のExonからなり,このうちexon2のE148Qとexon10のV726A・M694V・M694I・M680Iから変異が同定されることが多い 2),3MEFV遺伝子がコードするpyrinがcaspase-1による炎症性サイトカインであるIL-1βを調節している.この変異により機能異常をきたし,脱抑制により自己炎症をきたすと考えられている 4.治療の第1選択薬はコルヒチンであり,投与により多くの症例で症状が改善される.

自験例ではFMFの診断でコルヒチンを内服されていた.診断5年後より腹部症状をきたすようになり精査目的のCSで回盲部に円形の深掘れ潰瘍を認めた.血液検査では炎症反応はなく,また腹部症状以外はFMFの臨床的所見は認めなかった.MEFV遺伝子関連腸炎として炎症性腸疾患類似の所見を呈する報告が散見されている.内視鏡ではびらん,潰瘍,血管透見性の低下・消失,偽ポリポーシス,浮腫などさまざまな形態を示し,特異的な所見を認めない 5)〜11.また病理所見では炎症細胞浸潤や陰窩膿瘍など潰瘍性大腸炎に類似するという報告があり,内視鏡や病理所見のみで診断をすることは困難である.そのためinflammatory bowel disease unclassified(IBDU)症例のなかにMEFV遺伝子関連腸炎を有する可能性が示唆されている 12MEFV遺伝子関連腸炎はコルヒチンにより症状そして消化管粘膜障害が著効することが多いが,なかには抗TNF-α抗体の有用性も報告されている 11.自験例ではFMFと診断され,コルヒチンが投与されていたが,われわれはMEFV遺伝子関連腸炎も鑑別疾患として考慮していた.しかし内視鏡や病理所見から過去に報告されている潰瘍性大腸炎そしてCrohn病に類似する所見はなく,腸管BDもしくはSUでみられる回盲部深掘れ潰瘍が認められ,血液検査でも炎症反応高値が認められないことなどから,総合的に判断してMEFV遺伝子関連腸炎ではなく,腸管BDもしくはSUの合併として考えるほうが妥当と考えられた.

腸管BDとSUの内視鏡や病理所見は同様の形態を呈するため,BDの臨床症状の有無から鑑別をしていく.SUは1979年に武藤が原因不明の回盲部に限局する慢性の類円形・深掘れ潰瘍として提唱された疾患である 13.一方,腸管BDはBDの副症状の一つであり,回盲部を中心に円形ないし卵円形の潰瘍をきたす 14.腸管BDは回盲部以外にも全消化管に病変が出現し,病変の分布や形態は多様性を示す.一方,SUでは回盲部病変を主に認め,他の消化管に病変をきたすことは少ない.

BD症状から腸管BDとSU両疾患を鑑別していくことから診断に関して困難なことをしばしば経験する.小腸病変 15や口腔内アフタの有無 16から両疾患の異同が報告されている.また,SUからBDへの進展は比較的少ないが報告があり 15),16,いまだに明確な結論に至っていないのが現状である.コルヒチンはBDの口腔内アフタや皮膚病変そして関節炎などの症状に有用である.そのため自験例ではBDの主症状が抑えられている可能性を否定できなかった.HLA-B51/A26陽性である点からはBDの素因が示唆されたが,主症状を認めないことから腸管BDと積極的に診断することはできなかった.暫定的にSUとしたものの,腸管BDとSU両疾患の鑑別を行うことで治療方針の大きな相違は生じないため,コルヒチンを継続しながら治療する方針とした.

腸管BDとSUの薬物治療には5AS製剤,副腎皮質ステロイド,免疫調節薬があり,近年は抗TNF-α抗体の有用性が報告されている 17),18.本邦においてSUに対する抗TNF-α抗体は保険適応外のため,まずは副腎皮質ステロイドの投与を開始したところ,腹部症状と消化管粘膜障害が改善した.経過からMEFV遺伝子関連腸炎の消化管粘膜障害ではなく,FMFに腸管BDもしくはSUが併発したと考えられた.現在は副腎皮質ステロイドを中止しているため回盲部潰瘍の再燃やBD主症状の発症がないか慎重な経過観察が必要である.

PubMedで「familial Mediterranean fever」,「MEFV」,「Behçetʼs disease」をキーワードに1997〜2017年まで検索し,また医学中央雑誌で「家族性地中海熱」,「ベーチェット病」,「単純性潰瘍」「MEFV遺伝子」をキーワードに1979〜2017年まで検索したところ,MEFV遺伝子関連疾患にBDを併発し消化管粘膜障害をきたしたのはFujikawaら 19の報告のみであった.同報告は腸管BDとすでに診断されており,その経過において不明熱の原因精査のためMEFV遺伝子変異を指摘された症例であり,自験例と同様にコルヒチンに副腎皮質ステロイドを加えた治療で消化管粘膜障害は治癒した.自験例は,FMFの経過中に腸管BD類似の回盲部潰瘍をきたした初めての報告と考えられた

SUは原因不明の慢性難治性腸疾患で形態学的に定義されており,腸管BDの病態と類似することが推測される.FMFとBDに関しては同じ自己炎症性疾患であり,遺伝子変異が存在する狭義の自己炎症性疾患がFMFに,そして変異を伴わない類似病態を有する広義の自己炎症性疾患がBDに分類される 20.両疾患は好発地域が重複していることもあり関連性が示唆されている 21.そのなかでFMFの原因遺伝子であるMEFV遺伝子が注目されているが 22,明らかな機序は解明されていない.また,BDではIL23R/IL12RBおよびIL10などの炎症性サイトカインにも注目が集まり 23,今後更なる発症機序の解明が望まれる.FMFの経過中に腸管BD類似の回盲部潰瘍を併発した機序は各種文献で検索したが不明である.自験例においてMEFV遺伝子やHLA遺伝子が何らかの炎症性サイトカインに関与した可能性が高いと推測した.FMFの経過中にコルヒチンに反応しない腹部症状をきたした場合は同じ自己炎症疾患であるBD関連の消化管病変がないか内視鏡などにて精査をすることは重要と考えられた.

Ⅳ 結  論

FMFの経過中に回盲部に円形の深掘れ潰瘍をきたし,副腎皮質ステロイドが著効した極めてまれな症例を経験した.内視鏡など各種検査により総合的に判断していくことで腸管BD類似の回盲部潰瘍との診断に至ったが,MEFV遺伝子関連腸炎やBD・SU合併との鑑別,また病態の異同について示唆に富む症例と思われた.

謝 辞

稿を終えるにあたり,本例のMEFV遺伝子検索をしていただいた信州大学医学部脳神経内科,リウマチ・膠原病内科の鈴木彩子先生,矢崎正英先生に深謝いたします.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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