2019 年 61 巻 5 号 p. 1137-1142
内視鏡的全層縫合器であるOver-The-Scope-Clip(OTSC)を用いた大腸憩室出血に対する止血術の有用性は海外で報告が散見されているが,本邦での報告は見当たらない.今回,OTSCにより大腸憩室出血に対して止血を行った8例を経験したので報告する.
8例全例で止血が得られ,早期再出血と有害事象は認めなかった.
OTSCは大腸憩室出血に対する止血デバイスとして安全かつ有用と考えられた.
本邦において大腸内視鏡検査受検者の大腸憩室保有割合は20.3%で,その出血率は1.5%と報告されている 1).また,大腸憩室出血は下部消化管出血のうちの23.0%を占める主要な要因である 2).大腸憩室出血は自然止血が66-93% 3)~5)と比較的高率に認められるものの,時に致命的になりえる大量出血をきたす症例を経験する.出血源が判明した場合には,治療の第一選択として主に内視鏡的止血術が選択される.OTSC(Ovesco Endoscopy AG:Germany)はナイチノール製の形状記憶型クリップである(Figure 1).内視鏡先端にOTSCを装着する.組織を吸引した状態でOTSCをリリースする.リリースされたOTSCが組織を咬合することにより,止血や瘻孔,穿孔の閉鎖を可能とする.Probstら 6)はOTSCを用いて憩室出血に対して良好な止血効果が得られたと報告した.一方で,大腸憩室出血に対するOTSCの安全性,有効性に関するエビデンスは不足しており,症例を集積した検討が望まれている.今回われわれは大腸憩室出血に対してOTSCを用いた症例を経験したため報告する.
OTSC(Oversco Endoscopy AG, Tübingen, Germany).
2017年8月から2018年7月までに当院で大腸憩室出血に対してOTSCによる止血術を行った8例を対象とした.
方法下部消化管出血が疑われる血便を呈した患者に対して,下部消化管内視鏡検査を施行した.血行動態が安定しない場合には,輸液,輸血を適宜行い,血行動態を安定させたうえで内視鏡検査を施行した.止血対象を憩室から活動性出血がみられたもの,憩室内に露出血管を有したものをとした.また,憩室に血餅が付着していた場合には可能な限り血餅を除去した後に前述の2つの所見のいずれかを認めたものも止血対象とした.内視鏡は前方送水機能を有するPCF290ZAI(Olympus, Tokyo, Japan)を用いた.OTSCは10mm径のTtypeを用いた.OTSCの止血手順について説明する.①EZClip(Olympus, Tokyo, Japan)を用いて出血憩室の周囲に2カ所マーキングを行った後,内視鏡をいったん抜去する(Figure 2).②OTSCを装着し,マーキングしたクリップを目印として出血憩室まで再挿入する.③出血憩室に対して吸引操作をかけて可能な限り牽引したところで,内視鏡鉗子孔に装着したハンドホイールを力強く回転させOTSCをリリースする.吸引操作で憩室が十分に反転しない場合でも,それ以上組織が牽引できないところまで吸引し,リリースする.補助鉗子は用いない.④OTSCにより憩室が縫縮され,止血できていることを確認する(Figure 2).
a:白点線で囲まれた憩室が出血憩室.少し離れた位置に2カ所マーキングクリップを留置する.
b:憩室が翻転された状態でOTSCが留置され止血が得られている.翻転した憩室の頂部に露出血管を認める.
主要評価項目は手技成功率とし,副次評価項目を早期再出血,有害事象とした.OTSCにより憩室が縫縮でき,かつ,術中に活動性出血が消失した場合に手技成功と定義した.止血後30日以内の活動性出血を早期再出血と定義した.
患者背景は年齢中央値76.5歳(63-90歳),性別は男が5例(62.5%)であった.5例(62.5%)が抗血栓薬を内服していた.経口洗浄剤を用いた内視鏡検査の前処置は4例(50%)に行われた.OTSCの前治療としてEndoscopic band ligation(EBL)が2例(25%)で施行された.うち1例はEBLで充分な憩室の翻転が得られず,把持鉗子を用いて憩室を把持牽引したうえでEBLを施行した.結紮したものの,位置がずれており憩室の十分な縫縮ができなかったため,OTSCを用いて憩室を縫縮した(電子動画 1).もう1例はEBLによる止血後3日目に結紮バンドの脱落による再出血を認めたため,OTSCを用いて止血した.2例(25%)で充分な憩室の翻転が得られなかったが,全例でOTSCにより手技成功が得られた.また,8例すべての症例で早期再出血,有害事象を認めなかった(Table 1).
電子動画1
当科にて大腸憩室出血に対してOTSCを施行した症例の一覧.
大腸憩室出血の内視鏡治療として,クリップ法 7)~9),エピネフリン局注法 7)~9),凝固法 7)~9)が行われてきたが,近年ではEBL 10),11),Endoscopic detachable snare ligation(EDSL) 12),13)といった憩室を結紮する治療法が報告されている.凝固法とクリップ法と結紮術の3群比較したメタ解析では,3群間で初回の止血,早期再出血に有意差を認めなかったが,血管塞栓術もしくは外科手術移行が凝固法18%,クリップ法8%,結紮法0%であり,結紮法が有意に少なかったと報告している 14).一方で,OTSCを除く,大腸憩室出血に対する結紮バンドや留置スネアを用いた結紮法(EBL,EDSL)は,2018年6月の時点で本邦では適応外使用に該当する点,結紮後に小数例ではあるものの遅発性穿孔 15)や大腸憩室炎 11)の報告がされている点,吸引操作で憩室が反転しない場合には結紮困難である点に注意が必要である.
OTSCは内視鏡による組織閉鎖を目的としてドイツのオベルスコ社によって開発された.
2009年から欧米では臨床導入され,本邦では2011年11月に薬事認可された.本邦におけるOTSCの適応症に非静脈瘤性消化管出血が含まれており,大腸憩室出血に対するOTSCの使用は適応内使用と判断される.OTSCは獣の罠として用いられたトラバサミのような形状で上4本,下5本の歯を有している.歯が開口した状態で専用のアプリケーターキャップに装填されており,リリースした瞬間に上下の歯が閉口して噛み合うことで憩室を縫縮する.吸引による憩室の翻転が望ましいが(Figure 3),充分な翻転が得られていなくてもリリース時にOTSCが前方に飛び出しながら歯が噛み合うため(電子動画 2),憩室周囲の粘膜がある程度引き込めていれば縫縮が可能であると考えられる.本検討でも憩室の充分な翻転が得られなかった症例を2例認めたがいずれの症例もOTSCによる憩室の縫縮,止血が可能であった.Pubmedを用いて「Diverticulum, Colon」と「hemostasis」をキーワードとして検索したところ,大腸憩室出血に対するOTSC止血の報告を2編認めた.自験例と合わせてTableに示し(Table 2) 6),16)検討した.大腸憩室出血に対する初回止血は全例で成功していた.大腸憩室出血の止血以外の目的でOTSCを使用した症例で,OTSCの歯の先端で引き裂かれることによる食道穿孔 17)と十二指腸穿孔 18)がそれぞれ報告されている.しかしながら,使用目的を大腸憩室出血に限るとOTSC使用での穿孔例を認めなかった.また,OTSCの自然脱落に関してVoermansら 17)は,消化管全体で21%が6カ月間の経過で脱落し,西山ら 19)は大腸症例で2カ月間の経過で脱落例を認めなかったと報告しており,OTSCの多数例が短期間では脱落しないと考えられることより,遅発性穿孔のリスクを軽減する可能性が示唆される.しかしながら,検討症例数が少なく穿孔のリスクについては十分な評価が困難であり,今後の検討課題である.そのうえで可能な限り穿孔のリスクを減らすためにできることとして,筋層を欠く大腸憩室の内壁にOTSCの先端を直接あてがうことを避け,周囲の健常粘膜を含めて縫縮することが重要と考える.これにより,少なくとも歯の先端で憩室壁を引き裂くことによる穿孔を避けられるのではないかと考えている.OTSC後の再出血例は2例に認めており(Table 2) 6),16),再度のOTSC,フィブリン糊注入と通常のクリップの併用でいずれも止血が得られたと報告されている 16).
憩室が翻転した場合のOTSCのイメージ図.
①憩室を吸引する.
②憩室が充分翻転したところでOTSCをリリースする.
③憩室が翻転した状態でOTSCにより縫縮される.
電子動画2
大腸憩室出血に対してOTSCを施行した報告例.
OTSCのデメリットとして,出血憩室の同定後に内視鏡の再挿入が必要である点,費用が高い点が挙げられる.OTSCの先端キャップは長く,視野が狭くなるため,OTSCを装着した状態での出血憩室の検索は不向きである.このため,出血憩室の同定後にいったん内視鏡を抜去し,OTSCを内視鏡先端に装着し再挿入する必要があるため,やや煩雑である.OTSC1セットあたりの価格は¥79,800と高額であり,償還機材でないため,原則病院の負担となる.しかしながら,2018年6月時点で小腸結腸内視鏡的止血術の診療報酬点が10,390点認められているため,病院収支がマイナスになることは避けられる.このため,費用面でも憩室出血に対するOTSCの使用は許容されると考える.
大腸憩室出血ガイドラインでは,数ある内視鏡止血術の中でゴールドスタンダードは示されておらず 20),施設の状況や内視鏡医の判断で治療法が選択されているのが現状である.当科では今回の治療成績を踏まえ,OTSCを大腸憩室出血の止血法の第一選択としている.再出血した場合には,一つの内視鏡止血法にこだわらず,その施設で可能な方法を柔軟に選択するべきと考える.また,内視鏡的止血術が不成功の際には,内視鏡治療に固執せず動脈塞栓術や大腸切除術を考慮する必要があると考える.
大腸憩室出血に対してOTSCによる止血術は,止血効果が高く,比較的安全に施行できると考えられた.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし
補足資料
電子動画 1 充分な憩室の翻転が得られなかったため,EBLによる憩室の縫縮が困難であったが,OTSCにより憩室の縫縮が得られた.
電子動画 2 OTSCの机上モデル.OTSCはリリース時に5mm程度前方に飛び出しながら咬合する.