日本消化器内視鏡学会雑誌
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原著
急性出血性直腸潰瘍に対する止血鉗子を用いた内視鏡的止血術の有効性に関する検討
中尾 栄祐 淺井 哲加納 由貴竹下 宏太郎一ノ名 巧赤峰 瑛介藤本 直己小川 淳宏
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2019 年 61 巻 3 号 p. 252-258

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要旨

【目的】急性出血性直腸潰瘍(AHRU)に対する止血鉗子を用いた内視鏡的止血術の有効性と,AHRUの臨床的特徴を検討した.【対象・方法】AHRUと診断された45例の臨床的特徴を検討し,そのうち,止血鉗子を用いた内視鏡的止血術が施行された28例を対象として,その有効性や安全性に関して検討した.【結果】AHRUは高齢で脳血管疾患などの何らかの基礎疾患を有する患者に多くみられた.止血鉗子を用いた内視鏡的止血術は,一次止血率100%であり,偶発症はみられず,再出血率は14.3%であった.再出血に対しても,内視鏡的に止血可能であった.また,AHRUによる出血が直接の死因となった症例はみられなかった.【結論】AHRUに対する止血鉗子を用いた内視鏡的止血術は有効かつ安全である.

Ⅰ 緒  言

急性出血性直腸潰瘍(Acute Hemorrhagic Rectal Ulcer:以下 AHRU)は,何らかの重篤な基礎疾患を有する患者に,突然生じる無痛性の直腸出血と定義されており 1,人口の高齢化や集中治療の発達に伴ってその頻度は徐々に増加しつつある.ひとたび出血を来すと致命的となることも多く,迅速な対応が必要であり,その治療法の一つとして内視鏡的止血術が有効であるとされている 2.既報では,クリップやHSE(hypersaline epinephrine)の有効性が報告されてきたが,いずれの方法も再出血率は比較的高率であった 3.さらに,内視鏡像からその潰瘍形態をDieulafoy型,不整形型,類円状型,輪状型に分類した場合 4,特にDieulafoy型において内視鏡治療後の再出血率は高率であるとされてきた 3.これまで,止血鉗子を用いた内視鏡的止血術は,上部消化管出血に対して一般的に行われてきたが,通電に伴う穿孔などの偶発症の懸念から,下部消化管出血に対して止血鉗子が用いられることは内視鏡的粘膜下層剥離術(Endoscopic Submucosal Dissection:ESD)施行時を除いては稀であった.ESD施行中の出血に対しても安全に使用可能であること,歯状線近傍の直腸では通電に伴う穿孔のリスクは低いことなどから,当院では2011年より,AHRUに対する止血術において,止血鉗子を第一選択として用いてきた.そこで今回われわれは,AHRUに対する止血鉗子を用いた内視鏡的止血術の有効性に関して検討し,同時にAHRUの臨床的特徴に関しても検討を加えた.

Ⅱ 対象および方法

2011年3月から2016年8月までの期間に,①AHRUと診断された45例の年齢・性別・Performance Status(PS)・基礎疾患・内服薬・形態分類・露出血管の有無・Forrest分類・臨床検査成績・輸血・ショック状態の有無などの臨床的特徴,および②AHRUと診断された45例のうち,内視鏡的止血術が施行された28例の治療成績に関して後ろ向きに検討した.なお,AHRUは「歯状線より5cm以内の下部直腸にみられる不整形ないしは類円形の潰瘍性病変で,何らかの重篤な基礎疾患を有する患者に突然の無痛性新鮮血便を呈するもの」と定義し,臨床経過と内視鏡所見とで総合的に診断した.直腸粘膜脱症候群や宿便潰瘍は,厳密には鑑別困難であるが,排便時の習慣的ないきみの有無や,画像検査での明らかな宿便所見の有無など,臨床経過と検査所見とから可能な限り除外した.また,AHRUを内視鏡所見に基づいて,Dieulafoy型・不整形型・輪状型・類円状型の4つに分類した(Figure 1).止血鉗子はHOT BIOPSY(Boston Scientific社)を,高周波発生装置はESG100(Olympus社)を用い,その設定はsoftcoag 60Wとした.スコープは主に下部消化管用のCF-240AI,CF-Q260DIを用いたが,症例によっては上部消化管用のGIF-Q260Jを用い(いずれもOlympus社),止血処置時には病変との距離を保つために透明先端フードを装着した.検査前の前処置として,可能な限りグリセリン浣腸を使用したが,ショックバイタルを呈しているなどの理由で,時間的制約がある症例では,前処置なしで検査を行った.

Figure 1 

急性出血性直腸潰瘍を内視鏡所見に基づいて4つに分類した.

Ⅲ 結  果

①対象症例の臨床的特徴(Table 1
Table 1 

AHRUと診断された45例の患者背景を示す.

平均年齢は79.2歳(58-94歳)で,男性22例,女性23例であった.診断時のPSは3および4が32例(71.1%)を占め,寝たきり状態の症例に多い傾向にあったが,一方でADL(Activity of Daily Living)に問題のないPSが0の症例は4例(8.9%)認められた.基礎疾患として,脳血管疾患が25例(55.6%),整形外科疾患(骨折など)が6例(13.3%),悪性腫瘍が6例(13.3%),高血圧症が32例(71.1%),脂質異常症が11例(24.4%),糖尿病が5例(11.1%),心不全が5例(11.1%),その他疾患は4例(8.9%)で,基礎疾患を認めなかった症例も4例(8.9%)認められた(重複あり).抗血小板剤あるいは抗凝固剤を内服していたのは19例(42.2%)で,NSAIDsは4例(8.9%),ステロイドは3例(6.7%)が内服していた(重複あり).診断時のヘモグロビン平均値は9.8g/dLで,アルブミン平均値は2.7g/dLであった.輸血は23例(51.1%)に対して行われ,平均輸血量は6単位であった.診断時にショック状態であった症例は8例(17.8%)であった.内視鏡所見により潰瘍形態を分類すると,不整形型が15例(33.3%),類円状型が12例(26.7%),輪状型が6例(13.3%),Dieulafoy型が12例(26.7%)で,いずれも下部直腸(Rb)に存在しており,露出血管は26例(57.8%)にみられた.内視鏡検査施行時の所見からForrest分類を用いて分類すると,Ⅰa(噴出性出血)が1例(2.2%),Ⅰb(湧出性出血)が5例(11.1%),Ⅱa(露出血管あり)が20例(44.4%),Ⅱc(黒色潰瘍底)が19例(42.2%)であった.AHRUと診断後の入院経過中に,3例が死亡しているが,いずれも原疾患増悪に伴うものであり,出血死はみられなかった.

②AHRUに対する止血鉗子を用いた内視鏡的止血術の有効性(Table 2
Table 2 

AHRUに対する止血鉗子を用いた内視鏡的止血術の治療成績を示す.

AHRUと診断された45例のうち,28例に対して止血鉗子を用いた内視鏡的止血術が施行された.一時止血は全例で得られ,2例はクリップを追加し,2例はHSE局注を併用した.再出血は4例(14.3%)にみられ,いずれも止血部位からの再出血で,止血鉗子を用いた内視鏡的止血術を追加し,全例止血可能であった.いずれもその後の再出血はなく経過した.内視鏡的止血術に伴う消化管穿孔などの偶発症はみられず,AHRUからの出血が原因で死亡した症例はみられなかった.なお,内視鏡的止血術後に再出血を来した4例のうち,3例はDieulafoy型で,1例は抗血小板剤2剤を内服しており,1例はステロイドを内服していた(Table 3).

Table 3 

内視鏡的止血術施行後に再出血を来した4例の詳細を示す.

Ⅳ 考  察

AHRUは,「重篤な基礎疾患,特に脳血管疾患を有する高齢者に,突然の無痛性の大量新鮮血下血で発症し,歯状線近傍の下部直腸に,不整形ないし輪状傾向の潰瘍が形成される」として疾患概念が提唱された 1.近年では人口高齢化や集中治療の発達,寝たきり患者の増加に伴ってその報告は増えてきており,徐々に臨床的特徴や治療法に関して明らかにされつつあるが,未だ検討の余地がある.

今回のわれわれの検討では,既報の通り,75歳以上の高齢者に多く,PS:3以上のいわゆる「寝たきり状態」の症例(71.1%)に多くみられたが,その一方で,比較的若年で,基礎疾患を有さない症例も散見された.これまで,AHRUの成因に関してはストレス説・敗血症説・血栓形成説・カテコールアミン説など様々な説が提唱されてきたが,近年では動脈硬化を背景とした長期臥床により生じる下部直腸粘膜血流障害説 5が支持されており,寝たきり状態の高齢者に好発するという点に矛盾しないが,今回の検討にもみられたような基礎疾患を有さない健常な若年者に発症したという報告もあり 6,その成因に関しては未だ不明な点も存在する.

基礎疾患に関しては,既報と同様に,脳梗塞や脳出血などの脳血管疾患(55.6%)および骨折などの整形外科疾患(13.3%)を有する症例に多くみられたが,悪性腫瘍(13.3%)や心不全(11.1%)を有する症例にも比較的多くみられた.脳血管疾患や整形外科疾患のみではなく,ADLの低下に寄与する基礎疾患を有する症例には発症する可能性が高いと考え,大量下血がみられた際には本疾患を念頭に置く必要がある.

内服薬に関しては,これまで抗血小板剤や抗凝固薬,NSAIDsがリスク因子とされてきたが,今回の検討においても抗血小板剤や抗凝固薬(42.2%)を内服している症例が多くみられ,既報と矛盾しない結果であった.NSAIDs(8.9%)に関しては今回の検討では内服している症例は多くなかったが,整形外科疾患の症例が脳血管疾患に比較して少なかったためと考えられる.

8例(17.8%)は診断時にショック状態に陥っており,平均ヘモグロビン値は9.8g/dLで,輸血は23例(51.1%)と約半数の症例に対して使用されていたという結果から,比較的大量の出血を来していたことが推察され,本疾患の臨床像を反映しているものと考える.上述の通り,もともと全身状態不良の症例に発症することが多く,ひとたび出血を来すと致命的となることもあり,補液や輸血などの速やかな対応が必要となる.なお,今回の検討では,ヘモグロビン値7g/dL未満を輸血の適応基準としたが,心疾患や脳血管疾患などの基礎疾患を有する症例では,10g/dL未満で輸血の適応とした.

内視鏡所見に基づく潰瘍形態分類では,不整形型が15例(33.3%)と最多であり,Dieulafoy型も12例(26.7%)と比較的多数を占めていた.そもそもDieulafoy潰瘍は,Dieulafoyら 7によって提唱された,明らかな潰瘍底を持たないものの,動脈の露出を有する特殊な潰瘍を指す.直腸Dieulafoy潰瘍とAHRUのDieulafoy型の明確な区別は困難とされており,実際に今回の検討でも,病理学的な診断までは行えておらず,AHRUのDieulafoy型と診断した症例の中に直腸Dieulafoy潰瘍が含まれている可能性はあると考える.また,Forrest分類を用いて分類した場合には,一般に止血処置が必要とされるⅠa・Ⅰb・Ⅱaの症例が26例(57.8%)と半数以上を占めており,露出血管の有無を入念に観察し,内視鏡治療の適応とするべき症例の見逃しを防ぐ必要があると考えられた.実際に,今回の検討においても,1回目の検査時にはⅡcと判断して止血処置を施行しなかったが,再検査時にⅡaとなり,止血処置を施行した症例や,3回目の検査でDieulafoy型のAHRUと診断された症例が含まれており,残渣の十分な吸引・洗浄や,体位変換が重要であると考えられた.

AHRUに対する治療は,以前は経肛門的結紮術や,ガーゼによる圧迫止血などが行われてきたが,近年では内視鏡治療が一般的に行われており 8,止血困難例に対してはIVR(Interventional Radiology)が有効であるとの報告もある 9.内視鏡的止血術に関しては,クリッピングやAPC,HSE局注などの有効性が報告されてきたが,施設によってその選択は様々であり,定まった見解はない.止血鉗子を用いた内視鏡的止血術は,上部消化管出血に対しては一般的に用いられているが,下部消化管出血に対しては穿孔などの合併症の懸念から,一般的に用いられていない.野中ら 10がAHRUの止血におけるバイポーラー止血鉗子の有用性を報告しているが,モノポーラー止血鉗子の有用性に関する報告は未だない.AHRUはその定義上,Rbを中心とした下部直腸にみられ,万が一通電に伴って腸管壁が損傷した場合でも,‘穿孔’ではなく‘穿通’の状態となり,腹膜炎を来すリスクは低いと考えられる.さらに,比較的太い露出血管を有する症例が多いことから,止血鉗子が比較的安全かつ有効に使用可能であると考え,当院では2011年よりAHRUの内視鏡的止血術に対して止血鉗子を第一選択として使用してきた.これまでのところ,症例数は限られているものの,全例で一時止血は得られており,処置に伴う偶発症はみられておらず,安全かつ有効な手段であると考えられる.既報では再出血率は16.7%~38.9% 11),12とされており,本検討では4例(14.3%)にみられ,既報と比較してほぼ同等かやや少ない結果であったことからも,一時止血のみではなく,再出血予防の観点からも,有効な手段の一つと考えられる.

このような良好な成績であった理由の一つに,十分な洗浄と吸引を行い,潰瘍底に存在する露出血管を同定し,止血鉗子を用いてピンポイントで凝固止血を行うことで,血流の遮断が可能であったことが挙げられる.血流を完全に遮断し,露出血管をほぼ平坦化させることで,一時止血のみならず,その後の物理的な刺激によっても再出血を来しにくいものと考える.これまで用いられてきたクリッピング法では,正確に血管そのものを把持できなければ完全な血流遮断は難しく,一時止血可能であっても,その後の物理的な刺激によってクリップが脱落し,再出血しやすいものと考える.

Dieulafoy型は再出血率が高率であると報告されているが 3,本検討においても,12例のDieulafoy型のうち,3例(25%)が再出血を来しており,再出血を来した4例のうち,3例(75%)がDieulafoy型であったことから,既報と矛盾しない結果であった.とはいえ,止血対象となった28例のうち,12例(42.9%)がDieulafoy型であり,半数近くを占める中で,Dieulafoy型でも再出血率が比較的低率であった(25%)ことから,満足のいく治療成績であったと考えられる.

AHRUの再発防止については,中村ら 5が体位変換の重要性を報告しており,当院でも積極的に体位変換を行うように心がけている.また,便塊の直接的な刺激を避ける目的で,緩下剤や刺激性下剤を用いて,十分な排便コントロールも行っている.さらに,近年では亜鉛補充などの栄養療法の重要性も報告されており 13,再発防止策に関しても今後の検討課題の一つであると考える.

なお,今回の検討におけるlimitationとして,単施設での後ろ向き検討であること,少数例での検討であること,AHRUの確定診断が困難であることなどが挙げられる.

Ⅴ 結  論

AHRUは脳血管疾患を始めとした何らかの重篤な基礎疾患を有し,長期臥床を必要とする比較的全身状態不良の症例に多くみられたが,基礎疾患を有さない健常人にも散見され,注意が必要である.その止血法として,止血鉗子を用いた内視鏡的止血術は有用であり,再出血予防の観点からも,有効な治療法である可能性が示唆された.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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