日本消化器内視鏡学会雑誌
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ガイドライン
大腸ESD/EMRガイドライン(第2版)
田中 信治樫田 博史斎藤 豊矢作 直久山野 泰穂斎藤 彰一久部 高司八尾 隆史渡邊 昌彦吉田 雅博斉藤 裕輔鶴田 修五十嵐 正広豊永 高史味岡 洋一杉原 建一楠 正人小池 和彦藤本 一眞田尻 久雄
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2019 年 61 巻 6 号 p. 1321-1344

詳細
要旨

大腸腫瘍の内視鏡治療の適応病変としては,早期大腸癌のみでなく前癌病変としての腺腫性病変も多く存在し,大腸EMRとESDの棲み分け,そのための術前診断,実際の内視鏡治療の有効性と安全性を第一線の臨床現場で確保するための指針が重要である.そこで,日本消化器内視鏡学会では,大腸癌研究会,日本大腸肛門病学会,日本消化器病学会の協力を得て,新たに科学的な手法で作成した基本的な指針として「大腸ESD/EMRガイドライン」を2014年に作成した.本ガイドラインでは,手技の具体的な手順や機器,デバイス,薬剤の種類や使用法など実臨床的な部分については,すでに日本消化器内視鏡学会卒後教育委員会編「消化器内視鏡ハンドブック」が2012年5月に刊行(2017年5月に改訂)されているので,技術的内容に関しては可能な限り重複を避けた.

大腸ESDは2012年4月に保険適用となったが,2018年4月には保険適用範囲と診療報酬点数が改訂された.「大腸ESD/EMRガイドライン」発刊後,SSA/Pの病態解明やESD症例のさらなる集積もなされており,ガイドライン初版発刊から5年目の2019年に最新情報を盛り込んだ改訂版を発刊するに至った.

はじめに

Endoscopic submucosal dissection(ESD)の有効性と安全性が認められ2012年4月に保険適用となり,大腸腫瘍に対する内視鏡治療手技の選択肢が広がるとともに,大きさに関わらず早期癌の完全一括切除が可能になった.2018年4月には保険適用範囲と診療報酬点数が改訂された.機器の進歩やデバイスの開発などによって,大腸ESDの技術的難易度は以前と比べて下がってきたとはいえ,依然上部消化管のESDと比較して手技的難易度が高く,穿孔などの偶発症を未然に予防することは重要である.また,内視鏡治療の適応となる上皮性大腸腫瘍には,早期癌以外にも前癌病変としての腺腫性病変も数多く存在し,術前の精密診断による病変の質的診断とそれに応じた適切な治療法の選択がキーポイントになる.

日本消化器内視鏡学会のガイドライン委員会は,初版 1発刊後5年が経過したのを契機に「大腸ESD/EMRガイドライン」改訂版を作成した.これは,初版と同様に,手技の具体的な手順や機器,デバイス,薬剤の種類や使用法などを具体的に記述しているハンドブック(日本消化器内視鏡学会卒後教育委員会編「消化器内視鏡ハンドブック改訂第2版」:2017年5月刊行) 2とは異なるものであり,術前診断や周術期管理,endoscopic mucosal resection(EMR)との棲み分けも含めて科学的な手法に基づいた基本的な指針となるものとした.

今回のガイドライン作成にあたっては,「Minds診療ガイドライン作成の手引き2014」 3に従い,evidence based medicine(EBM)に基づいたガイドライン作成を行った(Table 1).執筆の形式はclinical question(CQ)形式とはせずに,CQとステートメントを含めた総説形式とした.なお,この領域におけるレベルの高いエビデンスは少なく,専門家のコンセンサスを重視せざるを得なかった.本ガイドラインが大腸内視鏡診療での有用な指針となることを期待する.

Table 1 

推奨の強さとエビデンスレベル.

本ガイドラインは,すでに発刊されている「大腸癌研究会編:大腸癌治療ガイドライン(医師用)2019年版」 4および「日本消化器病学会編:大腸ポリープ診療ガイドライン2014」 5との整合性を十分考慮し,大腸癌研究会,日本大腸肛門病学会,日本消化器病学会の関係者とも十分な情報交換を行いながら作成した.

本ガイドラインの作成手順

1)委員

日本消化器内視鏡学会より,ガイドライン作成委員として消化管内視鏡医7名,大腸外科医1名,消化管病理医1名と臨床腫瘍医1名の計10名が作成を委嘱された.また評価委員として,消化管内視鏡医4名,消化管病理医1名の計5名が評価を担当した(Table 2).

Table 2 

大腸ESD/EMRガイドライン作成委員会構成メンバー.

2)エビデンスレベル,推奨度,ステートメント

適応,術前診断,手技,偶発症,内視鏡治療前後の周術期管理,根治度判定,術後経過観察,病理の8つの項目と基本的内容(CQなど)は原則として初版を踏襲した.各CQに対して,PubMedおよび医学中央雑誌にて1985年から2018年までの期間で,系統的に文献検索を行った.不足あるいは検索漏れの文献に対してはハンドサーチも併用した.検索した文献を評価し必要な文献を採用し,各CQとそれに対するステートメントを含めた解説文を作成した.そして,作成委員は各担当分野の各文献のエビデンスレベルおよびステートメントに対するMinds推奨の推奨グレードを用いた推奨度を設定した(Table 1).

作成されたステートメントと解説文を用いて総説形式のガイドラインを作成し,ステートメント案に対して,作成委員により修正Delphi法による投票を行った.修正Delphi法は,1-3:非合意,4-6:不満,7-9:合意,として7以上のものをステートメントとして採用した.完成したガイドライン案は,評価委員会の評価を受けたうえで修正を加えた後学会会員に公開され,パブリックコメントを求めたうえで,その結果に関する議論を経て本ガイドラインが完成した.

3)対象患者

本ガイドラインの取り扱う対象患者は,大腸腫瘍に対してEMRまたはESDによる治療を受ける者である.

また,利用者は,ESD/EMRを施行する臨床医およびその指導医である.ガイドラインはあくまで標準的な指針であり,個々の患者の意志,年齢,合併症,社会的状況などにより慎重に対応する必要がある.

Ⅰ 適応

1.基本的な考え方

早期大腸癌と診断された時点で,内視鏡治療もしくは外科治療を行うことが推奨される.進行大腸癌に関しては,進行度にもよるが,放置した場合に比較して外科治療などにより治療介入した場合のほうが予後がよいことは明らかである.早期大腸癌を放置した場合の予後に関するデータは乏しいが,外科治療を行った場合の5年生存率は,大腸癌術後フォローアップ研究会によるとstage 1で結腸癌94%,直腸癌95% 6,全国大腸癌登録でもstage 0で結腸癌91.6%,直腸癌88.5%,stage 1で結腸癌90.7%,直腸癌89.4%,内視鏡治療を行った場合の5年生存率は粘膜内癌(Tis)で100%,粘膜下層浸潤癌(T1)で96.0%と報告されている 7

患者の全身状態が著しく悪い場合や,患者の協力が得られない場合など,内視鏡治療による危険性が有用性を上回る場合は,治療を断念すべきである.特に高齢者においては慎重に内視鏡治療の適応を決定する.高齢者には全身状態不良例や併存疾患を有する者が多く,内視鏡治療に伴う偶発症を来す頻度が高い 8),9.一方で高齢者においても比較的安全に内視鏡治療を施行することが可能であったとする報告もある 10),11.超高齢者においては,平均余命や併存疾患,肉体年齢を考慮し,病変を切除することによって期待されるメリットが切除に伴う偶発症のリスクを上回ると判断される場合にのみ,内視鏡治療をすべきである.

内視鏡治療に際しては,患者の全身状態や内服薬を確認し,十分なインフォームド・コンセント(informed consent:IC)のうえで行う.内視鏡治療に先立って,患者の併存疾患や内服薬の有無に関して十分に把握する必要がある.特に抗血栓薬(抗凝固薬・抗血小板薬)を服用している場合は,服薬を継続したまま内視鏡治療を行った場合に出血を来す危険性と,休薬した場合脳血管イベントを生じる危険性の両方について理解したうえで,休薬するか否か,および休薬期間を決定することが重要である 12),13.血栓塞栓症の危険度は,患者の併存疾患の状況や,人工弁やステントの種類および留置期間により異なる.出血危険度は内視鏡の検査や治療内容により異なるが,ESDおよびEMRは,ともに出血高危険度の手技とみなされる.

患者・家族に対して施行予定の内視鏡治療について,文書でICを得る.それには,①患者の病名・病態,②内視鏡治療を推奨する理由,③実施しようとする内視鏡治療の具体的内容,④内視鏡治療によって期待される効果,⑤内視鏡治療で予想される危険性,⑥内視鏡治療の代替となる他の方法と対比情報,⑦内視鏡治療を受けなかった場合の予後,などについて記載されている必要がある.患者との意思疎通が困難な場合は,しかるべき代理人に承諾を得る.内視鏡治療を行う際の鎮静に関しても,それによって期待される効果と偶発症の危険性に関して,文書を使用してのICが望ましい.

2.適応病変

1)癌を疑わない病変

径6mm以上の腺腫は切除が勧められる.表面陥凹型腫瘍は径5mm以下でも切除が勧められる.遠位大腸に存在する径5mm以下の典型的な過形成性ポリープは,放置可能である(推奨の強さ 1,エビデンスレベル C).径5mm以下の隆起型および表面隆起型腺腫は担癌率が低く,T1(SM)癌は皆無に等しいが,径6mm以上では大きさに従って,一定の担癌率およびT1(SM)癌率を有する 14)~19.腺腫自体は良性であるが,それらの切除により大腸癌の予防が期待される 20),21.微小腺腫を放置した場合の発癌率や予後に関するエビデンスは乏しい.径5mm以下の大腸腺腫を数年間経過観察したが,ほとんど変化がなかった,とする報告が散見される 22)~24.したがって,径5mm以下の隆起型および表面隆起型腺腫は必ずしも早急な治療を要しない*.表面陥凹型腫瘍は径5mm以下でも一定の担癌率を有し,T1(SM)癌も存在するので,切除すべきである 14),15),17),18.大腸腫瘍の大部分は腺腫であり 14,EMRないし分割EMRで治療可能である 25),26.占拠部位や腫瘍径によっては,技術的に内視鏡治療が困難なこともある.

遺伝子・分子病理学的検討によると,大腸癌の一部は鋸歯状病変からいわゆるserrated pathwayを経て発癌すると想定されているが,鋸歯状病変の自然史や発癌率に関しては,まだ明らかでない点が多い.Sessile serrated adenoma/polyp(SSA/P)を有する患者,特にSSA/Pが多発するsessile polyposis syndrome(SPS)は大腸癌の高リスクといわれている 27)~33が,SSA/P自体がどれくらいの頻度や速度で癌化するのか,まだデータに乏しい 34)~38.癌化報告例の多くは,ポリープ径が10mm以上であるが,中には径5~10mmのものも少数ながら報告されている.大きい,あるいは異型を有するSSA/Pが癌化のポテンシャルを有する一方で,遠位大腸に存在する径5mm以下の典型的な過形成性ポリープは癌化する可能性が極めて低いとされる 39.文献 40によるとSSA/Pにおける粘膜内癌は0.7%,T1癌は0.2%に過ぎず,それらの平均径は18mmであったという.欧米では,直腸・S状結腸の明らかなhyperplasia(HP)を除いて,脾彎曲より近位に存在するすべての鋸歯状病変を切除することが推奨されている 41が,その根拠となるエビデンスは乏しい*.本邦では施設によって対応が異なり,大腸ポリープ診療ガイドライン 5でも,大きさに関しての明確なステートメントは示されていない.

* 欧米では一般的に内視鏡などの検査費用が高いこともあり,次の検査までの間隔を可及的に長くする方向でガイドラインが作成されてきた.そのため,発見したポリープはできるだけ切除してしまおうとする傾向が伺われる.一方本邦では,色素を含む画像強調内視鏡や拡大内視鏡を用いて病変を詳細に観察し,ポリープの質的診断を正確に行ったうえで治療適応を判断してきたという背景がある.

2)癌を疑う病変

早期大腸癌のうち,リンパ節転移の可能性が極めて低く,病巣が内視鏡的一括切除できる大きさと部位であり根治性が期待される病変は,内視鏡治療を行う.明らかなSM高度浸潤癌は,外科手術を行う(推奨の強さ 1,エビデンスレベル C)

ESDは,内視鏡治療の中で一括切除に最も優れた方法である 42)~48.分割EMRは,病理学的深達度診断や断端の判定が困難である.分割数は可及的少なくとどめ,また癌の可能性のある部分の分割は避けるほうがよい.腫瘍径が大きいほど,また分割数が多いほど,局所再発が多いことが知られている 49)~53.分割EMRを施行する際には,治療前の拡大内視鏡診断などを十分に行い,癌部は決して分割しないようにすることが肝要である.癌部を分断してしまうと,もしT1(SM)癌であった場合に浸潤距離や脈管浸潤などの病理診断が困難となり,必要な追加治療を選択できなくなる危険性がある.

側方発育型腫瘍(laterally spreading tumor:LST)非顆粒型(nongranular type:LST-NG)のうち偽陥凹型(pseudo-depressed type)は,「大腸癌取扱い規約」に従って記載すると0-Ⅱc+Ⅱa,0-Ⅱa+Ⅱcと表現される 54が,multifocalな浸潤傾向があり,どの部位でSM浸潤しているかの予想が容易ではなく,またしばしば線維化を伴っているので,EMRに適さないことが多い 55.ただし,SM高度浸潤を来している確率も高いことを念頭に置き,外科手術適応か内視鏡治療の適応であるかを,慎重に判断する必要がある.LSTにおけるESD/EMRの棲み分けの決定のためには,LSTの病型亜分類(Figure 1)と拡大観察によるpit pattern診断の総合評価が必要である 56.ESD適応病変の細目に関しては,Table 3 45),46),57)~59に記載する.

Figure 1 

LSTの病型亜分類(インジゴカルミン散布像で判定する).

a:顆粒均一型 homogeneous type;LST-G(Homo).

b:結節混在型 nodular mixed type;LST-G(Mix).

c:扁平隆起型 flat-elevated type;LST-NG(F).

d:偽陥凹型 pseudo-depressed type;LST-NG(PD).

Table 3 

大腸ESDの適応病変.

本邦では,2012年4月に径20~50mmの早期大腸悪性腫瘍がESDの保険適用となり 60,2018年4月から適応が『最大径が2cm以上の早期癌または最大径が5mmから1cmまでの神経内分泌腫瘍に対して,病変を含む範囲を一括で切除した場合に算定する.ただし,線維化を伴う早期癌については,最大径が2cm未満のものに対して実施した場合でも算定できる.』と改訂され,腫瘍径の上限が撤廃され,適応が癌に限定された*.径5mmから1cmまでの神経内分泌腫瘍についても適応拡大されたが,これらの病変はendoscopic submucosal resection with a ligation device(ESMR-L) 61),62やendoscopic mucosal resection using a transparent cap(EMR-C)法で安全確実な切除が可能であることから適応については議論が必要であろう.

* 日本消化器内視鏡学会のHomepageに『大腸ESDにおける腺腫と早期大腸癌の取り扱いについて』として下記のように周知されている.

平成30年度診療報酬改定で早期悪性腫瘍大腸粘膜下層剥離術の保険点数が見直され,それに伴った留意事項を以下に記載いたしましたので,お知らせいたします.

―大腸ESDにおける腺腫と早期大腸癌の取り扱いについて―

①大腸ESDの保険適用病変は『大腸早期悪性腫瘍』であり,術前に内視鏡所見もしくは病理学的に早期大腸癌と診断されてESDを施行した場合にはESDとして算定可能とされている.

②一方,術前に腺腫と診断された場合には,大きさ等に関わらずESDの算定は不可であり,EMRの算定となる.

一般社団法人日本消化器内視鏡学会 薬事・社会保険委員会

(https://www.jges.net/wp-content/uploads/2018/11/001.pdf)

Ⅱ 術前診断

1.質的診断

大腸ESD/EMRを行う前には病変の質的診断が重要である.その理由として質的診断は切除すべき病変に対する良悪の鑑別,病変範囲の把握はもちろんであるが,大腸では病変全体が早期癌であるもの以外に腺腫・腺腫内癌も多いため,病変全体の悪性度のみならず病変内の悪性度の相違を正しく評価することがESD/EMRの棲み分け,分割EMR選択の是非,計画的分割ラインの設定などの治療戦略にもつながるためである 4

質的診断においては画像強調・拡大観察を用いることでより精度の高い質的診断が可能である(推奨の強さ 2,エビデンスレベル A)

質的診断を行うためには,通常観察およびインジゴカルミンなどの色素散布による色素内視鏡観察で,病変の色調,表面凹凸,陥凹の有無,ヒダ集中所見などを確認することが必要である.さらに,色素散布(インジゴカルミン,クリスタルバイオレットなど)を用いた拡大観察(pit pattern診断),およびnarrow band imaging(NBI),blue laser imaging(BLI)などの画像強調観察を用いた拡大観察が可能となり,病変の表面微細構造や微細血管所見による診断が可能となっている 63)~65.腫瘍/非腫瘍との鑑別において色素内視鏡観察も含めた通常観察では80%程度であるのに対して,pit pattern観察では96~98%,NBIおよびBLIを用いた拡大観察においても95%の正診が得られると報告されている 66)~72.また,腺腫/癌との鑑別においてはpit pattern観察では70~90%の正診が得られ,NBI拡大観察などでも同様の結果が得られており,拡大内視鏡観察を用いることでより精度の高い質的診断が可能である 73)~77.なお,NBIを用いた診断において様々な分類が提唱されてきたが,国際的には非拡大観察でも使用可能なNBI international colorectal endoscopic classification(NICE分類) 78および,拡大観察所見によるJapan NBI Expert Team classification(JNET分類) 79に統一されている.

さらに最近では,endocytoscopy,confocal laser endomicroscopy(CLE)の登場によりin vivoで細胞レベルの観察が可能となり拡大内視鏡を上回る極めて高い診断精度が報告されているが 80),81,まだ一般的ではない.

このように内視鏡機器の進歩により内視鏡診断が病理組織診断に迫るレベルに達しているエビデンスはしっかりと示されている.しかし,これら機器の普及はまだ十分とはいえず,各施設における機器整備の課題も残されているため「推奨の強さ」はレベル2とした.

一方,これまで非腫瘍性病変とされてきた鋸歯状病変のうち,SSA/PとTSAが癌の前駆病変であることが指摘され注目されているが 82,癌化例も含めたこれらの病変に対する質的診断においても,画像強調・拡大内視鏡診断が有用であることが報告されている 83)~89

なお,質的診断のための生検は原則すべきではない(推奨の強さ 2,エビデンスレベル C).表面型病変の場合,術前診断としての生検は粘膜下層に線維化を来しnon-lifting signを生じ,その後の内視鏡治療に支障を来すことがある 83.また,腺腫内癌の多いLST-G(laterally spreading tumor, granular type) 54などの腫瘍径の大きな病変では単純な生検では正確な質的診断には至らない可能性もあり,むしろ画像強調・拡大内視鏡観察による診断のほうが有効である.

2.深達度診断

早期大腸癌では,内視鏡治療を施行する前にSM浸潤の程度を予測することが必要である(推奨の強さ 1,エビデンスレベル A).癌のSM浸潤度により脈管侵襲,リンパ節転移のリスクが異なること,また,T1(SM)高度浸潤癌では内視鏡治療で不完全切除になる危険性があるため,内視鏡治療を施行する前にSM浸潤の程度を予測することが必要である.また,内視鏡的切除標本の正確な病理評価を得るうえでもSM浸潤の箇所を指摘することは重要である 4

深達度診断には,通常また色素観察において,深い陥凹,緊満感,粘膜下腫瘍様の辺縁所見,伸展不良所見のいずれかが認められればSM高度浸潤が示唆され,その正診率は70~80%である 90),91.さらに色素拡大内視鏡観察によるpit pattern診断ではVN型pit patternを認めることで約90%の正診率が得られるが,隆起型病変と表面型病変では前者での正診率がやや劣る傾向にある 92)~94.さらに,NBIを用いたNICE分類 95,JNET分類 96においても同等の診断が可能である.

また,超音波内視鏡検査では描出条件や病変の形態により描出能の影響を受けるがほぼ80%の正診率が得られる 97)~101.これらの検査には各々長所短所があり,また,病変の肉眼型や発育様式などによっても診断精度が異なるため,状況に応じて最適な検査法を組み合わせて診断することが望ましい 102

Ⅲ 手技

1.ESD/EMRの定義

EMR 103),104は,経内視鏡的に生理食塩水あるいはヒアルロン酸ナトリウム溶液などを腫瘍の粘膜下層に局注し,スネアで病変を絞扼し高周波装置を用いて通電・切除する方法である.ポリペクトミーでは通電せず切除するいわゆるcold polypectomyという概念も存在するがEMRでは通電することが原則である.EMRの際,分割切除となった場合に分割EMRとする.分割EMRの中で,粗大結節や癌部を組織学的に正確に診断するため最初に大きく分断(分割)しないよう切除し,その後も切除部位を計画的に分割切除する手法を計画的分割EMRとする.最近欧米からunder water EMRという概念が報告され,本邦でも試みられている.浸水下で病変を浮遊させ局注せずにスネアリングする手技であるが,当ガイドラインの定義からは“局注”しないので厳密にいえばEMRには該当しない 105),106

ESDは,経内視鏡的に生理食塩水あるいはヒアルロン酸ナトリウム溶液などを腫瘍の粘膜下層に局注し,ESD用電気メスと高周波装置を用いて病変の周囲を切開し,粘膜下層を剥離することにより,大きさに関わらず病変を含む範囲を一括で切除できる方法である 45),47),107)~109

なお,スネアを併用せず最後まで剥離を完遂したものを狭義のESDと定義する 110),111.そして,ESD用ナイフあるいはスネア先端を用いて病変周囲切開後,粘膜下層の剥離をまったく行わずにスネアリングを施行する手技を「precutting EMR」 112,ESD専用ナイフあるいはスネア先端を用いて病変周囲切開後,粘膜下層の剥離操作を行い最終的にスネアリングを施行する手技を「hybrid ESD」と定義する 110),111),113.この「precutting EMR」 112「hybrid ESD」に関して他の呼称も報告されているが,当ガイドラインにおいてはこのように定義する.なお,保険請求に関してどこまで請求できるかはここでは言及しない.

2.ESD/EMR

早期大腸癌に対する内視鏡治療は一括切除が望ましい(推奨の強さ 1,エビデンスレベル B).腺腫や腺腫内癌の一部は,分割EMRも適切に施行されるのであれば許容されるが,その際には,治療前の拡大内視鏡観察を十分に行い,癌部は決して分割しないようにすることが肝要である.

癌部を分断してしまうと,仮にT1(SM)癌であった場合,浸潤距離や脈管侵襲の判定などの病理診断が困難となり,必要な追加治療を選択できなくなる危険性があるからである 25),47),55),114),115.分割EMRの際は,切除後辺縁や潰瘍底を拡大内視鏡観察することで遺残・再発率が低下するという報告がある 116.また遺残再発の確認のため半年前後に経過観察の内視鏡検査を施行する 50),117)~119

腫瘍径の増大とともにT1(SM)癌の頻度も増え,病理の再構築が困難となるような多分割切除においては,組織評価の困難性に加え,局所遺残再発の頻度も高くなることが知られており 50),117),118,半周を超えるような大きな病変に関しては,分割EMRは避け,術者の習熟度,施設の治療環境,患者の状態や病変に応じて可能な限りESD,それが難しい場合は外科手術で対応する 107

大腸ESDは機器の開発,方法論の確立により熟練者が施行すれば,安全・確実に施行できるようになってきた.しかしながら,ESDを施行する際には,穿孔予防のため必要な各種デバイス(電気メス,止血デバイス,先端アッタチメント,ヒアルロン酸などの局注剤 120)~126,CO2送気装置,クリップ)などを準備したうえで,入院設備や外科的処置の体制を整えた環境で行うことが重要である.

3.Non-lifting signを呈する病変に対する内視鏡治療

Non-lifting sign陽性であっても粘膜内腫瘍(腺腫や粘膜内癌)の可能性がある.したがって,内視鏡的に粘膜内腫瘍と判断できればESD/EMRの適応となる(推奨の強さ 2,エビデンスレベル B)

Non-lifting sign 127)~129を呈する粘膜内病変や,遺残再発病変で,通常EMRが困難で一括切除が望ましい病変(特に早期癌を疑う病変や非顆粒型LSTなど)に関してはESDで対応可能であるが,技術的難易度が高く,穿孔などに注意し慎重に施行する必要がある 45),55),130)~132

Non-lifting sign 127),128は,現在でも深達度診断の一助として用いられているが,その後,多施設前向き試験(5施設,239人,271病変登録) 129にて通常内視鏡観察の診断とnon-lifting signとの診断の精度を比較したところ,感度において通常内視鏡観察の診断能はnon-lifting signを上回っていた(84.6% vs. 61.5%).大腸腫瘍は,蠕動運動や,生検の結果生じた線維化によって粘膜内病変であってもnon-lifting sign 127),128を呈することがある.したがって内視鏡治療前には,拡大内視鏡観察などで腫瘍と非腫瘍との鑑別,癌であれば深達度診断を行い,生検は施行しないことが望ましい.

大腸ESDを施行する内視鏡医の基準は特に日本消化器内視鏡学会として規定していないが,最低でも日本消化器内視鏡学会専門医あるいはそれに相当する技能を有することが条件となる.また食道・胃ESDに習熟しているだけでは不十分である.大腸という解剖学的特性を熟知し,確実に盲腸まで短縮操作で到達できる挿入手技,ならびにポリペクトミー,EMR,止血手技,クリップ縫縮などの基本手技を十分マスターしていることが最低条件である.胃ESDに関しては,十分な経験(100例以上)があることが望ましいが,施設の特性で大腸検査以外施行する機会がない場合は,動物の臓器などを用いたESDを十分トレーニングしたのちに開始することが望ましい 133)~135

Ⅳ 偶発症

大腸の内視鏡治療における代表的な偶発症は,穿孔と出血である.穿孔とは,全層性の組織欠損により体腔と自由な交通がある状態であり,X線検査上でのfree airの存在は問わない.また全層性の組織欠損部の周囲が被覆されており,体腔と自由な交通がない場合には穿通と定義される.出血の定義に関しては,ヘモグロビンが2g/dL以上低下した場合,輸血を要した場合など様々なものが提案されているが,明確な根拠をもとに定められたものはない.また後出血に関しては,術後に顕性の血便がみられ,輸血または何らかの止血処置を要したものを後出血と定義している場合が多い(後述).これらの偶発症の頻度は,ポリペクトミー,EMR,ESDで,それぞれ術中穿孔率0.05%,0.58~0.8%,2~14%,後出血率1.6%,1.1~1.7%,0.7~3.1%と報告されている 48),109),121),136)~139

1.穿孔への対応

大腸は胃に比べ壁が薄く,治療時の穿孔リスクが高い.術前には,万が一の穿孔に備え,十分な前処置を行う必要がある.術中においては,スコープの良好な操作性を確保することが必須であり,腫瘍の存在部位,形態,線維化の有無などに応じて使用するスコープを選択し,適切な処置具や局注液,CO2送気装置 111),140を使用することが重要である.治療中に穿孔を来した場合は,部位に関わらず可能な限りまずクリップ閉鎖を試みる(推奨の強さ 1,エビデンスレベル C).ESDの場合には穿孔直後にすぐクリップ閉鎖を行うとその後の剥離操作の妨げとなる場合があるため,可能な限り周囲組織を剥離して十分なスペースを確保してから閉鎖することが望ましい.完全縫縮が可能であれば,抗生剤投与と絶飲食により手術を回避できる可能性が高い 136),141),142.穿孔後のCTによる腹腔内free airの有無は,手術を決定する指標にはならない 142ため,外科医と連携を取りながら腹部症状や血液データ所見などを含めて総合的に手術適応を判断する必要がある.当然ながら,不完全縫縮となった場合は汎発性腹膜炎を呈する場合が多く,このタイミングで速やかに手術を選択する必要がある.

また,下部直腸の場合は解剖学的特徴から腹腔内への穿孔にはならないが,骨盤腔への穿孔となるため,後腹膜・縦隔気腫や皮下気腫を来すことがある 143

EMR,ESD後の創部の閉鎖は偶発症の予防にある程度有効であると推測されるが,遅発性穿孔の予防に有効であるという十分なエビデンスは得られていない.

2.出血への対応

内視鏡治療に伴う術中の出血に関しては,凝固止血やクリップ止血による対応が可能である.静脈からの湧出性出血や小動脈からの出血は,EMRの際にはスネア先端で,ESDの際にはナイフ先端で軽く接触凝固するか,止血鉗子での凝固を行う.太い動脈からの出血には止血鉗子が必須であるが,過凝固による遅発性穿孔を避けるため,出血点をピンポイントで把持し必要最低限の通電にとどめる必要がある.通常,大腸においてクリップを使用しなければならないような術中の大出血を来すことは極めて稀であるが,EMRで病変が完全に取り切れている場合にはクリップ止血も簡便で有用である.一方,ESDにおいては止血のためにクリップを使用してしまうとその後の処置が困難になる場合があるため,十分な注意が必要である.

EMR後の予防的焼灼術に関しては,径2cm以上の広範切除後に止血鉗子を使った焼灼術の前向き多施設研究では,後出血率が焼灼群で5.2%,非焼灼群で8%と焼灼群で少ない傾向にあったが有意差はみられなかった 144.一方で,EMR後の予防的クリップ閉鎖に関しては,後出血率の低減に寄与しないとするランダム化比較試験がある(クリップ施行群0.98% vs. クリップ非施行群0.96%) 145が,この試験は腫瘍径中央値が7.8mmと比較的小さい病変を対象としている.他方,径2cmを超える病変に対しては,予防的クリップ閉鎖が有効であったとする遡及的解析(クリップ施行群1.8% vs. クリップ非施行群9.7%)や 146,クリップ閉鎖による外来治療の可能性を示唆する遡及的解析がある 147.しかし,抗血栓療法を行っていない症例に対するクリップ閉鎖は費用対効果に乏しいとする解析もある 148.さらに,径1~2cmのポリープのEMR後にスネア先端での焼灼群とクリップ閉鎖群に分けた単施設でのランダム化比較試験では,予防効果に有意差はみられずコストや処置時間を考慮するとスネア先端での焼灼のほうがよいとする報告もある 149

ESD後の切除創に関しては,明らかな露出血管がみられる場合には予防的凝固処置が行われる場合が多いが,下部直腸で拍動性の太い露出血管がみられる場合には予防的にクリッピングが行われる場合もある.予防的な縫縮に関しては,切除サイズの大きさからクリップによる完全縫縮は困難な場合も多く,様々な縫縮法 150),151が試みられているが,完全縫縮が後出血を含む遅発性偶発症の予防に寄与するという十分なエビデンスはまだ得られていない.

以上より,小病変のEMR後の予防処置に対する効果は限定的であるが,大型病変や抗血栓療法施行中の症例などの後出血高危険群において,術後のクリップ閉鎖はある程度有効である(推奨の強さ 2,エビデンスレベル C)

Ⅴ 内視鏡治療前後の周術期管理

内視鏡治療後の周術期管理は,遅発性穿孔・後出血に留意し,必要に応じて入院で管理する(推奨の強さ 2,エビデンスレベル C).ESD/EMRの周術期管理 152については,日本消化器内視鏡学会卒後教育委員会編の消化器内視鏡ハンドブック(改訂第2版) 2や,各種ガイドラインを参照して行う.

1.抗血栓薬について

日本消化器内視鏡学会では,2012年7月に「抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡診療ガイドライン」 12を発刊し,2017年に「直接経口抗凝固薬(DOAC)を含めた抗凝固薬に関する追補2017」 13が追加された.

「抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡診療ガイドライン」 12においてESD/EMRは出血高危険度群に分類される.抗血小板薬・抗凝固薬の休薬に関して詳細は,同ガイドライン 12および追補版 13を参照されたい.

1)抗血小板薬(アスピリン,チエノピリジン)内服患者に対するESD/EMRは慎重に対応し,抗血栓薬の休薬が可能となるまで内視鏡の延期をするか,抗血小板薬はアスピリンまたはシロスタゾールへの変更を検討する.

2)ワルファリンと抗血小板薬を併用している場合,ヘパリン置換は後出血リスクを上げる可能性があるため,INRが治療域であればワルファリン継続下あるいはDOACへの一時的変更で内視鏡的処置を行うことも考慮する.

3)DOACはヘパリン置換することになっていたが,ヘパリン同様に短時間で薬効が減弱・発現するため,DOACの治療当日中止のみでの対応を検討する.

4)DOACと抗血小板薬併用に関しては,DOACの治療当日中止および抗血小板薬は休薬が難しければ,アスピリンまたはシロスタゾールに変更することを検討する.

DOACは,翌日朝から下血がないことを確認後に再開する.再開後に出血することもあるので,出血に対する対応は継続する.

いずれにしても,休薬あるいは継続の判断はリスクとベネフィットを慎重に考慮することが重要となる.心原性脳塞栓症の既往のある患者の経口抗凝固薬の休薬は,血栓症の頻度が高いことを認識し,大腸では,上部消化管出血と異なり消化管出血が致死的となることは極めて稀であることを理解しておく.

2.前処置

狭窄症状のないことを確認し,前日検査食(あるいはそれに準拠する食事)と前日就寝前に緩下剤などを投与する.検査当日に腸管洗浄液を2~3L服用するか,前処置不良が予測される場合は,検査前日(2L)+当日(1L)の分割投与(split dose)も推奨される.前処置が不良の場合は,適宜,腸管洗浄液の追加も可能である.

前投薬・鎮静薬;大腸の蠕動は治療の妨げとなる場合があり,禁忌(緑内障,前立腺肥大,不整脈)がないことを確認し,必要に応じて鎮痙剤(ブスコパン)を静注ないし筋注する.その際,頻度は低いがアナフィラキシーショックを生じる場合もあり,十分注意する.鎮静薬・鎮痛薬を使用するか否かは内視鏡医の判断・患者の希望で決定する.大腸ESD/EMRにおいては体位変換を必要とすることもあり過度の鎮静は行わない.またCO2送気を使用することで患者腹部膨満感の軽減が期待できる 140.ESDや入院を要するEMRにおいては原則,静脈ルートを確保し輸液を行う.

3.術中管理

術中鎮静を行う場合や長時間の治療が予想される場合には,酸素飽和度,心電図,血圧などをモニターすることが望ましい.

4.術後管理

EMRは径20mm未満のものであれば外来で施行することも可能である.径20mm以上のEMRやESDでは施設と患者側の条件が合えば,入院で行うことが望ましいが,欧米では外来でも施行されている.大腸ESDに関して入院期間,食事開始時期など,推奨されるガイドラインはないが,前泊を含めて4泊5日のクリニカルパスで問題なかったとする報告や 152さらに短縮できる可能性も指摘されている 153.食事は,遅発性穿孔・後出血に留意し,腹痛,発熱などの炎症所見がないことを確認してから開始する.治療の状況によっては食事開始,退院時期を早めることも可能である.

5.Postpolypectomy electrocoagulation syndrome

穿孔がなくとも筋層の断裂や熱変性が生じると発熱,腹痛を生じることがある.電気凝固によるポリープ切除後に発生する穿孔を伴わない腹膜の炎症である 154.一般的に,大多数の患者で保存的治療が可能であるが,遅発性穿孔に進展する可能性を考慮して,絶食期間の延長など慎重な対応をとることが重要である.

6.遅発性穿孔

術後遅れて発生する腸管穿孔である.ESD/EMRの手技が穿孔なく完了し,スコープを抜去した後に判明した腸管穿孔をいう.腹痛,腹部所見,発熱,炎症反応などで診断される.多くが治療終了後24時間以内に生じるが,1/3程度で24時間以降に穿孔が確認される.単純X線写真で分からないfree airが腹部CTで発見されることもあるため,遅発性穿孔を疑う場合には積極的にCTを行う.外科手術の適応となる可能性が高く,外科医と早急に連絡を取り合う必要がある.頻度はEMRではデータとしてまとまった報告がないが,ESDで0.1~0.4%と報告されており極めて稀である 45),60),109

7.後出血

内視鏡的止血術を必要とするもので,治療の前後でヘモグロビン2g/dL以上の低下あるいは顕性の出血を認めたものと定義する 155.多少便に血が混じる程度の少量の出血はこれに含めない.頻度はEMRで1.4~1.7% 109),118,ESDで1.5~2.8% 45),60),109),118と報告されている.術後2,3日から1週以内に多いが,10日前後までは後出血の可能性がある.予防的クリップの後出血への効果に関しては議論の分かれるところであるが,径20mm以上の病変に関しては有効であるとする報告もあり 156,高危険度群の病変に対してはその有効性を前向き試験で評価する必要性がある.

ポリペクトミー後の後出血率は,抗凝固薬内服群vs. 非内服群で2.6% vs. 0.2%(P=0.005)と内服群で有意に高いという報告がある 157

8.劇症型壊死性筋膜炎(フルニエ症候群)

下部直腸の場合は解剖学的特徴から腹腔内への穿孔にはならないが,骨盤腔への穿孔となるため,後腹膜・縦隔気腫や皮下気腫を来すことがある 42.さらに非常に稀な病態であり内視鏡的切除後の発症の報告はないが,劇症型の壊死性筋膜炎(フルニエ症候群)を来す可能性も否定できない.発症した場合は敗血症・播種性血管内凝固症候群(DIC)となりその死亡率は20~40%と報告されており,広域スペクトラム抗生剤投与や速やかな外科的治療が必要となる 158

Ⅵ 根治度判定

内視鏡的な局所根治の判定には拡大内視鏡観察が有用である.最終的な根治度は局所因子とリンパ節・遠隔転移リスクの因子で評価される.

併せて切除標本の取り扱いが不適切であると脈管侵襲やSM浸潤距離測定などの病理組織学的評価が正しくなされなかったことで,追加腸切除が施行されないまま局所遺残・再発,転移などを来す危険性が危惧される.以上から,切除標本の取り扱いには十分な注意が必要である.

1.腺腫

腺腫は良性腫瘍であり浸潤や転移を来さないため,局所に遺残がなければ根治である 159)~162

2.Tis(M)癌

大腸腫瘍では粘膜内に限局する病変においてリンパ節や他臓器への転移の可能性は皆無であり,一括切除でかつ水平断端が陰性であれば根治と判定する.しかしながら,側方断端陽性または分割切除では局所再発が報告されている 50),158),159ため,内視鏡的に局所根治と判定する.

3.T1(SM)癌

内視鏡治療後に病理検査にてpT1(SM)癌を認めた場合には,大腸癌研究会編「大腸癌治療ガイドライン医師用 2019年版」 4に準拠し,その後の治療方針を決定する.具体的には,内視鏡的不完全切除により深部断端陽性となった病変は追加手術を施行すべきである(強く推奨).内視鏡的に完全切除された場合,病理組織学的所見で,①垂直断端陰性(完全切除),②乳頭腺癌・管状腺癌,③SM浸潤距離1,000μm未満,④脈管侵襲陰性,⑤簇出Grade 1のすべての項目を満たした場合は,リンパ節転移・遺残再発を来した症例は極めて稀であり,経過観察でよい(推奨の強さ 2,エビデンスレベル B)

一方,これら5項目のうちひとつでも満たさない場合には,その病変の予測リンパ節転移率と患者の背景(年齢,併存疾患,身体的活動度,患者の意志,人工肛門造設などによる術後のQOLなど)を総合的に評価して追加腸切除を考慮する(弱く推奨).決して追加腸切除を強制するものではなく,前述の条件を総合的に評価したうえで経過観察するか追加手術を行うかを決定する.

4.T1(SM)癌の追加手術

大腸癌研究会の「1,000μm以深SM癌転移リスクの層別化」プロジェクト研究によると,SM浸潤距離のみが根治基準を満たさない場合で,他のリンパ節転移危険因子がみられなければT1癌のリンパ節転移の頻度は1.4%であったと報告されている 163.また他の研究報告でも同様の条件下でリンパ節転移は1~2%前後とされている 164),165.一方で,最初からリンパ節郭清を伴う外科的手術を施行したとしても,結腸で1.5%,直腸で4.2%転移再発することが報告されている 166

なお,大腸癌の外科手術の安全性は極めて高いとされるが,日本消化器外科学会データベース委員会 167によると2009年度調査報告では大腸癌に対する術死は皆無ではなく,同様の多施設共同研究からも右半結腸切除術で2.3% 168,低位前方切除術で0.9% 169であったと報告されている.

以上,再発リスクの低い病変では追加腸切除を行う意義,上記の情報と患者背景を十分に熟慮したうえで,治療方針の決定を行うことが重要である 170

Ⅶ 術後経過観察

大腸ESD/EMR後の経過観察は局所遺残再発,転移,異時性*病変の早期発見を目的として行う 171),172.大腸腫瘍に対する内視鏡治療が大腸癌の発生や死亡リスクを低減 173),174し,大腸癌手術後のサーベイランスが予後の改善につながるとの報告 175はあるが,本邦には内視鏡治療後の経過観察方法に関するエビデンスに基づくコンセンサスはない.経過観察を行う際には,一括切除や分割切除などの治療手技や切除標本の病理組織診断による根治度判定に基づき,さらに個々の症例が有する多発病変,癌などのリスク因子および併存疾患など患者背景をもとに計画する.

1.局所遺残・再発

局所遺残再発の早期発見のためには大腸内視鏡による定期的観察が望ましく,早期発見例では内視鏡的処置が可能なことが多い.腺腫またはpTis(M)癌において,分割切除または切除断端が不明瞭となり,内視鏡的根治度の評価が正確に行えなかった場合は,6カ月前後に大腸内視鏡を行うことが望ましい(推奨の強さ 2,エビデンスレベル C).完全一括切除と比較し,分割切除では病理組織学的評価が困難で局所遺残再発率が高く,分割切除数の増加に伴い遺残再発が増えることが報告 176されている.また,本邦の多施設前向き研究では,径20mm以上の腫瘍性病変に対するESD後においても局所再発の独立危険因子は分割切除であった 53.分割切除後の再発は6カ月で18.4%,12カ月で23.1%,24カ月で30.7%と報告 117されており,水平断端の評価が困難な場合や分割切除となった場合には,半年~1年以内に大腸内視鏡にて局所再発の有無を調べることが推奨されている 4),166

pT1(SM)癌の内視鏡治療後の経過観察に関しては,再発や転移の多くは3~5年以内であることが報告 177)~180されており,この期間は慎重な経過観察が望まれる.さらに,外科的にリンパ節郭清を含めて切除されたpT1(SM)癌においても少なからず再発や転移が認められ,直腸の再発率(4.2~4.5%)は結腸の再発率(1.5~1.9%)と比較し高い 166),181ことが報告されており,特に直腸病変に対しては慎重な経過観察を考慮する.また,pT1(SM)癌に対して最初から手術を施行した群と内視鏡治療後に手術を追加した群の比較で,リンパ節転移や再発率に差がないことが報告 179),182されており,外科手術に先行して施行された内視鏡治療は手術後の経過や予後に影響を及ぼさないことが示されている.具体的なサーベイランス方法や期間について一定のコンセンサスは得られていないが,pT1(SM)癌の内視鏡治療後は大腸内視鏡による局所の観察のみならず,腫瘍マーカー(CEA,CA19-9)や腹部超音波検査,胸腹部・骨盤CTなどによる全身的な定期的経過観察が望まれる.

* 異時性:従来,「大腸癌取扱い規約」には「1年以上の期間に診断された場合,異時性とする」と記載されていたが,すべてのがんで定義を統一するために,第9版 54より「2カ月以上の期間に診断された場合,異時性とする」へ改訂された.

2.異時性病変

異時性大腸腫瘍発見のための明確な検査間隔は確立していないが,内視鏡治療後3年以内に大腸内視鏡を施行することが望ましい(推奨の強さ 2,エビデンスレベル C).大腸腫瘍切除後に異時性大腸腫瘍が30~60% 183に認められるため,内視鏡治療後は異時性病変の発見や残存する病変の監視を目的として,定期的な内視鏡観察が必要である.また,大腸内視鏡時に見逃し病変も比較的高率に存在する 171),184),185ことを念頭に置く必要がある.本邦における多施設の遡及的検討 186では,異時性に発見されたindex lesion(径10mm以上の腺腫,癌)379例のうち51%が3年以内に,さらに7例のpT1(SM)癌が1年以内に発見されており,この中には急速に発育した病変だけでなく見逃された病変が含まれることが示唆されており,質の高い内視鏡観察が重要である.

異時性のadvanced neoplasia*は,径10mm以上の病変や3個以上多発する大腸腺腫,近位結腸の病変,大腸癌の既往などで発生率が高いことが知られている 183),187.異時性advanced neoplasia発生の調整オッズ比は,絨毛成分を有する腺腫1.28(95%CI:1.07~1.52),high-grade dysplasia 1.05(95%CI:0.81~1.35)で,リスク因子のうち高齢,腺腫数,病変径が最も強く関係していたと報告 188されている.さらに,欧米のinterval caner**に関するメタ解析 189では,いくつかのリスク因子が挙げられており,個々の臨床病理学的所見および患者背景を考慮して経過観察を計画する.また,本邦において早期大腸癌内視鏡治療後の異時性多発癌は0~26.5%に認められ,発見までの平均観察期間は25.6~102.8カ月と報告 190)~192されており,長期の経過観察も考慮する.

なお,内視鏡的切除後の経過観察についての欧米のガイドライン 41),193では,初回内視鏡所見をもとに,その後の腫瘍発生のリスクに応じて層別化して初回サーベイランス間隔を設定し,以後についても初回内視鏡と初回サーベイランス所見をもとに設定している.現在,日本消化器内視鏡学会で「大腸内視鏡スクリーニングとサーベイランスガイドライン」の作成作業が進行中である.

* advanced neoplasia:報告により異なるが,一般にadvanced adenomaとは径10mm以上の腺腫,high-grade dysplasia,villousまたはtubulovillous成分を有する病変を指し,advanced neoplasiaとはこれに浸潤癌を加えたもの.

** interval cancer:World Endoscopy Organization(WEO) 194では「癌が指摘されなかったスクリーニングまたはサーベイランス検査後に,推奨される次回検査前に診断された大腸癌」と定義されている.大腸内視鏡を対象としてpost-colonoscopy colorectal cancer(PCCRC)とする用語も用いられている.

Ⅷ 病理

1.検体の取り扱い

病変の根治性や追加治療の必要性を判断するためには,正確な病理組織診断が必須であり,切除標本が適切に取り扱われなければならない.検体は病変周囲粘膜が均等に平面化されるよう,粘膜面を表にして,ゴム板やコルク板にピンで貼り付け(Figure 23),10~20%緩衝ホルマリンに,通常の病理診断の場合には室温にて6時間以上72時間以内浸漬し固定することが推奨される 54.ただし,ゲノム診療を行う場合には,日本病理学会「ゲノム診療用病理組織検体取扱い規程」 195では6時間~48時間の固定を行うことが望ましいとされている.

Figure 2 

EMR標本固定の実際.

Figure 3 

ESD標本固定の実際.

切除後の標本は自己融解が進むため速やかに固定する必要があるが,より乾燥を防ぐために生理食塩水を浸すとよい.このときに内視鏡医は臨床画像との乖離がなく,かつ切除標本の断端が判別できるように展開し処理する必要がある.また,多分割切除となった標本はできるだけ再構築もしくは断端が判別できるように展開する必要がある.

臨床的意義のある病理組織診断を行うためには,適切な切り出しが必要である.内視鏡医は病理医に術前診断(生検診断結果も含む),病変部位,形態,腫瘍径の基本情報以外に臨床評価が的確に伝わるように説明文,もしくは図説にて提示する必要がある.また,臨床画像等の所見により病変の悪性度が最も反映していると思われる箇所を指摘することが望ましい.

固定後の検体はスケッチや肉眼写真撮影(スケールを添えて),病変の大きさの計測を行い,肉眼所見を記載する.そして,2~3mmの間隔で割を入れ全割し,すべてのプレパラートを作製し,組織学的検索に供することを原則とする.具体的な切り出し方は,まずFigure 4のごとく水平断端に最も近接している病巣の接線を想定し,この接線に対して垂直に最初の割を入れる.次に,それと平行に最初は割を浅く入れて標本の各切片が完全に切り離されていない状態で写真撮影を行い,その後深く割を入れて各切片を切り離し,標本を作製する.なお,病変の領域性が不明瞭な場合は,実体顕微鏡による観察が推奨される 54

Figure 4 

切除標本切り出しの実際.

2.病理所見の記載法

腫瘍の病理組織診断は,基本的には「大腸癌取扱い規約」(第9版) 54および「大腸癌治療ガイドライン(2019年版)」 4に準じて行う.癌の組織型,壁深達度,脈管侵襲(Ly,V),切除断端(水平,垂直)を判定し,pT1(SM)癌の場合は,浸潤距離,簇出,間質量,浸潤様式も記載する 54),164),196),197.腫瘍内に複数の異なる組織型が存在する場合は,面積的に優勢なものから順に,すべて記載する.壁深達度は癌浸潤の最も深い層をもって表記する.pT1(SM)癌では有茎性病変と非有茎性病変に分けて浸潤距離の評価を行う.

3.特殊染色・免疫染色の有用性

病理組織診断において特殊型組織型の腫瘍の診断,深達度判定,脈管侵襲の特殊染色・免疫染色が有用である.特殊型癌組織型腫瘍のうち,特に高悪性度の内分泌細胞癌と低悪性度のカルチノイド腫瘍/神経内分泌腫瘍(neuroendocrine tumor:NET)は腺癌と鑑別する必要があり,免疫染色(chromogranin A,synaptophysin,CD56)が有用である.通常型腺癌の場合は,簇出のグレード判定は原則としてHE標本で行うが,サイトケラチンによる免疫染色で癌細胞が明瞭化し評価の際の参考所見として有用である 197),198.深達度の判定において粘膜筋板を同定するため,desminを用いた免疫染色が有用である 199),200.静脈侵襲の確認にはElastica van Gieson染色またはVictoria-blue/HE重染色が,リンパ管侵襲の確認には抗リンパ管内皮抗体(D2-40)を用いた免疫染色を併用することが望ましい 197)~203

 

利益相反

本ガイドライン作成委員,評価委員の利益相反に関して各委員には下記の内容で申告を求めた.

本ガイドラインに関係し,委員個人として何らかの報酬を得た企業・団体について:報酬(100万円以上),株式の利益(100万円以上,あるいは5%以上),特許使用料(100万円以上),講演料(50万円以上),原稿料(50万円以上),研究費,助成金(100万円以上),奨学(奨励)寄付など(100万円以上),企業などが提供する寄付講座,研究とは直接無関係なものの提供(5万円以上),

田中信治(講演料:エーザイ,オリンパス,EAファーマ,武田薬品工業,研究費・助成金:アストラゼネカ,EAファーマ,奨学寄付:大塚製薬,武田薬品工業,田辺三菱製薬,第一三共製薬,EAファーマ,秋田住友ベークライト,MRP,持田製薬,旭化成メディカル,JIMRO,エーザイ,ゼリア新薬工業),八尾隆史(報酬:武田薬品工業),渡邊昌彦(報酬:ジョンソン・エンド・ジョンソン,コヴィディエンジャパン,テルモ,講演料:大鵬薬品工業,中外製薬,ヤクルト本社,ジョンソン・エンド・ジョンソン,コヴィディエンジャパン,奨学寄付:エーザイ,大鵬薬品工業,ヤクルト本社,クレハ,中外製薬,日本イーライリリー,寄付講座:EAファーマ,ゼリア新薬工業,JIMRO,アッヴィー),豊永高史(特許使用料:オリンパス,富士フイルム),楠 正人(研究費・助成金:武田科学振興財団,上原記念生命科学財団,安田記念医学財団,三重医学研究振興財団,奨学寄付:伊賀市立上野総合市民病院,中外製薬,玉城町国民健康保険玉城病院,科研製薬,大鵬薬品工業,塩野義製薬,田辺三菱製薬,寄付講座:伊賀市立上野総合市民病院,玉城町国民健康保険玉城病院)

文 献
 
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