日本消化器内視鏡学会雑誌
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症例
クリップ法で止血困難であった大腸憩室頸部出血に対して止血鉗子で再止血し得た1例
安達 哲史 島田 紀朋神田 仁佐々 政人田口 泰三
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2019 年 61 巻 7 号 p. 1430-1434

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要旨

90代男性.前医にてS状結腸に活動性出血を呈する憩室を認め,クリップによる止血術がなされた.その後2度再出血しクリップを追加したものの,止血困難であったため当院に転院搬送された.下部消化管内視鏡検査を施行したところ,責任憩室およびその近傍にクリップが残存しており,把持鉗子でクリップを除去して出血点を明確にした.小さな露出血管を認め,coagulasperの先端を軽く押し当て,soft凝固で露出血管を焼灼し,同部位を遅発性穿孔予防目的でクリップ縫縮した.クリップ法で止血困難であった場合に止血鉗子で再止血し得た大腸憩室出血の報告例は検索し得た限りでは認めず,文献的考察を加えて報告する.

Ⅰ 緒  言

大腸憩室出血に対する内視鏡的止血術としてクリップ法が広く行われているが,再出血率が高いことが報告されている 1.クリップ法による再出血例に対してはクリップ法や局注法が追加されるが,内視鏡的止血困難例に対しては動脈塞栓術や大腸切除術が行われている 2.今回われわれはクリップ法で止血困難であった大腸憩室出血に対して,止血鉗子で内視鏡的に再止血し得た症例を経験したため,文献的考察を加えて報告する.

Ⅱ 症  例

症例:90代,男性.

主訴:血便.

既往:前立腺肥大,脂質異常症.憩室出血の既往はなし.

内服薬:抗血小板薬,NSAIDsの内服なし.

現病歴:血便を主訴に前医を受診し,憩室出血の疑いで入院加療となった.下部消化管内視鏡検査を施行したところS状結腸に活動性出血を呈する憩室を認め(Figure 1),クリップによる縫縮止血がなされた(Figure 2).その後2度再出血し,クリップを追加したが止血困難であったため当院に転院搬送された.

Figure 1 

S状結腸憩室より活動性出血を認めた.

Figure 2 

責任憩室にクリップ4個で縫縮止血がなされた.

入院時現症:身長164cm,体重37.6kg,体温37.7度,血圧193/92mmHg,脈拍88/分,意識清明,眼球結膜貧血あり,腹部平坦,軟,圧痛なし.

入院時臨床検査所見:Hb 10.3g/dlと貧血を認めた.

入院後経過:全身状態は安定しており,前医にて責任憩室が同定されていたことから,浣腸のみの前処置で緊急下部消化管内視鏡検査を施行した.責任憩室およびその近傍にクリップが残存しており(Figure 3),把持鉗子でクリップを除去して出血点を明確にした(Figure 4).小さな露出血管を認め,Coagulasper FD-411QR(オリンパス社製)の先端を軽く押し当てsoft凝固で焼灼した(高周波装置VIO300D Effect6 80W アムコ社製).露出血管の消失を確認し(Figure 5),遅発性穿孔予防目的で焼灼部位をクリップ縫縮した(Figure 6).術後腹痛や発熱を認めず,第5病日より食事を再開し,再出血なく経過した.1カ月後に下部消化管内視鏡検査を再検し,治療部位の瘢痕化を確認した(Figure 7).リハビリおよび在宅調整をし,第39病日に退院した.

Figure 3 

責任憩室とその近傍に止血後のクリップが残存していた.

Figure 4 

クリップを把持鉗子で除去して出血点を明瞭化した.

Figure 5 

止血鉗子で露出血管を焼灼後の内視鏡所見.

Figure 6 

焼灼部位をクリップ縫縮した.

Figure 7 

止血1カ月後の内視鏡所見.

Ⅲ 考  察

大腸憩室出血において約75%が自然止血するものの,約25%は出血が持続し止血処置や輸血を要すると言われている 3.特にactive bleeding(AB),non-bleeding visible vessel(NBVV),adherent clot(AC)といったstigmata of recent hemorrhage(SRH)を有する大腸憩室 4は,経過観察した場合に約1/2の症例で再出血すると報告されており 5,内視鏡的止血術の適応とされている 4

大腸憩室出血に対する内視鏡的止血術には,局注法,凝固法,クリップ法,結紮法(endoscopic band ligation:EBL 6,留置スネア法 7)があり,クリップ法は組織傷害性が少なく多用されている 4.クリップ法には直接血管を把持する直達法と憩室口をふさぐ縫縮法があるが,縫縮法では止血効果が低く再出血率が高いため 2),8,直達法が推奨されている.本症例では縫縮法によるクリップ止血が不完全なクリッピングだったことが再出血した一因と考えられた.また,クリップ法で再出血をきたした16例中,クリップ法または局注法を追加し内視鏡的に再止血し得たのは7例(43.7%)であったとの報告があり 2,初回止血と比較し内視鏡的再止血は困難であると言える.内視鏡的止血困難例に対しては動脈塞栓術や大腸切除術が広く行われている 4

本症例は他院にて3回クリップ法による止血術が試みられており内視鏡的止血は困難な可能性が高かったが,出血と自然止血を繰り返しており血管造影で血管外漏出像を認めない可能性が高かったこと,複数の憩室にクリッピングされており動脈塞栓術の際に責任憩室の正確な同定が必要であったことより,内視鏡的止血が可能であるかの判断を含め同日緊急で下部消化管内視鏡検査を施行した.

今回「大腸憩室出血」をキーワードに医学中央雑誌で検索したところ,クリップ法後の再出血に対する内視鏡的再止血に関するまとまった報告は少なく 2),8),9,再出血の頻度は11%~31%であり,クリップ法追加,局注法追加による再止血の報告は認めたが,凝固法の追加で再止血し得た報告は検索し得た範囲内では認められなかった.

大腸憩室症ガイドラインにおいて,大腸憩室は筋層の欠落した仮性憩室であるため,憩室底部からの出血において推奨されず,穿孔の危険性が指摘されている 1),4.原則は他の内視鏡的止血法が困難である場合に限定され,適応は慎重に考慮する必要があると考えられている 10),11.止血鉗子による凝固法は主に出血性胃潰瘍に対して用いられており,クリップ法と比較して止血成功率は同等以上であり,処置時間が短く,露出血管に対して有用な止血法であると報告されている 12),13.また,近年は胃と比較し腸管壁の薄い十二指腸においても止血鉗子による凝固法が用いられており,その安全性と有効性が報告されている 14.本症例では初回の止血術に使用したクリップを把持鉗子で除去し出血点を明確にしたところ,憩室頸部に小さな露出血管を認め,出血源と同定した.複数回のクリッピングのためか組織が固くクリップによる把持や吸引を伴うEBLやOTSC等の止血法が困難と考えられたこと,露出血管が小さいため焼灼による組織傷害は軽度であると想定されたこと,出血部位が憩室底部ではなく頸部であったため穿孔の危険性も低いと考えられたことより,凝固法による再止血を選択した.凝固法を選択するにあたり高周波装置の設定は過凝固による遅発性穿孔を予防するためにも極めて重要であると考えられる.施設ごとに設定は異なるが,当院では下部消化管出血に対する止血における高周波装置の設定はSoft凝固Effect6,80Wとしている.Effect設定は高ければ素早い凝固止血が得られ,凝固深度は浅くなるとされており 15),16,粘膜下層への影響を小さくするためEffectを高めの設定としている.不十分な焼灼を避けるため電力を高くしているが,その分過凝固を防ぐため通電時間を短くするよう工夫をしている 15),16.止血鉗子を使用する際,添付文書上は血管を把持する使用法が推奨されているが,血管が細い止血鉗子を閉じた状態で先端を軽く接地させ通電することで止血が可能であり 15,血管を把持した場合と比較し狭い範囲の焼灼が可能である.

また,凝固法による遅発性穿孔の予防法についてエビデンスの高い報告はないものの,遅発性穿孔予防を目的としたESD後潰瘍の完全縫縮 17を参考とし,焼灼部位をクリップ縫縮した.1カ月後に下部消化管内視鏡検査を再検して治療部位の瘢痕化を確認しており,本症例においては止血鉗子を用いた止血術が適切であったと考えられる.ただし,凝固法を選択する場合は施設ごとに高周波設定と通電時間を工夫することで過凝固を防ぎ,慎重な術後管理が望ましいと考えられた.クリップ法で止血困難であった場合の大腸憩室出血に対する適切な再止血法に対するまとまった報告はなく,内視鏡的止血法の中での止血鉗子の位置づけも含めて今後症例の集積が望まれる.

Ⅳ 結  語

クリップ法で止血困難であった憩室出血に対して止血鉗子による再止血が有効であった1例を経験した.内視鏡的再止血の方法として他の止血法が困難であり,出血点が小さく憩室頸部の出血で穿孔の危険性が低いと判断される場合には,止血鉗子による凝固法が大腸憩室出血の内視鏡的止血術の選択肢の1つになりうる可能性があると考えられた.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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