2020 年 62 巻 4 号 p. 470-475
74歳男性.切除不能の頸部食道進行癌に対し化学放射線療法を施行中,左披裂上に2mmのBrownish area(BA)を認めた.当初は微小なBAであり,癌を示唆する所見に乏しかったが,約601日にわたり経時的変化を観察する過程で,内視鏡的,組織学的に扁平上皮癌と診断した.BAの経過観察の重要性の理解,喉頭癌の初期像の共有,内視鏡所見と生検結果を総合した質的診断を考える上で貴重な症例であり,報告する.
頭頸部癌の多くは,嗄声・嚥下困難などの自覚症状を契機に進行癌で発見され,侵襲の大きい外科手術や化学放射線療法で治療されてきた.
武藤らは内視鏡検査における頭頸部癌の診断感度は白色光観察の7.7%(1/13)に対し,Narrow band imaging(NBI)観察では100%(15/15)に向上すると報告し 1),現在咽喉頭および食道のNBIによるスクリーニングは広く施行されている 2).
NBIを用いることで病変の拾い上げが可能となる一方で,咽頭反射によって近接での拡大観察や生検が困難な場面をよく経験する.生検結果が陰性であった場合には,治療対象とすべき病変か,経過観察する必要はあるか?などについて検査施行医は適切な判断を下す必要がある.
今回われわれは内視鏡的に腫瘍と診断することが困難であった約2mmのBrownish area(BA)が601日間で明らかな喉頭癌へと進展した症例を経験し,その経時的変化を観察したため報告する.
患者:74歳,男性.
主訴:嚥下困難,腰痛.
既往歴:腰椎圧迫骨折.
飲酒歴:焼酎4合/日(40年以上),Flasher.
喫煙歴:20本/日(40年以上).
現病歴:嚥下困難,腰痛を契機に発見された頸部食道の切除不能食道進行癌(cT4b(大動脈)N0M1(腰椎))に対し,5-FU+シスプラチン(FP)療法を施行する方針となった.FP療法を2クール施行後,嚥下困難の増悪を認めたため,放射線療法を併用することとした.その際の上部消化管内視鏡検査では,咽喉頭に粗大病変は指摘できなかった(Figure 1).

FP2クール終了時.
左披裂上も含め,咽喉頭に粗大病変は指摘できない.
FP療法3クールと同時に放射線療法(総線量66Gy)施行後(初診から130日後),治療効果判定目的の上部消化管内視鏡検査で左披裂上に約2mmのBAを認めた(Figure 2).なお,放射線は喉頭には照射していない.

病変指摘時.
左披裂上に約2mmのBrownish Areaを認める(黄矢印).
内視鏡所見の経時的変化:
病変指摘時:左披裂上に拡張した乳頭内血管(intra-epithelial papillary capillary loop:IPCL)を認め,2mm程度の領域性を有するためBAと表現した.しかし拡張したIPCLの口径不同,形状不均一は明らかでなく,IPCLのNBI所見は日本食道学会分類のType Aと判定した.IPCL間の背景粘膜には上皮下を走行する血管が透見され,上皮下にリンパ球などの炎症細胞の浸潤はないことが推察された.この時点では非腫瘍性病変と考えた(黄色矢印)(Figure 2).
指摘から35日後:拡張したIPCLによって構成される領域はより明瞭となり,サイズも4mm程度まで増大していた.しかしながらIPCLのNBI所見は,やはりType A血管の集簇であった(Figure 3).

35日後.
約4mm程度に増大しているが,食道学会分類のType A血管と判定した.
指摘から155日後:BAの局在は左披裂上であり,最大倍率での観察はできなかったが,BAは8mmまで増大し(Figure 4-a),IPCLは口径不同,形状の不均一さも観察され,Type B1に進展した(Figure 4-b).

また背景粘膜には上皮下の血管が透見されなくなっており,病変を構成する細胞数の増加,上皮下への炎症細胞の浸潤が示唆された.この時点で異形成,上皮内癌を含む腫瘍性病変であると診断した.診断確定のため,初回の生検を施行したが,組織診断は炎症性変化であった.
指摘から236日後:BAはやや拡大しており,病変中央部にわずかな隆起と(黄色矢印)(Figure 5-a),周囲粘膜から隆起へと向かう楔状の扁平上皮の進展を認めた(赤矢印)(Figure 5-a).これは生検痕と考え,初回の生検検体は病変中央部から採取されていたことが確認できた.今回は腫瘍と非腫瘍の境界が検体内に含まれるよう,BAの境界部分から2個目の生検検体を採取したが,結果は炎症性変化であった(Figure 5-b).

236日後.
a:生検後の治癒過程で中央部のわずかな隆起(黄矢印)と,非腫瘍の扁平上皮による置換がみられる(赤矢印).
b:2回目の生検組織のルーペ像.検体量は十分.腫瘍細胞は認めなかった.
指摘から601日後:非腫瘍の扁平上皮に被覆されていた領域は消失しており,BAの輪郭にいびつさが出現した.サイズは12mm程度まで増大していた(Figure 6-a).今回採取した3回目の生検組織診断で,扁平上皮癌の診断を得た(Figure 6-b).

601日後.
a:Brownish Areaは12mm程度まで増大.一部は仮声帯へ進展しており,全景の観察は困難であった.
b:3回目の生検組織で扁平上皮癌の診断を得た.
本例の左披裂上のBAの経過観察は,化学放射線療法の効果判定時,または食道通過障害の有無を確認する際の上部消化管内視鏡検査時に行ってきた.主病変である頸部食道の進行癌は徐々に進行し,初診から786日後に経口摂取困難,食道気管瘻に伴う誤嚥性肺炎に対し,胃瘻造設を施行した.その後,患者は緩和ケア目的で他院に転院され,永眠された.披裂上の病変は切除していない.
食道癌患者の咽喉頭に重複癌を認める割合は11%(127/1,118)と報告されており 3),重複癌を認めた場合には,2種の癌腫を同時に治療対象とすることが求められる.
本例では食道進行癌が予後を規定するため,喉頭癌は経過観察に留めた.進行度が同程度であった場合は咽喉頭の重複癌の治療の必要性,食道癌に対するCRTによる治療効果などを評価する必要がある.
飯塚らは中・下咽頭癌40病変の解析を行い,増大速度は年率に換算すると中央値2.9mm(平均値4mm)であったが,急速に増大した症例もあることから少なくとも半年ごとのフォローが望ましいと報告している 4).
本例は食道癌に対するFP療法,Paclitaxel療法を継続していたにも関わらず,2mmから601日で12mm程度まで増大した.5FUをベースとした化学療法を重複した食道進行癌に施行した場合,中・下咽頭の表在癌は奏効率61%,病勢コントロール率97%と報告されている 4).本例ではFP施行下で平均を超える増大を呈しており,化学療法下の小病変であっても増大する病変があると確認できた.
中村らはNBIで発見した20mm以下の表在癌20病変の自然史(無治療経過観察)を報告している.腫瘍径の中央値は10mm(range3~20),経過観察期間中央値は20カ月(range6~71)で,17病変に腫瘍径の増大がみられた 5).病理組織学的に癌と診断されているものは,高率に増大がみられるようである.
咽喉頭癌の内視鏡像は食道癌に類似し,境界が明瞭なbackground coloration 6)とドット状に増生した異常血管が特徴である.異常血管の蛇行,口径不同,形状不均一 7)を確認した場合は,癌と診断しうる.
本例の病変指摘時(Figure 2)には上記のいずれの所見も認めず,内視鏡で拾い上げられる咽喉頭表在癌のさらに前段階を捉えた画像と思われる.一般に咽喉頭癌は生検や最大倍率での拡大観察が困難なことがある.その一方で,病変の増大により外科手術を要した場合,患者のQOLの低下は著しい.本例では喉頭癌は初期段階で発見できており,食道進行癌がなければEndoscopic laryngo-pharyngeal surgery(ELPS)のよい適応であった.低侵襲のELPSで治療するためにも,早期発見は重要である.
本例では2回目までの上部消化管内視鏡検査で咽喉頭をNBIで十分に観察した画像が残されておらず(Figure 1は3回目の上部消化管内視鏡検査),早期発見を目的としたスクリーニングとして不十分であった.
FP開始前の披裂部の画像はないが,初回指摘時のBA周囲の粘膜面に瘢痕や炎症性変化などの所見が全くないことから,FP施行中に発生した新規の喉頭癌であったと考えている.
咽喉頭領域にNBIでの異常所見を認めた場合には,慎重に経過観察すべきである.
内視鏡的に癌と診断することが困難な,初期の段階の喉頭癌をNBI拡大で観察した.喉頭癌の初期像として共有すべき画像所見と考える.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし