日本消化器内視鏡学会雑誌
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総説
胃内視鏡検診の現状と課題
中島 滋美
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2020 年 62 巻 2 号 p. 148-157

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要旨

胃内視鏡検診は死亡率抑制効果が明らかなので,実現可能な地域や職域では採用されるべきである.しかし内視鏡検査のcapacity,予算,受診者のアクセスなどの問題により実現不可能な場合には,胃X線検査の背景胃粘膜診断で胃炎のある人に内視鏡検査を受けてもらう方法が効率がよい.胃内視鏡検診には利点だけでなく欠点もある.とくに重大な偶発症には注意が必要である.厚労省が掲げる受診率の目標は当面40%だが,H. pylori陰性者が増加し胃がん調整死亡率の自然減少が見られる昨今,単純に受診率を上げる戦略には費用対効果に問題がある.今後H. pylori感染歴や萎縮など,胃がんリスクにより対象者を層別化し,内視鏡受検者の選別や検診間隔の決定に反映させる必要がある.これに加え,将来専門技師によるAI補助内視鏡検診により医師の負担を軽減すれば,効率的な胃がん検診により胃がん死を自然減少以上に減らせるであろう.

Ⅰ はじめに

わが国では胃がん検診として長年胃X線検査が実施されてきたが,その死亡率減少効果は2005年度および2014年度の国立がん研究センター「有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン」で確認されている(Table 1 1.内視鏡検診については2014年度の同ガイドラインで死亡率減少効果が確認され 1,Hamashimaにより論文としてもまとめられている(後述) 2.これらのエビデンスを勘案し,厚生労働省(厚労省)は2016年内視鏡検診を胃がん検診として認めた(Table 2).しかし,地方自治体や職域で内視鏡検診を実施するためにはハードルが高く,問題点も指摘されている.本稿では,内視鏡検診の現状と課題,および今後の展望について総説する.

Table 1 

胃X線検診の死亡率抑制効果(メタアナリシス).

Table 2 

がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針(平成28年2月4日一部改正).

Ⅱ 内視鏡検診のエビデンス

内視鏡検診のエビデンスは,2014年度の国立がん研究センターのガイドライン 1および2016年のHamashimaの総説 2によってTable 3のようにまとめられた.これによると,内視鏡検診により胃がん死は23~71%程度に有意に抑制された.しかも,胃X線検診と比較して死亡率は23~33%に抑制されており,内視鏡検診はX線検診より胃がん抑制効果が優れていることが判明した.また,当時論文未発表であったが,韓国の内視鏡検診の成績で明らかな死亡率抑制効果が認められていたことも考慮され 3,2016年厚労省はTable 2のように指針を改定し,内視鏡検診を胃がん検診として認めた.なお,その後胃X線検診に関しては当面40歳以上の者を逐年検診してよいとした.

Table 3 

日本の内視鏡検診における胃がん死亡率の減少効果.

Ⅲ 検診対象年齢と検診間隔

2014年度版ガイドラインによると,1人の胃がん死亡を避けるのに必要な内視鏡検診人数(Number needed to screen,NNS)が1,000人以下となるのは男性55歳以上,女性65歳以上であった.また,1人の胃がん死亡を避けるために必要な要精検(生検または内視鏡検査再検)者数が100人以下となるのは男性55歳以上,女性60歳以上であった.検診の利益と不利益の比較により,50歳未満では内視鏡検診や精検(生検等)の不利益が利益よりも上回ると推定されたことから,対象年齢は50歳以上とされた 1

検診間隔に関しては,国内の研究で3年以内の間隔で有意に(30%)死亡率減少効果を認めた 1.韓国の研究でも4年以内の検診間隔で40-79歳において20-40%の死亡率減少効果を認めた 3.一方,逐年検診をすれば偶発症のリスクは加算される.以上より,検診間隔を延ばすと偶発症のリスクを増やさず死亡率減少効果が得られることから,今回の指針では検診間隔が2年とされた 1

検診対象年齢や検診間隔に関しては,今後の検証や死亡率の変化などによりさらに改訂される可能性もある.

Ⅳ 期待される受診率

期待される受診率に関しては,2007年6月に策定された厚労省「がん対策推進基本計画」で50%以上が目標として掲げられている.これは,欧米先進国で乳がん・子宮がん検診受診率が70-80%になった時点でそれらのがん死亡率が低下したのに対し,わが国ではそれらのがん検診受診率が低迷し死亡率も依然として上昇し続けていたことから,少なくとも50%を目標にしようとしたものと思われる 4.胃がん検診に関する欧米先進国のデータはないので,他部位のがんを参考に目標値が決められたようである.ところが,残念ながらわが国では胃がん検診受診率を正確に表している統計がない.このため,最近は国民生活基礎調査による胃がん検診受診率を採用していることが多い.この調査の「胃がん検診受診率」とは,一部の代表的地区の住民に対して調査票を配布し,その回答結果から得られた数字である.しかも,この数字は対策型検診だけでなく,任意型検診,職域健診,保険診療を含めたすべての機会において胃X線または内視鏡検査のどちらかを受けた人の割合である.この調査によると,40歳以上の「胃がん検診受診率」は2007年の28.7%から2016年には38.4%へと徐々に増加していたものの,依然として50%未満であった.一方,韓国ではすでに60%の受診率が得られており,ナショナルデータベースからの解析で死亡率減少効果が確認された 3.わが国では2007年の目標値が2016年においても達成されておらず,現在胃がん検診に関しては当面40%という目標値に下げられている.今後は受診率を正確に知ることが重要であるが,医療マイナンバー制度の普及および医療・検診・健診結果のデータベース化,IT技術の活用などにより受診率を正確に把握することが近い将来可能となるであろう.ただし,胃がん検診においては,後述のように単純に受診率だけを上げることが必ずしもよいとは限らない.受診率は高い方がよいが,費用や効率も考慮されるべきであろう(後述).

Ⅴ 内視鏡検診の方法

内視鏡検診の方法に関しては,日本消化器がん検診学会および日本消化器内視鏡学会からマニュアルが刊行されており 5),6,詳細はそれらを精読していただくべきなので,本稿ではその要点のみ記載した(Table 4).

Table 4 

内視鏡検診を計画するにあたり必要なこと.

Ⅵ 内視鏡検診の功罪

内視鏡検診の最大のメリットは,胃がん死抑制効果が明らかで,しかも胃X線検診より死亡率抑制効果が大きいことである.そのほかにも,Figure 1に記載したメリットが期待できる.

Figure 1 

胃内視鏡検診の利点と欠点.

デメリットに関しては,Figure 1に記載した項目が挙げられる.その中で最も大きなデメリットは重大な偶発症のリスクである.幸い現時点までに内視鏡検診で死亡事例は報告されていないが 7,日本消化器内視鏡学会の最新の偶発症調査では,観察のみの上部消化管内視鏡検査(経口)で死亡例が13例報告されている 8.今後内視鏡検診の症例数が増加すると,検診においても死亡などの重大な偶発症が起きる可能性があり十分な注意が必要である.

Ⅶ 内視鏡検診のfeasibility(実現可能性)

内視鏡検診のfeasibility(実現可能性)に関しては,検診実施主体(市町など)の特性が大きく関係している.とくに,内視鏡検査のcapacityが最も重要である.内視鏡検査のcapacityは,単に内視鏡検査が実施可能な医療機関数や内視鏡検査医の数だけでなく,内視鏡検査医の忙しさや内視鏡検診にかける予算などに左右される.例えば,内視鏡検査可能な医療機関があったとしても,そこに勤務する内視鏡医が忙しくて検診にかける時間がなければcapacityはないということになる.あるいは,内視鏡検査可能な医療機関と内視鏡医の数が十分あったとしても,市町の内視鏡検診にかける予算が十分でなければ,予算内で実施可能な内視鏡検査のcapacityしかないということになる.また,非都市部では受診者が内視鏡検査のできる医療機関に行くまでのアクセス方法が不十分な地域がたくさんある.内視鏡検診車などで出張検査をすることも可能かもしれないが,内視鏡医が不足している昨今では効率が悪いのは言うまでもない.

このように,現時点では内視鏡検査のcapacity,予算,受診者のアクセスの3つの条件が揃っている地域でのみ内視鏡検診が実施できるということになり,具体的には非都市部では実施が困難で,いわゆる都会でのみ内視鏡検診が実施できるということになり,不公平である.また,後述のように職域では内視鏡検診を実施できる条件は限られている.

Ⅷ 内視鏡検診の新たな問題点

一方,すでに内視鏡検診が採用されている都市部では,新たな問題が発生しつつある.それは検診費用の増加である.例えば静岡市では内視鏡検診が盛んに実施され,最近では内視鏡検診受診者数が胃X線検診受診者数に近づいてきている(Figure 2).内視鏡検診の受診者数が増えると,当然応分な予算が必要になる.静岡市では内視鏡検診導入後1.5億円胃がん検診費用が増加しており(Figure 3),このまま単純に受診者数を増やすことには抵抗もあるという 9.しかも,最近はヘリコバクター・ピロリ感染率が低下してきており 10,胃がん低リスク者の割合が増加しつつあり,胃がんの年齢調整死亡率は減少傾向にある.このような時代にリスクを考慮しない無差別的な内視鏡検診は,たとえ死亡率抑制効果があったとしても効率が悪いと考えざるを得ない.今後はヘリコバクター・ピロリ感染歴や萎縮などを考慮した効率的な胃がん検診にupdateする必要があろう.

Figure 2 

静岡市の胃がん検診受診率の推移.

出典:川田和昭ら9より提供

Figure 3 

静岡市の胃がん検診費用の推移.

出典:川田和昭ら 9より提供

Ⅸ これからの内視鏡検診

上述のように,年齢だけを考慮した内視鏡検診は効率が悪い可能性があり,リスクを考慮した受診者の振り分け(層別化),あるいは検診間隔の設定をするべきではないかという意見が多く出されている.リスクを考慮した受診者の振り分け方法には,現在大きく分けて3つの方法がある.

1つ目は,内視鏡による背景胃粘膜診断,すなわち胃炎の京都分類 11と木村・竹本の萎縮診断 12である.木村・竹本のオリジナルの萎縮診断は不明確な点が多く使用しづらいので,不明確な点を明確にし,しかもヘリコバクター・ピロリ未感染や自己免疫性胃炎にも対応可能な中島改訂版 13が提案されている.これらを組み合わせると欧米のように生検をしなくても胃がんリスク評価ができると期待される(Table 5 14

Table 5 

胃炎診断と萎縮診断の組み合わせ.

2つ目は,血液による胃がんリスク診断の併用である.現在最も多く実施されている方法は,血清ヘリコバクター・ピロリ抗体検査とペプシノゲン検査の併用によるいわゆるABC法である 15.これには,ABC法を実施してから内視鏡検査を勧奨する方法とABC法と内視鏡検査をほぼ同時に実施する方法がある.前者の場合,A群の人に内視鏡検査を勧めるかどうかで議論がある.すなわち,A群の中に胃がんを有する受診者が少なからずいることから 16,A群の人に内視鏡検査を勧めない方針には異論が多い.後者はその点で問題はないが,内視鏡検査の背景胃粘膜診断でリスクが評価できるのに 17ABC法を追加するメリットがどれだけあるのか検証が必要である.

3つ目の方法は,胃X線検診の併用である.これは胃X線検診で背景胃粘膜診断 18を実施し,胃炎のある人に内視鏡検査を勧奨するという方法である 19.この方法は,すでに兵庫県加古川市で実践されており 20,内視鏡検査のcapacityが限られている場合には最も効率のよい方法である 21.すなわち,内視鏡一次検診の胃がん発見率の5.1倍の効率で二次内視鏡検査から胃がんが発見でき,しかも胃X線検診の見落としを補うことも可能である(Figure 4 21.この方法は内視鏡capacityの限られている地域でも実現できる可能性が高い.今後はこの加古川方式が他の地域で実施可能か,あるいは医療経済的に費用対効果が高いかどうかを検証する必要がある.

Figure 4 

内視鏡検査の胃がん発見率比較.

出典:中島滋美ら 21より一部著者修正

Ⅹ 胃X線検診は不要か?

よく内視鏡検診が始まったのだから胃X線検診をなくすべきだとか,胃X線検診をなくさないのは関係する団体の利益保護ではないかとか,胃X線検診に否定的,かつ誤った意見を強く持つ内視鏡医がいる.自分の目の前に来た患者や受診者に内視鏡検査を勧めるのは当然であり,胃X線検査を勧める医師はほとんどいないだろう.しかし,検診・健診は別である.内視鏡医は目の前に来ない人のことも考えて発言するべきである.とくに職域健診では胃X線検診をなくすことは難しい.例えばJCHO滋賀病院健診センターでは,毎年2万人以上の胃の健診希望者(大部分が職域健診または人間ドック)がいるが,そのうち内視鏡検査ができるのは2千人余りしかない 22.これは当院の内視鏡スタッフが内視鏡検査のcapacityを最大限健診に振り分けたにも関わらず,これ以上増やせない数字,つまりcapacityの限界値である.内視鏡医の目の前に来る健診受診者は当院の場合対象者の10分の1しかない.つまり,内視鏡検査のcapacity(供給)は需要の10分の1しかないのである 22.健診を積極的にしている病院でさえこの程度なので,健診をしていない施設では内視鏡医の目の前に来ている受診者は全体のほんの一部に過ぎないということを認識すべきである.内視鏡医の目の前に来ない人の方がはるかに多いのである.

別の例を挙げてみる.職域の健診では健診バスが事業所にやってきて胃X線検査をすることが多い.この受診者を内視鏡検診に変えることは可能だろうか?職域健診ではバス1台当たり1日に30-50人程度の胃X線検査を行っている.それらを内視鏡検査に変えるには内視鏡検診のcapacityだけでは解決できない問題がある.事業所の従業員に勤務中にどうやって内視鏡検査に行ってもらうかを考えないと,職域で胃X線検査をなくすことは不可能である.事業所の隣に内視鏡検査のできる医療機関があれば都合がよいが,そのような環境は都会の一部の企業にしかない.ほとんどの事業所は医療機関と地理的に離れた場所にある.内視鏡検査のために1日30-50人の従業員に職場を離れて健診に行かせられる企業がどれだけあるのだろうか?

胃X線検診をなくせという内視鏡医には,現実を知ってから発言してほしい.胃X線検査をなくせというのではなく,どうしたら胃がんリスクの高い人に効率的に内視鏡検査を受けてもらえるかを考えていただきたい.その解決策の1つとして胃X線検診を利用するようにぜひ考えを転換してほしい 21

Ⅺ 内視鏡検診はいつまで必要か?

内視鏡検診が始まったばかりなのに,このようなサブタイトルの項を書くのは不謹慎かもしれないが,現在のヘリコバクター・ピロリ感染者数の減少速度 10と未感染者からの胃がん発見率を考えると,少なくとも胃がんの自然減少により無差別的な胃がん検診は早晩不要となるであろう.中高生や若い世代の除菌も始まった地域がある.若い世代で除菌された人は未感染者とほぼ同等の胃がんリスクが期待できることから 23,胃がん患者はますます減少し,わが国では胃がんはほぼ撲滅できたと言える日が来るかもしれない.

一方,大腸がんや膵がんなど,罹患率や死亡率が高い,あるいは増加してきた消化器がんがある.胃がん検診を縮小する替わりに,大腸がん検診のさらなる充実と膵臓がん検診の開発・実現に消化器内視鏡医が精力を注ぐ時代にならないといけないのである.このためにも,胃がんリスクに応じた効率的な胃がん検診に少しでも早くスイッチし,内視鏡医の負担を減らす必要がある.

Ⅻ 検診の近未来像

日本消化器がん検診学会では,胃X線検診の画像診断に専門技師による読影補助ができるよう認定制度を発足させた.また,人工知能(AI)による背景胃粘膜診断も実現しつつある 24.胃X線検診は,読影医不足対策や背景胃粘膜診断による検診の効率化を目指してすでに動きつつある.一方,大腸がんの多いアメリカでは内視鏡技師(Nurse)が内視鏡検査を行い,医師の負担を減らしているという.日本でもAIによる内視鏡診断システムが実用化されつつある 25.将来は内視鏡医だけでなく,専門技師がAIの補助を受けて内視鏡検診を実施するという体制を創る必要があるのではないだろうか.胃がんの自然減少が先だろうか,それとも技師による内視鏡検診の実現が先だろうか.内視鏡医の多忙は今後も続くであろうから,まずはリスク層別化により胃がん検診対象者を絞りこみ(=効率的に減らし),将来は専門技師によるAI補助内視鏡検診を実現し,内視鏡医の負担を軽減しながら,胃がんが自然減少する前に介入により撲滅できることを願いたい.

ⅩⅢ おわりに

胃内視鏡検診は死亡率抑制効果が明らかなので,実現可能な地域や職域では採用されるべきである.しかし内視鏡検査のcapacity,予算,受診者のアクセスなどの問題により実現不可能な場合には,胃X線検査の背景胃粘膜診断で胃炎のある人に内視鏡検査を受けてもらう方法が効率がよい.胃内視鏡検診には利点だけでなく欠点もある.とくに重大な偶発症には注意が必要である.厚労省が掲げる受診率の目標は当面40%だが,H. pylori陰性者が増加し胃がん調整死亡率の自然減少が見られる昨今,単純に受診率を上げる戦略には費用対効果に問題がある.今後H. pylori感染歴や萎縮など,胃がんリスクにより対象者を層別化し,内視鏡受検者の選別や検診間隔の決定に反映させる必要がある.これに加え,将来専門技師によるAI補助内視鏡検診により医師の負担を軽減すれば,効率的な胃がん検診により胃がん死を自然減少以上に減らせるであろう.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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