2019 年 61 巻 7 号 p. 1401-1407
症例は31歳,女性.1年前から発現と消退を繰り返す上腹部痛を主訴に前医受診,上部消化管内視鏡検査で胃体上部大彎に径25mm大の胃粘膜下腫瘍を認め,当院紹介となった.腫瘍からの細胞診で異所性膵が疑われ,症状を伴い本人の希望もあったため手術を施行した.腹腔鏡・内視鏡合同手術(laparoscopy endoscopy cooperative surgery:LECS)の手技を用いて腫瘍を摘出し,病理組織学的検査により異所性膵と診断した.術後,上腹部痛は消失した.有症状で手術適応となる胃異所性膵に対するLECSに言及した報告は少ないが,低侵襲で過不足のない切除が可能となるLECSはよい適応と考えられる.
異所性膵は本来の膵組織から解剖学的に連続性を欠き,異所性に存在する膵組織であり,胃は十二指腸に次いで多くみられる臓器とされるが,その発生部位は幽門前庭部が大半で胃体部は少ない 1).多くは無症状で経過するが症状を有する場合や悪性病変が疑われる場合は外科的治療が考慮される 2).一方,比企ら 3)により2008年に報告された腹腔鏡・内視鏡合同手術(laparoscopy endoscopy cooperative surgery;以下,LECS)は胃の粘膜下腫瘍(submucosal tumor;以下,SMT)に対して過不足のない切除を行う手技であり,低侵襲性にも優れており近年急速に普及している.今回,われわれは胃体部に発生した上腹部痛の発現と消退を繰り返していた胃異所性膵に対し,LECSの手技を用いて切除を行い良好な経過がえられた症例を経験したので考察を加えて報告する.
患者:31歳,女性.
主訴:上腹部痛.
既往歴:特記すべき事項なし.
現病歴:1年前から食事に関係なく上腹部の鈍痛を自覚していたが,痛みは自然に消退するため様子をみていた.痛みが出現した際には前医を受診したが,腹部所見および腹部レントゲン検査にて異常は指摘されず,血液検査で炎症所見は認めず肝胆道系酵素および血清アミラーゼ値は正常範囲内で,整腸剤の内服で経過観察とされていた.しかし,その後も症状の再燃と自然消退を繰り返すため前医を再診し,上部消化管内視鏡検査で胃のSMTを認めたため,精査加療目的に当院紹介となった.
来院時現症:身長152.5cm,体重54.6kg,BMI 23kg/m2.腹部は平坦,軟で圧痛はなかった.手術痕は認めなかった.血液生化学検査に異常所見を認めず,腫瘍マーカーとして検索したCEAおよびCA19-9はいずれも正常範囲内であった.
上部消化管内視鏡検査:胃体上部大彎に正常粘膜に覆われた径25mm大の粘膜下腫瘍様の隆起性病変を認めた.病変辺縁の立ち上がりはなだらかで,bridging foldを伴っていた.表面に陥凹や潰瘍形成はなかった(Figure 1-a).
画像所見.
a:上部消化管内視鏡検査では胃体上部大彎に正常粘膜に覆われた径25mm大の粘膜下腫瘍様の隆起性病変を認めた.病変辺縁の立ち上がりはなだらかで,bridging foldを伴っていた.表面に陥凹や潰瘍形成はなかった.
b:超音波内視鏡検査では粘膜下層を中心に境界が比較的明瞭で高低エコーが混在する腫瘤様病変を認めた(矢印).
超音波内視鏡検査:粘膜下層を中心に境界が比較的明瞭で高低エコーが混在する腫瘤様病変を認めた(Figure 1-b).Endoscopic ultrasound-fine needle aspiration(以下,EUS-FNA)を同部位より施行した.細胞診で異型に乏しい膵腺房細胞および膵管上皮細胞が採取され,異所性膵が考えられた.
上部消化管造影検査:胃体上部大彎に胃内腔に突出する腫瘤性病変を認めた.
腹部造影CT検査:胃体上部大彎に胃内に突出する径25mm大のほぼ均一に濃染される腫瘍性病変を認めた.膵および胆道に異常所見はなく,その他腹部に腫瘍性病変やリンパ節腫大を認めなかった.下部消化管内視鏡検査も施行したが異常所見はなかった.
以上の所見から胃異所性膵と考えられたが,腫瘍は胃異所性膵の好発部位である幽門前庭部ではなく胃体部を主座としていた.胃原発の非上皮性腫瘍として,筋原性腫瘍や胃間葉系腫瘍(gastrointestinal stromal tumor;以下,GIST),インスリノーマを鑑別疾患として挙げたが,画像所見上は良性腫瘍と考えられ,悪性腫瘍を積極的に示唆する所見はなかった.また,反復する上腹部痛の原因として他に考えられる異常所見はなかった.蛋白分解酵素阻害剤の内服による薬物療法も検討したが,腫瘍の摘出により症状の改善が望めると判断し,本人の希望もあり摘出の方針とした.良性腫瘍であれば,病変を含めた局所切除で根治が望めると考えられた.病変は胃内発育型の形態であり胃の漿膜側からは病変部位が同定できない可能性が考えられ,術式は必要最小限の切除範囲となるLECSによる腫瘍摘出を選択した.患者本人とその家族には以上の内容に加え,手術の危険性および合併症について十分に説明した.また,安全性を最優先とし術中の状況に応じて開腹移行する可能性についても説明し,手術の同意を得た.
手術所見:全身麻酔下に砕石位で手術を開始,4ポート(臍部にカメラポート,左右上腹部各々に5mmトロッカー,右中腹部に12mmトロッカー)とし,気腹圧10mmHgでLECSを行った.腹腔鏡下に腹腔内を観察,腹膜の炎症性の肥厚や癒着など,膵炎に伴った腹膜炎を示唆する所見は認めなかった.胃の漿膜面に異常所見はなく,病変部位は漿膜側からは同定できなかった.経口内視鏡下に胃体上部大彎の病変を同定し,腫瘍辺縁から5mm程度のマージンを施し,DualKnifeTM(Olympus社)を用いて腫瘍周囲を粘膜下層まで全周切開した(Figure 2-a).病変肛側の胃粘膜切開部で壁を内視鏡下に穿孔させ,穿孔部を開大した.続いて腹腔鏡下に超音波凝固切開装置を用いて粘膜切開ラインに沿って胃壁の全層切離を行い(Figure 2-b),開放した胃はリニアステイプラー60mmを2本用いて閉鎖して病変を摘出した(Figure 2-c).摘出標本はE・ZパースⓇ(八光)に収納して体外に摘出した.再度挿入した経口内視鏡で縫合不全や出血のないことを確認し,右上腹部のトロッカー孔よりドレーンを開放した網嚢腔に留置して手術終了とした.手術時間は2時間27分,出血量は少量であった.
手術所見.
a:経口内視鏡下に胃体上部大彎の病変を同定し,腫瘍周囲を粘膜下層まで全周切開した.
b:病変肛側の胃粘膜切開部で壁を内視鏡下に穿孔させたのち,腹腔鏡下に超音波凝固切開装置を用いて粘膜切開ラインに沿って胃壁の全層切離を行った.
c:開放した胃はリニアステイプラーを用いて閉鎖して病変を摘出した.
摘出標本および病理組織学的検査:腫瘤は径25×25mm大で弾性硬,表面は正常粘膜に覆われており,割面は黄白調を呈していた(Figure 3-a).粘膜下層から固有筋層にかけて膵組織,膵小葉,Langerhans島および膵管いずれの組織も確認された(Figure 3-b).異型は認めずHeinrich Ⅰ型の異所性膵と診断した.切除断端は陰性であった.また,病理組織学的に膵炎を示唆する所見は認めなかった.
切除標本(割面)および病理組織学的検査所見.
a:腫瘤は径25×25mm大で弾性硬,表面は正常粘膜に覆われており,割面は黄白調を呈していた.
b:粘膜下層から固有筋層にかけて膵組織,膵小葉,Langerhans島および膵管いずれの組織も確認された(H.E.染色×10).
術後経過:術後2日目より食事を開始し,経過は良好で術後6日目に退院した.術後,上腹部痛は消失した.退院後外来通院中であるが術後12カ月が経過した現在,再発所見はなく,症状の再燃も認めていない.また,経口摂取や栄養状態に問題はなく,術前と比較して体重減少もきたしていない.
異所性膵は,正常膵とは解剖学的に連続性を欠き,血行支配も異なり異所性に存在する膵組織と定義される.発生部位の多くは消化管で,十二指腸に最も多く29%,次いで胃が27%,空腸16%,回腸6%,Meckel憩室6%にみられる 4).胃粘膜下腫瘍の中では筋原性腫瘍に次いで多くみられ 5),その発生部位は幽門前庭部が88%と多数を占め,体部は12%と少なく,胃底部にいたってはみられないとされている 6).組織分類にはHeinrich分類が一般的に用いられており,Langerhans島,腺房細胞,導管がそろっており正常膵組織と同様の構造を有するⅠ型,腺房細胞と導管を認めるがLangerhans島を欠くⅡ型,導管のみからなるⅢ型の3型に分類される.Ⅱ型が最も多いとされるが 1),自験例はⅠ型であった.
形態的には,内視鏡像で頂部に陥凹を伴い消化管内腔に開口する導管が特徴だが,自験例では確認されなかった.頂部の導管の開口部がみられるのは24.6% 7)~45% 8)と半数以下で必ずしも証明されるわけではなく,この所見のみで他のSMTとの鑑別は困難と考えられる.EUSでは粘膜下から固有筋層を主座とする境界明瞭,内部に点状,短線状高エコーが散在する低エコー腫瘤が特徴とされ 9),10),膵実質にみられるような導管様エコーが確認されることもあるが自験例では描出されなかった.また,EUS-FNAの正診率は50~80%程度とされており 11),12),悪性含む他疾患の可能性が否定できないため手術を行い切除診断となった症例も報告されている 7).自験例では十分量の検体を採取するために粘膜切開生検法を行うことも検討したが,出血や穿孔の危険性も考慮して施行しなかった.
胃異所性膵は一般には無症状であるが,約6%に腹痛や貧血,下血などの症状を呈することがある 13).腹痛を呈するのは異所性膵に膵炎による炎症が加わることが原因と考えられているが,明らかな誘因は不明である 14),15).血液検査での血清アミラーゼの上昇や,病理組織学的で膵管導管の開口や閉塞の所見を認めることがあるとされるが,これらは必ずしも証明されるわけではない.自験例ではいずれの所見も伴わなかったが,腫瘍摘出後より上腹部痛が消失していることから,摘出前は軽症ながらも慢性的に活動性膵炎の状態が持続していたことで症状を伴っていた可能性が考えられた.
GIST診療ガイドライン 16)では胃SMTの治療方針について記載されており,有症状または生検にてGISTと診断されている腫瘍は大きさに関わらず手術適応とされている.一方で,異所性膵は無症状であれば経過観察であるが,症状を有する場合や悪性が疑われる場合は外科的切除の適応となる.消化管出血や胆道・膵管閉塞,異所性膵の膿瘍化などの手術報告が散見されるが,病理組織学的にはほとんどが良性であり局所切除で予後は良好とされる.
比企ら 3)により2008年に報告されたLECSは,胃内発育を伴う径5cmまでの粘膜面への露出を伴わない胃SMTに対して過不足のない切除を行う手技であり,低侵襲性にも優れており近年急速に普及している.胃内腔から病変を視認することでより正確な切除範囲を決定し,ESDの切開ラインに沿って腹腔鏡で全層切離を行うこの手法は,過剰な胃切除を回避して胃機能を可及的に温存しながらの病変の切除と腫瘤全体の評価を可能とした.しかし,LECSは病変の局在や周在性が手技の難易度に影響する場合があり,その適応には慎重を期す必要がある.平澤ら 17)は,病変の局在がEGJで,その周在性が1/2周以上の症例は,欠損部の閉鎖が困難であることなどからLECSの適応外としている.当院では胃内発育部分を有する径5cm未満の胃SMTで,腫瘍の粘膜面への露出を伴わないものをLECSの適応としており,病変の局在がEGJにかかる症例は適応外としている.自験例は異所性膵の好発部位である幽門前庭部ではなく胃体上部の病変であったが,内視鏡操作で病変の局在を正確に把握することで,腹腔鏡操作における胃壁への流入血管の処理は最低限にとどめられ,過不足のない胃切除が可能であった.開放した胃は直接縫合で閉鎖する場合もあるが,自験例では部位的にリニアステイプラーによる閉鎖でも胃機能は損なわれないものと判断した.このため胃切除範囲がやや大きくなった可能性があるが,病変の切除範囲自体の縮小を可能とするLECSを用いたことで,楔状切除や部分切除と比べても過剰な胃切除を回避しえたと考えられた.ただし,腫瘍の胃壁外への露出や胃内容の腹腔内散布による汚染に関しては十分に注意する必要があり,自験例においては術前および術中内視鏡にて腫瘍の粘膜面への露出がないことを確認し,摘出後はすみやかにE・ZパースⓇに回収して可及的に腫瘍の露出の予防に努めた.内視鏡操作では胃内を十分に洗浄して胃内容の流出を最小限にとどめた.また,止血困難な出血をきたした場合や胃の変形や狭窄が懸念される場合など,状況に応じての術式変更や開腹移行には迅速に対応できるようにしておくことは重要である.
今回,PubMedで2018年5月まで,「ectopic pancreas」,「laparoscopic and endoscopic cooperative surgery(LECS)」をキーワードに検索し,また,医学中央雑誌を検索(検索期間1983年~2018年5月,会議録を除く,キーワード:「異所性膵(迷入膵)」,「腹腔鏡・内視鏡合同手術(LECS)」)した.胃異所性膵に対するLECSについて言及した報告は少なく,邦文での報告は1例のみで,幽門前庭部の出血性異所性膵に対してLECSが行われている 18).自験例の場合は主訴が反復する腹痛であり,病変の局在は胃体部であったが,初回報告例と同様に貴重な症例と考えられる.国外ではSMTに対するLECS施行症例のまとまった報告がなされており,Kangら 19)は101例中3例(3.0%)が異所性膵であったことを報告している.症状の有無や治療経過,腫瘍の特徴などの詳細は明らかでないがLECSの有用性が評価されている.
自験例では発現と消退を繰り返す上腹部痛を有していたこと,術前検査で胃異所性膵が疑われるもののGISTを含む他疾患の可能性も否定できなかったこと,良性腫瘍であれば臓器および機能を極力温存した低侵襲手術が許容されると判断したこと,および本人の希望も踏まえて,LECSを施行した.術後は合併症なく経過し,術後在院日数も短期間であった.また,主訴の上腹部痛は術後より消失し,症状の再燃なく経過しており,再発所見も認めていないことから,治療としては妥当であったと考えられた.異所性膵は低率ながら胃体部に発生することがあり,同部位に局在するSMTの鑑別疾患として注意する必要がある.また,今後更なる症例の蓄積が必要であるが,有症状で手術適応と判断された胃異所性膵は低侵襲で過不足のない切除が可能なLECSのよい適応と考えられた.
有症状の胃異所性膵に対してLECSの手技を用いて切除を行い良好な経過がえられた症例を経験した.有症状で手術適応の胃異所性膵は低侵襲で過不足のない切除が可能なLECSのよい適応と考えられるが,今後症例を重ねていくことが重要である.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし